少女は少女のままで下
変な人の印象が変わったのは、手を握られ、アイスを買いに連れ出された時からだった。
悠然と進む彼の背中は、やはり背丈の低いあたしよりも大きい。
その歩調はどこか不機嫌で、少し早かった。
なんでも買っていいと言われ、あたしがハーゲンダッツを選ぶと、ただでさえ人相の悪い顔が不機嫌に歪む。
渋々と言ったふうに、あたしが持っているハーゲンダッツを取ると、自身のもっているアイスと一緒にレジへと赴いていった。
そこであたしは目を凝らした。
あたしには変な力がある。目を凝らしてその人を見るとその人の名前が見えるのだ。この力が何か役に立ったことはなく、気持ち悪といわれるばかりだったから使うことはなかったけれど、少し気になったから久しぶりに使った。
ささくら ゆうた
それが彼の名前だった。
ゆうた、心の中で読んでみる。なぜだかしっくりくる。あたしは何回もその名前を繰り返し心の中で呟いた。
そのあとは本当に楽しかった。警察にハーゲンダッツを投げ込んだ時のゆうたの顔や、線香花火をすぐに落としてしまうゆうたはなかなかに見ものだった。
本当に楽しい一日だった。
ただそのあとの日はやはりくそみたいな日常だった。相変わらず学校はくそだし、家は吐き気がするし、周りの目は白く、意味のない時間が過ぎていく。
暴力はだんだんと歯止めがきかなくなっていった。
お母さんも最近はそれを無視している。
くそみたいな日常だった。
けれどゆうたとの時間は楽しい。
唯一、あたしがこの世界にいるという実感をもたらしくれる時間だったのだ。
劇的な世界になったのはやはりゆうただった。
汚らしい男に手を取られ、あたしにまたがり、下品な鼻息をが気持ち悪い。なぜだかやはり既視感がめばえる。矮小な納屋、小さいあたし、汚らしい男、最悪な世界の始まり、吐き気がこみ上げる。
いま、あたしはあの世界とリンクした感覚が芽生えていた。早く終わらせたい。こんなゴミみたいな時間。
そして、それを終わらせたのは、シャベルを握っていたゆうただった。すごい剣幕で、すごい音をかなでながら、この小汚く、矮小な世界を壊したのだ。
私の体や脳は稲妻が走るような感激が隅々にまで走った。
ゆうたは私にまたがる男をその手に握るシャベルで殴り、そして私の手を握り、この世界から私を奪ってくれたのだ。
あまりの興奮と感激に鼻血が出ていたのを雄太は気が付かなかっただろう。
私はすべてを思い出してしまっていた。リンクされたあの世界と、すべてを壊してしまった私のゆうたがこの、あの、災厄と言われていた魔女の私を思い出させていたのだ。
ゆうたが殴った男はもう私が消し炭にしたけれど、ゆうたはそれに気づいていないだろう。
そうして西日を感じながらの逃避行の中で私は一つの結論に思い至る。
わたしは誰かに守っていもらいたかったのだ。救ってほしかったのだ。
そしてそれはもうゆうた以外にはありえなかった。
あの世界のわたしではない。この世界の自我のわたしがそう願ったのだ。あの世界で二人で生きていく。わがままなわたしの導き出した答えだった。封印しよう、わたしの記憶は。
無知で無力なわたしでいよう。
わたしは力の一部をゆうたに渡して世界渡航の魔法を使う。
そうしてわたしは私を封印した。
あたしはあたしだから。
素っ頓狂な声であたしはこういうのだ。
「ど、どこ、ここ?」




