第4章 [B面]『化け物』②
ロミアがルンフイ達を睨み、泣き震えた声でこう叫んだ。
「お父さんは……お父さんっ! 返してよ!!」
「……ロミアさん」
浦辺は頭を抱える。容易く決意が揺らいでしまったから。
かつての自分ではあり得なかった思考が正常な判断を妨げる。
自分自身の自由を求めることを忘れ、気づけば彼女の幸せを願っていた。
理玖の影響を受けて、頭が狂ってしまったのだろうか。
「シシシッ! シンダ! シンダ!」
傷仮面のルンフイがこちらを指差しながら、嬉しそうに飛び跳ねる。
猿のように鬱陶しい。邪魔だ。
「黙れ」
殺気を込めて腹の奥底から低く唸った。
効果は敵面、傷仮面のルンフイは大人しくなる。
彼らの群れが後退りして姿を消していく。
これで終わりなはずはない、仕掛け方を変えるつもりか?
「ロミアさん大丈夫っす! オレがなんとかするっす!!」
浦辺はロミアに裾を掴まれたまま。
彼女を安心させるために取るべき行動はひとつ。
大将の安否を知る可能性が高いのは、あの西訛りの男アワザが浮かんだ。
スマホを確認するがーーー、
「……圏外っすか、困ったっすね」
だが焦る必要などない。ミカゲの手を借りればいいのだから。
「あ……れ?」
違和感がある。上手くいき過ぎているとでも言おうか。誰かが裏で糸を引いているようだ。
ルネド初代の気配を感じる。駒の使いようによっては初代が望む展開を作り出せそうな気がしたからだ。
まず、ミカゲの存在。未来予知能力で疑わしく、出会いも初代に連れられて会ったのが最初だ。
ひとつ確かなことは初代と同じ線上にゴールがあるということ。
二人の間に契約が交わされていたとしても驚かない……が、それには不可解な点があるーーー初代は助け舟を出すのを良しとしないからだ。
ミカゲに悪魔を呼ぶ者のヒントを出すなとこちらが断りを入れていなければ、間違いなく情報を提供してくれただろう。となると、ただの駒の一部として使われている可能性が高い。ルネド初代ならやりかねない。
ミカゲは本当にただ遠い未来を夢見ているだけか。
次に、アワザだ。
アワザは最も信用に値しない。彼とは金の繋がりしかない割り切った関係だ。こちらよりも多い報酬で買収すればどうとでもなる。それは利点とも言える。
元はここまで使う予定はなかったが、自らが理玖に手を貸す選択をしたことで、彼の活躍の機会が生まれた。
浦辺にとっては想定外のこと……もし初代がここまで、あるいはその先を読んでいたとしたら? 有り得なくないのが恐ろしい。二重に雇われている……可能性も否定できないのだから。
兎に角、アワザには注意すべきだ。今はまだ初代との関係性は見えてこないが、全てが終わった後にでも見えてくる役割もあるだろう。
すべては必然、初代の思惑通り。この先に置き土産がまだ残って可能性もある。ならばあえてその波に乗り、身を任せるのも一興か。
そして、辿り着くのだろう。断頭台で待ち構える人間を倒してこそ、真の自由を得るに相応しいーーー、ならばこの挑戦を受ける。
「ミカゲっ!!」
進めようーーー、終わりへの一歩を。
『おや浦辺よ、本当に呼んでくれるとはねぇ?』
どこからともなく声だけが聞こえてくる。
さすがは堕天使だ。
「予知通りじゃないっすか?」
『細かいことまでは分からないからねぇ』
ロミアが裾を引っ張ってきた。
この声の主は何者なのかという不安が伝わってくる。本題へ急ごう。
「ミカゲ、アワザに連絡を頼みたいっす」
『すぐに繋ぐ』
『…………なんやねん! 呼び出しって?』
ミカゲの声の後に、アワザの声が聞こえてきた。
「アワザに聞きたいことがあるんすよ!」
『その声、浦辺やな? 聞きたいことってなんや?』
「大将は生きているっすか?」
『……大将なら俺が病院に送ったでー! 検査に異常はないって聞いたところや! 安心しぃや!』
「本当? よ、良かった……」
ロミアの固い表情が僅かに緩み、安堵した様子を見せた。
「ロミアさんも病院に向かった方がいいかもっすね! タクシー呼びましょーか??」
「あっ……ありがとうね!」
ロミアがやっと笑顔を取り戻した。
少しよそよそしさがあるような、それもそのはず……か。
浦辺は車で待機しているキアに合図する。
「私キアと申します、病院まで送迎を担当いたします。ロミア様こちらへ」
キアは命令通り、黒塗りの車へロミアを誘導した。
「それとアワザ、ナジョーさんの援護に。ビーサイドホテル904号室に向かって欲しいっす!」
『人使い荒いでーー、自分!』
「ねえ!? 今アンタ!! アワザと言った!?」
愛らしい声に隠しきれない憎悪が混じっている。
殺気のこもった鋭い視線が向けられたのを感じ、振り返った。
トレードマークのゴスロリ衣装に眼帯、ラヴイだ。
ツイていない。
ルンフイが一時的に姿を消した理由がこれか。おこぼれを狙うつもりとは小賢しい小判鮫め。
「下がって!」
浦辺は車に乗り込むロミアたちを守るため前に出る。そんな自らの行動に驚いた。理玖の誰かを守りたい気持ちがほんの少し分かったような気がする。
ラヴイが眉を顰めて、肩に担いでいた鉄球を乱雑に降ろした。
ドシンと重さを感じる音。地面にヒビが入る。
この怪力は眼帯に刺さった魔法のステッキにある。中身は身体能力強化の薬だ。
「ふーん? 否定しないなら、アンタも糞虫ウジ野朗のお仲間ってわけ?」
「……」
沈黙を貫いていると、ラヴイがフッと鼻で笑う。
純粋な殺意を宿した瞳が輝く。
「糞虫の居場所を吐くまで痛ぶってあげるわ!!!」
ラヴイが鎖を振り回して鉄球を浦辺目掛けて投げつける。
鎖が巻きついてきたーーー腕は微動だにせず、ただ鉄球が鎮まるのを待つだけだ。
「えっ……」
わざとらしく腑抜けた声を出してやる。
ラヴイは目を丸くした。まったく想像しなかった展開だったのだろう。
しかし、それも僅か。余裕の笑みを浮かべる。
「へー? まぐれでもやるじゃない?」
その認識を改めて欲しかったのだが、相も変わらず……自分が負けるとは一切思っていない。分かりきった筋書きを辿るだけだ。
「ちょっ、待ってくださいっす!」
ラヴイが鎖を引き寄せようと動作に移す。そんな彼女の目前に手のひらを見せて止めた。
「タンマ! 今それどころじゃないんすよ!」
「はあ???」
ラヴイは眉間にシワを寄せ、おあずけを食らった子供のような顔をする。肩を落とし輝きの消えた瞳が返ってきた。
正直これからする提案を素直に聞き入れてもらえるとは思っていない。
「なんでもするっす!! だから、少しだけ時間をくださいっす!」
ラヴイが人差し指で自分の頬を突き、こちらへ指差すとイタズラな笑みを浮かべる。
「…………特別にアンタの最後の頼みは聞いてあげるわ。手早く済ませてくれる?」
想定外の反応が返ってきて浦辺は面食らったが、素直に感謝した方がいいだろう。
「えっと? ありがとっす!!」
背後にねっとりとした不気味な視線を感じながら、足早にロミアの元へと向かう。
少し恐怖も混じった彼女の不安げな目がこちらを見ていた。
「浦辺くん……大丈夫? なの?」
「ハイっす!!! 心配してくれてありがとっす!!!」
浦辺は胸を抑えた。
想いを伝えたのだから思い残すことは無いと、ついさっきまで覚悟していたのに変だ。
ロミアのいつも通りに接してくれようとする優しさ。とても名残惜しく感じて、ふいに手を伸ばそうとしてしまう。
「っ!?」
その右手を止めるように反対の手で掴む。
この先も彼女を守りつつ戦うなんて器用なことはできない……ここでお別れだ。
正しい選択のはず、それなのに……脳が受け入れようとしない。あったかもしれない幸せな未来を想像せずにいられない。もしも許されるのなら、このまま島で出会った頃のように…………と。
まだまだ足りない、もっと味わいたかった幸せにも別れを告げなければならない。
ルネドの置き土産が彼女を傷つけないように。
重い口を無理矢理こじ開け、乾いた喉で感謝を伝える。
「オレ、ロミアさんを好きになれて良かったっす!!!!!」
今まで嬉しかったこと、楽しかった日々を思い浮かべると、自然と笑顔になれた。
多分人生の中で一番うまく笑えた気がする。
このまま立ち去るつもりで背を向けた。
「待って! 浦辺くん!」
ロミアはなにかを感じ取ったのか、寂しさを滲ませた声。
浦辺は彼女に背を向けたまま、歯を食いしばる。なぜか彼女の声を聞くたびに決意が揺らぐのだ。涙が溢れてしまいそうになるのを必死に堪えた。
笑顔で振り返ると、そこにはいつもと変わらない彼女がいた。もう、恐怖も不安もその目にはない。
「……っ!?」
突如、魔法のステッキがロミアに向けて投げられる。反射的に浦辺が掴むと拍手が起きた。
音の主へ顔を向けると、ラヴイが満足そうに笑った。
「あはっ! そんな顔もできるの!?」
気づけば殺気を送っていること自覚して、必死に抑えた。
ロミアを急いで車に乗せる。
走り出した車の窓から彼女が顔を出した。
「パーティする約束!! 必ず来て!!!」
「…………はい! もちろんっす!」
嘘を吐いた。
走り出した車の窓が開いて遠くで声がする……『ダイハチ軒で待ってる』か。
浦辺は手を挙げ、こたえる。彼女の幸せを願って。
これでロミアの安全は確保した。守るものも足手まといもない。動きやすくて良いはずだが、心にぽっかりと穴が空いたような感覚。
「ふーん? 悪い男って感じ? まっ、嫌いじゃないわ」
ラヴイが耳元で甘く『妬けるわ』と囁く。
鬱陶しいそれを浦辺は追い払う。
こちらの嘘を見抜いたか……さっきのは隠せる自信がなかっただけに当然と言えば当然だ。
「で? 今生の別れは済んだ? さっさとリア充爆死すれば??」
ラヴイが吐きそうに舌を見せる。
痛ぶるのが趣味の彼女らしくない提案だが、あえてそれに乗ってみよう。どんな反応を示すか見ものだ。
「なんでもする約束はそれでチャラっすか?」
「それじゃダーメっ! つまんない!!」
不貞腐れた顔が目前に近づいてきて、唇が触れ合いそうになる。
「せっかく独り占めできたのに! もったいないわ!」
彼女は勝手に唇をなぞる様に触れてきた。
満足げに頬へと手を伸ばす。
その意味はある程度理解した。
浦辺は表情ひとつ変えずに疑問を投げる。
「……なんで待ってくれたんすか? オレしか得しないっすよね?」
「フン! 笑わせるわ! それはアンタが私より強い場合に限るじゃない?」
彼女は嘲笑し、気に入らないと吐き捨てる。
小さな手はかがめと肩を掴んで力を入れてきたのを感じた。
ここは抵抗せず、言う通りにしておく。
「顔だけのくせに生意気ね?? アンタは今日から私専用の奴隷にしてあげる! 光栄に思いなさい?」
「それが望みっすか?」
予想通りの望みが出てきたが、想定外の感情を抱いていることを確信。タイムリーな話に苦虫を噛み潰したような気分だ。
それを分かっていてか、否か?
彼女の口角が上がる。
「アンタは私に気に入られた幸運の持ち主だわ! のろまなカメちゃんの次にね」
「へえ?」
のろまなカメちゃんが一体誰を指すのか分からないが面白い。気に入られる判断基準がなんなのか、そのカメちゃんとやらに会ってみたい。
「私があの羊ちゃんと一緒に逃げ回るアンタを見たくなかったわけ、どう? 納得した?」
「……そっすね、一応は」
浦辺は俯いたまま頷く。
ラヴイに顎を掴まれ無理矢理、顔を押し上げられた。目が合う。そして、待ってましたとばかりにこう言った。
「私の奴隷として、まずは靴磨きからしてもらいたいわ!!」
「……」
細く長い足で肩を引き寄せられる。
「返事は???」
「……もうひとつ聞いていっすか?」
「はぁ???」
煩わしいと顔に出ている彼女を無視して続ける。
ラヴイの思い通りになるのは、はっきり言って時間の無駄だ。
心の穴を埋めるために、少しでもこちらの有意義なものにしよう。
「ここに来た理由は? なんすか?」
「…………糞虫に仕返ししたいだけ、悪い???」
くだらないと吐き捨てるも間があった。
「本当にそれだけ? 狙いはなんすか? そもそもどうして襲撃に現れたのか? 誰の差し金なんすかね?」
浦辺は淡々と疑問を並べる。
しかし、この問いに素直に答えてもらう必要などない。ここに現れた時点でラヴイの狙いは分かっているのだから。
そう、別の言葉を求めているのだ。
「フン! 部外者に言う必要あるわけ???」
ラヴイは髪をいじりながら適当に答える。
最も付け入る隙のある言葉を選んでしまったようだ。これから彼女にとって屈辱的な状況に暗転するだろう。
さあて、どんな顔を見せてくれるかな?
浦辺はほくそ笑む。立ち上がり、彼女の足と肩のほこりを軽くはらう。
「ラヴイよ、それはいささか冗談が過ぎるのではなかろうかね?」
「……ぇっ?????」
ラヴイは気道が狭まったような音を発した。
全く予想だにしなかったと瞳が揺らいでいる。物語っている。
恐れから一歩ずつ後ろへと下がっていく。
その度に浦辺は距離を詰めた。
「はっ、ハッタリだわ!!」
彼女の余裕の笑みが崩れて歪に変形していく。
とてもいい兆候だ。たったひとつのセリフだけでここまで動揺を見せてくれる。
ルネド初代の口調を真似ただけでこの有様。しっかりとルネドを理解しているようだ。
そう、ルネドはひとりの人間ではない。呪いや概念に近しい。単純な不老不死よりももっと厄介な継承され続ける不滅である。
「っ!?」
浦辺は自らの口元に触れると、口角が上がっていることに気づいた。
この女がどこまで壊れるのかをみたい。探究心だ。
初代が彼女を引き入れた意味や支配の仕方が手を取るように分かる。
「あはっ、あはははっ!! 分かったアンタが誰か!! 私の名前を知ってるのもきっとそうだわ!!! どんなに薄汚いブス顔かと思えば、まあ見れる顔じゃない?? 笑えない嘘つかないでくれる?? ツラナシ風情が!!!」
ラヴイが言い聞かせるように言葉を並べ、誤魔化して笑い飛ばそうとする。
彼女の逃げ場を無くすためにもツラナシであることは隠した方が絶大な効果を生むだろう。
ルネドとして振る舞い、彼女の心を乱す。心の弱さと秘密をつけば、容易く崩れるだろう。
「挙句、ツラナシと間違えるとは……な」
「ひっ……うっ!? 嘘だわ!」
ラヴイの悲鳴のような声が漏れる。
また一歩下がり、壁に背をつけた。
これ以上逃げ場はない。子鹿のように震えた。
浦辺は壁に手をつき、ラヴイを見下ろす。
「私はルネドだ」
「嘘っ!!! 嘘嘘嘘嘘!!! 私は信じない!!! アンタは違う!! 違うわ!!!」
なぜここまでラヴイがルネドを畏れているのか……それは自分と同じだ。ルネド初代による恐怖の支配。
縋るほど大切にしていたものを切り刻まれたのだろう。彼女は確か、ラッカム教の信者だった。
ルネド初代はきっとこう訊ねたに違いない『死にたくなければ、選びなさい』そして『そのネックレス、ラッカム教の神でしたね。それを踏めば、あなたの命は助かります』と、間近で踏み絵のキセキを見てみたいなどと考えるはずだ。
結果は目に見えている。彼女はまだ生きている……それが答えだ。
「君が信じようが信じまいがどうでもいいのだ。事実が変わることはない。それとも君が神を踏んだように私を踏めるか確かめようかね?」
生唾を飲む彼女の目を覗き込んで続ける。
目の前にルネドが現れた動揺と違うものが含まれているからだ。
鎌をかけて反応を見てみよう。
「おや、顔に主人を間違える駄犬と書いてあるようだ。残念だ私は実に惜しい者をなくすことになるね……ラヴイよ」
「ちっ……違うわ!!」
彼女の瞳はゆらゆらと忙しなく彷徨う。
単なる仮説は確信へと変わる。
分かっていたことだ。神の護衛人候補者争いからルネドが手を引く選択をした時点で、ラヴイは食い下がることが無く違和感を感じていたから。
ラヴイがここにいる意味はただひとつーーー、
浦辺は第九の口笛を口ずさみながら彼女へ歩みを進めた。
▷化け物③へ続くかも??




