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その98・極東の聖女・前編

またしても前編。二度あることは三度ある。

 この世界にはいくつかの大陸があるが、その中でも、人型種族の多彩さと繁栄の度合いで他の追随を許さないのが、世界の中央に座するセントレイル大陸である。

 しかしそれゆえに衝突や対立も絶えない。特に、六十年前に起きた剛虫族の一派による常軌を逸した暴走とその結末は、いまだに大陸に遺恨を残している。


 そんな血生臭い嵐や国家間の腹黒い付き合いとはほとんど無縁に近い国が、大陸の東の果てにある列島に存在した。

 大陸と疎遠なために島国独自の文化が花開いたその不可思議な国を、ヤマトという。





「どうしても旅立つんだね、アンタ」


 少女というまでは幼くないが大人の女というにはまだ若い一人の女性が、同い年であるもう一人の女性に問いかけた。

 その声には諦めが含まれている。無駄と知りつつそれでもあえて聞いたのだろう。


 年は、どちらも十九歳。


 声をかけた方は、女性にしては大柄な体格と、それに相応しい鍛えられた筋肉が備わっていた。

 いかにも豪気そうなその顔には、右の頬に一筋の傷痕が走っている。

 肩にかかる程度に伸びた赤毛を適当に切り揃え、使い込まれた感のある長槍を一本背負っていた。

 一昔前のヤマトの女子では有り得ない髪型だが、大陸との安定した交流が続くようになり、向こう側の文化や風俗が取り入れられるようになった昨今では、そう珍しいものではなくなっていた。


 一方、声をかけられた方は、黒の瞳に、雪のように白い肌と、それを上回る、色の抜けた白髪を馬結い──ポニーテールにしていた、現実離れした美貌の持ち主であった。

 背丈は赤毛の女性よりやや低い程度で、しなやかで野生の獣じみた筋肉を持ち、いかにも瞬発力のありそうな肢体である。

 腰から下げた一振りの剣は、この国特有の片刃剣である『カタナ』ではなく、それよりもさらに歴史の古い両刃剣だった。


「……自分のやるべきことは、もうこの地にはない。まだ見ぬ強者を求め、大陸へ渡る」


 その言葉に嘘はない。仮にこの場に六英傑の一人である黄昏のシャリサがいても、彼女の言葉が本意だと太鼓判を押すだろう。

 しかし。


(……もう、アンコや干し柿は食べ飽きた。大陸には中世ヨーロッパ風の国々がいくつもあるみたいだから、そこなら生クリームたっぷりのケーキやチョコレートにありつけるはずだ)


 そう。

 彼女は、戦いを望む気質はあるがそれ以上に──甘党だったのだ。

 表面上は孤高の武人を気取ってはいるが、それは単にキャラを演じているに過ぎない。

 凛々しく美しい己の容姿とその実力にふさわしい堂々とした振る舞いをしているだけ──といえば聞こえがいいが、実際は「よそのお菓子食べたいから行くわ」などと言うのが恥ずかしくて嫌だから格好つけてるだけだ。







 だが、本当に驚くべき、信じがたく、隠し通すべき事実はそれではなかった。







(ヤマタノオロチみたいな蛇の怪物も、鬼の大将も、九尾の狐っぽいのも退治したし、もう自分がいなくてもこの国は何とかなるだろう。せっかくこんなRPGみたいな世界に転生したんだし、楽しまないと)





 転生者。





 それが彼女──氷のように冷えきった気性と炎のように苛烈な戦いぶりから『激情の吹雪』と呼ばれし聖女カグヤ──の前世にして正体、甘いものに飢えた日本人である月宮蓮(つきみやれん)に他ならなかった。


「……もう、ここには何の未練もないと、そういう事かよ。相変わらず呆れるほど淡々とした女だねえ」


「お前が感情的すぎるだけだ」


「勝ち逃げする気か?」


「何を言うかと思えば……」


 はぁ、とカグヤは嘆息した。

 そんなつまらないことで、この女は自分にしつこく絡んでいるのか。自分に二度負けたのがそこまで尺に触っていたとは思わなかった。

 普段の言動からして、勝ち負けの結果など後に引かないサバサバしたタイプかと思っていたが、これは予想外だ。

 共に魔物や悪鬼を打ち倒してきた戦友でもあるこの女性が見せた思いがけない粘着性に、カグヤはわずかに動揺していた。


「三度目の正直といこうじゃないの」


 赤毛の女性が、背中の長槍を外し、カグヤへと構える。


「……どこまでも荒っぽい女だな、お前は。別れの時くらい感慨にふけらせてくれてもいいだろうに。それとも、友の屍を(はなむけ)にしろとでも?」


「死なない程度に留めりゃいいだけの話さ。アンタも聖女様なんだから、手足や目玉くらいお茶の子さいさいで癒せるだろう?」


「奇跡のバーゲンセールはしたくないのだが」


 この世界の住人が絶対に聞いたことのない言葉がカグヤの口から飛び出てきた。


「バー……何だって?」


「何でもないよ。お前が気にする話じゃない」


「またそれか。一人でわけのわからないことを喋っては一人で勝手に納得したりはぐらかしたりしやがる。変な女だねえ、全く」


「耳が痛いな」


 カグヤがこうして口を滑らせるのは今に始まったことではない。

 その度に曖昧にぼかしたり今のように打ち切ったりしていたが、周りの者はそれについて、


「聖女だから浮世離れしたまじないの言葉がつい出てしまうのだろう」


 と、癖の一種として受け入れていた。まあ、カグヤ本人はうまく誤魔化していると本気で思っているのだが……


「しかし……お前の相棒もなかなかの優れものではあるが、それでも、我が『ミカヅチ』とでは役者が違いすぎはしないか? 素手か、あるいは刃のない器具でやり合うほうが、危険も有利不利も無いと思うぞ」


「冗談だろ。素手なんぞ誰がやるかよ。ガキの喧嘩や見世物じゃあるまいし、みっともねえ」


 赤毛の女性が吐き捨てるように言う。


「ならば木剣と棒を……」


「誰が用意するんだよ?」


「自分が探してくるから待っていてくれ」


「そのままトンズラする気だろ」


「ならお前が探しに行ってくれ」


「あたしがいなくなってる間にトンズラする気だろ」


「カエデは疑り深いな」


「アンタの言いくるめが下手すぎんだよ!」


 単純な流れ作業のような騙し言葉でこの場を切り抜けようとするカグヤに、ついに赤毛の女性──カエデが爆発した。


「友の言葉を信じる気になれないのか。悲しい女だな。互いに通じ合うものが少しはあるかと思ったが、どうやら勘違いだったらしい」


「どの口でぬかしてんだ」


「この口」


 どう見てもふざけて挑発しているようにしか思えない返答だったが、しかしカグヤ本人にはその気はなかったようだった。前世の頃からこの調子で悪気なく他人の怒りのボルテージを上げていたカグヤからしてみれば、今のやりとりも特におちょくっているわけではないのだ。

 こめかみに青筋を立てて無言で長槍を構えたカエデに対して、なぜここまでイラついてるのかわからないという顔をしている。


「是非も無しか」


 決闘は避けられないとついに観念したカグヤは、伝説の神剣の柄を握り、刀身を鞘からゆっくりと引き出していく。


「そう、それでいいんだよ」


 自分たちの間に言葉の駆け引きなど無用。そう言わんばかりにカエデが破顔する。

 二人の間の空気が、ピリピリと緊張したものへと変貌して、闘志が渦巻いていく。あとはどちらが先に、あるいは同時に仕掛けるかだ。

 そして──


 ──互いの技量と誇りが宿った、剣と槍が激突する!


 というところで戦いは後編に続く!

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