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その99・窓の外の客人・後編

 窓際そばの軒に立っている何者かがシャリサ達にまともに姿を晒さないのには、大きく分けて三種類の理由がある。

 まず、一つ目の理由は、不意打ちをしたいから。

 次に、二つ目の理由は、自分の姿や正体を見られたくないから。

 そして、三つ目の理由は、悪ふざけだ。


 シャリサは思案する。


 まず、三はない。

 そこまでふざけた者がいるとは思えない。仮にそんな酔っ払いや酔狂な者がいたところで何の危険にもならないのでどうでもいいのである。

 中に入ってきそうなら下に叩き落とせばそれですむ。打ち所が悪くて大怪我しても自業自得だ。


 二はどうだろうか。

 これはありえる話だ。素性や外見を明かしたくないがコンタクトは取りたいと思う者がいても不思議ではない。なにせ聖女が二人もいるのだから。

 だとしたら、不安や恐怖心を煽るように窓をノックするのも奇妙である。そんなことをしたら無駄に警戒心が強まるだけで損しかない。


 そうなると、やはり一しかないだろう。

 ある程度接近しないと効果のない魔法やスキルを使うため隠れながらここまで近づいた可能性が十分にありえる。

 もしくは、あえて窓を叩いて注目させたのは、囮のようなものではないのか。そちらに気を取られているうちに何かしでかすつもりなのかもしれない。


(どうしましょうか)


 責任重大ですね、とシャリサは思った。

 この場で頭を働かせることができるのは自分しかいない。常に最悪を想定して判断せねば。


(ここはピラリュアラさんに動いてもらって、あちらの反応を伺うのが最善手でしょうが、彼女を活き餌にしてるようで何だか嫌ですね)


 しかし、そのピラリュアラというと、もう我慢ができないという風に窓のそばまで近づいている。いいから活き餌にさせろとでも言わんばかりだ。


(友好的な相手とはどうしても思えませんし、危険はありますが……)


 ピラリュアラの自制が尽きかけている以上、ここは打って出るしかない。仮に騒ぎになればファングも飛び込んでくるだろう。

 そこまでの騒ぎにしたくないが、なった時のことを考えて、うまい言い訳を用意しておいたほうがいいか。


(ねえねえ、まだ~~?)


 こちらをチラチラ見ながら、窓に手を掛けるかどうか最後の判断をあおいでいるピラリュアラに、シャリサは意を決して、静かに頷いた。

 待ってましたとばかりに、ピラリュアラがカーテンに手をかけ、左右に開く。





 遮る物がなくなった窓の外を見るが──そこには、誰もいなかった。





「んぅ~~?」


 拍子抜けではあるがまだ油断は禁物とみたのか、忙しない性分のピラリュアラにしてはゆっくりとした手つきで、窓を開けて外を覗き見る。しかし、軒の上にも、下の道路にも人影らしきものはない。


(あちゃ~、これは逃げられたかな~。待ちぼうけよりは楽しくなりそうだったのに残念無念だね)


 ピラリュアラが期待外れのため息をつきそうになったその時、部屋の中から聞き慣れない声がした。



「こっちだよ。虫のお嬢ちゃん」



 声のする方向へピラリュアラが振り向くと、深くフードを被り、シャリサの首へナイフの刃を沿えている男が一人いた。低くしゃがれた声からして、大人の男性のようだ。


「余計な真似はしないでくれよ。虫の部族どもはおかしな術に長けてると聞く。つい手が滑って聖女様に傷がついたら大変だ」


「むむむ」


 『蠱惑の月花』で自分の虜にして無力化しようとしたのだが、先に釘を刺されてしまい、ピラリュアラは唸るしかなかった。

 持ち味の素早さもこれでは活かせそうにない。思いがけない緊急事態に流石の楽天的なピラリュアラも焦りの心境になってきている。


「私への追手ですか」


 ピラリュアラのことを知らないのだから当然だが、それでも一応シャリサは尋ねることにした。


「その通りさ。まあ、隠したところで意味もないから教えてやるよ。俺は『浄化隊』の一員、瞬きのガイゼンだ。この名乗りも同様に意味がないが、それでも名乗らないのは失礼に当たるからな。よろしく頼むよ」


 仲間内での呼び名だから別に教えても問題ないと思ったのか、男はベラベラとよく喋った。


「仮にも神殿の関係者が聖女である私に刃を向けるのは、失礼に当たらないのですか?」


「多少、痛い目に合わせてもいいから連れ戻せとのお達しなのでね。だからつまらない抵抗はしないでくれよ? 手足が動かなくなるのはお宅も嫌だろうさ」


「……わかりました」


「わかっていただけて何よりですよ」


「………………?」


 ピラリュアラは男から目を離さず、しかし、内心ではシャリサの冷静すぎる反応に疑問を持っていた。

 この圧倒的に不利な状況で、なぜシャリサは余裕そうにしていられるのか。重傷を負ってでもどうにかできる算段があるのか。

 先程とは逆に、今度はピラリュアラのほうがシャリサの行動待ちという展開になっていた。


「一つ、お聞きします」


「答えられる範囲であれば、何なりと」


「彼は……ルデルは、どうなっていますか」



 しばしの間が空いた。



「あの方でしたら、貴女の帰還を首を長くしてお待ちしておりますよ」


 それを聞いて、シャリサは心臓が急激に冷え込むような感覚に襲われた。

 お待ちしている──つまり、彼女の幼馴染は、彼女を地脈制御の楔として使いたい側だということに他なかった。それはつまり、シャリサを道具として利用することに同意したに等しい。


「──それだけ聞けば充分です。もう少し情報を聞き出したかったですが、そんな心境ではなくなったので」


 そう言うと、シャリサはちょっと身動ぎしただけで血が流れそうなくらい刃物を首筋に当てられているにも関わらず、すっとベッドから立ち上がった。


「「えっ?」」


 剛虫族の聖女と浄化隊の一員の声が見事に重なった。

 その立ち上がり方ならどう考えてもノドが切れていなければおかしいという立ち上がり方だった。

 一体何が起きているのか。


「貴方の力……魔力の波長が感じられなかった事から察するに、魔法ではなくスキルですね。転移系でしょう。いきなり部屋ではなく窓の外に一旦飛んだのは、恐らく効果範囲が短いからですよね?」


「……何をした?」


「さあ?」


 男は舌打ちすると、スキルを用いて即座にこの場から『飛ぶ』ことにした。判断が早い。危険な任務をこなしてきた者特有の鋭い早さだ。



 しかし、それでもなお、彼は遅かった。



「……うおっ!?」


 瞬きのガイゼンと名乗った男が次に飛んだのは外ではなく、さっきまでシャリサが座っていたベッドの真上。

 ドサリという音を立てて、背中から毛布の上へと落下した。肉体への衝撃は無かったが、精神への衝撃は甚大だった。


「無駄ですよ。間違った情報を流していますからね。距離感も、方向感覚も平衡感覚も狂って、まともに歩くどころか立つことすら……ああ、言ったそばから」


「ぐっ」


 男はベッドの上で立ち上がろうとしたが、身体が酔い潰れているかのように、倒れてしまう。

 再び転移を試みるも、また同じベッドの上の空間に飛んでしまう。そしてまた立ち上がろうとして転ぶ。

 八方塞がりであった。


「実を言うと、笑いを堪えるので大変だったんですよ? 貴方が何もない場所にいきなり現れて、何もないところにナイフを構えて、この場の主導権を握ったつもりでいるものだから……ふふっ、うふふふっ」


「そっかぁ。それで平然としてたんだね~~」


「開かれた場所では使えないのが玉に瑕ですが、こういう状況ならとても有用なスキルです。範囲探知スキルの応用ですね」


「へー」


「さあ、感心してる暇はありませんよ。貴女の魔法でこの方を魅了してくださいな。ここで命を奪っても構いませんが……宿を血で汚すのはいかがなものかと思いますしね」


「そっか。じゃそうするね」


「その後の始末については、シオンさん達が帰ってきてから決めましょう。……そういうことですから、貴方も大人しく術にかかってくださいね? かかったフリをしても見抜けますから無駄ですよ?」


「無駄無駄無駄~~」



 まるで夕飯のメニューについて楽しげに話し合うように自分の生き死にを語る二人の少女。

 浄化隊の腕利きは、もがいてもどうにもならないと悟り、ベッドの上でその会話を、絶望しながらただ聞いていた──

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