その83・聞いて驚け、ボクの名は
シャリサの謎に延々と頭をひねる俺達一同だったが、はっきりとした答えはやっぱり出なかった。
エスタガスよりもさらに東の国にいるという高名な賢者が有する、わずかな情報を頼りに正解を導き出す『超予測』というスキルに近いものをうちの誰かが持ってたら良かったのにとディアーネが言ったが、残念なことに我々は戦闘重視の面々ばかりなのである。
「一番有り得そうなのは、あなたを救出しようとした有志の中に、良からぬ事を企てていた者達がいたって線かしら」
「ええ、あなたの言う通り、そう考えるのが妥当でしょうね」
「そうだとしたら、シオン君が見つけたという方々が全滅していた理由も説明がつきますわね。西帝国から充分に離れたこともあって、そろそろ縁切り時と判断した不逞の輩が本性を剥き出しにしたものの、相打ちに持ち込まれて、シャリサさん一人が取り残されたと」
「ろくでもない連中が魔王国からの追っ手と通じていた、あるいはどこか他国へシャリサを売り払おうとしたか……そんなところじゃないか」
『お、ファング戻ってきたか。こっちは済んだからよぉ、もう警戒しなくていいぜ』
「ウォン」
こうして知れば知るほどわからなくなるシャリサの件は、一時棚上げとなった。
また追っ手がくるかもしれないからそいつに続きを聞けばいいと、ソルティナがいつもの乱暴な提案をしたが、今回ばかりはそれに乗ることにした。でないと無理だこれ。
「その相打ちした人達を復活させてもいいけど……」
「善人とまではいかなくても、良心のある奴がいるかどうかが問題だ」
シャリサを眠らせてから運び去ったのが、どうしても引っかかる。彼女を救うなどと最初から誰も本心では思ってなかったんじゃないのか。
優しい信徒の皮を被っていた二つのグループが、頃合いを見計らって皮を脱ぎ捨て、互いを排除するために潰し合ったのが真相かもしれないぞ。
「聞くだけ聞いてまた死体にするのも、いくら悪人相手とはいえ業が深い所業ね」
『進んでやるこっちゃないな』
「そいつらだってさっきのおっさんと大差ない情報しか持ち合わせてないかもしれんし、やめとくのが無難だよ。嫌な思いをしょい込むこともない」
第一そんなことやらせてたらお前たちの心の歯止めがすり減りそうでな……
「……じゃあ、いよいよこっちに取り掛かるか」
ずっとマユの中で発光しながらスヤスヤ寝っぱなしの剛虫族の聖女。
俺はおもむろに、彼女をくるむそのマユに手をかける。
「まあまあ丈夫だな」
儚げなその見た目とは裏腹に、意外とそのマユは手強かった。質のいい獣の革を引きちぎっている感覚だ。これは普通の人間なら刃物かスキルでも用いないとしんどいと思う。俺にかかったら楽勝だけどさ。
「んぁ?」
左右に広げるようにマユを裂いていると、とぼけた寝起きの第一声が、中にいる聖女のその小さな口からこぼれ出てきた。
やけに反応が早いな。
「さっきまで豪快なくらいぐっすり寝ていた割には、あっさりと起きるのね」
「ソルティナさん、もしかしてこのマユ……壊されたり破かれたりしたら、中の人がそれを察知して目を覚ますような作りだったのかもしれませんね。危険への備えとして」
『それとよぉ、これってシオンがガチで気配を探ってどうにか見つけたっていうじゃねえか。ってことは、このマユ、大した優れものなんじゃねぇの? 雑に破いてよかったのかぁ?』
「そうかもしれないが、もうどうにもならん」
「やってしまったものは仕方ありませんわ。こぼれたワインはグラスに戻せませんもの。それに、シオン君がここまで運んで目を覚まさないなら、多少の刺激では動じそうになかったでしょうし……」
「んんぅ~~~~~~~~……っ」
そんな相談とも呼べないダラダラしたお喋りをしてると、白混じりの青髪から二本の触角を生やした少女が大きく伸びをして、やっと本格的に目を覚ましてくれた。
「……なんだろ? あれ、『揺りかご』が破けちゃってる。それに、なんかうるさい……」
彼女は寝ぼけ眼を指で擦り、自分を覆っていたマユが破損しているのを不思議そうに眺め、次に俺達のほうをとぼけた顔してぐるりと見渡すと、
「………………………………うわぁ! 人間だぁ!!」
緑色の瞳をパチパチと瞬かせた後、十秒ほど黙り込んで事態を飲み込んでから大声をあげて吹き飛ぶような勢いで跳ね起きた。とんでもない速さである。ソルティナより瞬発力があるのではないか。
マユを破いてからちょい離れてたからよかったが、そのまま近くにいたら跳ね起きた勢いで顔面に頭突きされていたところだった。
「食われる、きっとボク食べられちゃうんだぁ!!」
「ないない」
「騙されないよ! そんなこと言って油断させてから頭からバリバリやるんだろ! ボクは詳しいんだ!」
「やらんやらん。誰がやるかそんなこと」
俺はげんなりした顔で手を左右にパタパタ振ったが、全く信じてくれない。どうしたものか。
「……なんて、冗談はこのくらいにしておこっかな」
一方的に絶望して恐れおののいていたはずの泣き顔が、一変して無邪気な笑顔に切り変わった。
「えぇっ」
これには流石の俺も面食らってしまった。
「な、なんですのこの子」
一瞬の変貌にディアーネが困惑する。俺だって、いや全員がそうだ。
どうやって宥めすかしたらいいか頭を悩ませていた矢先にこんなのやられたらアンデッドでも困惑するぞ。実際に俺の横でしてるし。
「何だと言われたら教えてあげましょう。ボクの名はピラリュアラ。光を司る聖女にして白羽衆の長の娘なのさ。ふふん、驚いたか」
すっくと立ちあがり、腰に手を当てて自慢げに名前と素性を語る聖女ピラリュアラ。
「いや驚くも何もそんな部族知らんし」
「えっ」
「大陸の各地にいくつか剛虫族の大きな部族があるのは知ってるわ。でも、どこにどんな種類がいて、その部族名はとなるとね……。交流もほとんどないから知りようがないのよ。ドワーフ族なら詳しいんだろうけど……」
『うちの部族も何度かやりあったらしいけど、なにぶん昔の話だからなぁ……』
「いや、待ってよ。本当に知らないの? ウチはね、あの凶悪な玄角衆と並び立っていた勢力なんだよ! ……もしかして玄角衆も知らないとか?」
「知らんなー」
いよいよもって肩を落としてがっくりする光の聖女だったが、そこに思いがけない助け船が出された。
「それは、ひょっとしてブラッドホーン族のことでしょうか」
助け船のオーナー。それは魔族の聖女、シャリサであった。
「そうそう、それそれ! そんな呼び名もされてたらしいねアイツら! もう滅んだから詳しくはわかんないけどさ!」
キャハハと楽しそうに笑うそのあどけなさに、ついこっちも笑いがこぼれる。
演技とか計算づくとかじゃない、天性の魅力ってやつか。
「ああ、それなら私も知ってるわ。シオンも聞いたことない? 他種族にまんべんなく喧嘩を売った剛虫族との争いについて」
「そういうことがあったくらいは知ってるが……」
シャリサやソルティナ、ディアーネが言うには、六十年ほど前に、ブラッドホーンという強力な剛虫族の一派が『鮮血の女王』と呼ばれた支配者の元、自分達以外の種族だけでなく同じ剛虫族の別部族にまで宣戦したのだという。
堅牢な装甲に強力な腕っぷし、しかも素早い上に魔法への抵抗力まで高いという、隙の見当たらないその戦闘能力にどの勢力も甚大な犠牲を払わされた。
人間の王国だけでなく、リザードマンや獣人の部族がいくつか滅んだり、魔王国の五星魔将のうち三人が戦死したというからとんでもない話だ。
人間側の中で、勇者の属性持ちの中でも特に秀でた『六つの希望』と呼ばれた者たちがいたが、生き残ったのはわずか二名だったとか。ちなみにこれが後の六英傑の起源らしい。
最終的にどうなったかというと、自領に攻め込まれて怒り狂った魔王がブラッドホーンの軍勢を本気の儀式魔法でごっそり消し飛ばし、連合軍を率いた六つの希望がその本拠地に突撃し、激戦の末に女王を打ち倒したとされている。
女王の死後、各地に散らばった生き残りも執拗なまでに追い立てられ、一切の容赦なく滅ぼされたらしい。やったことがデカすぎるから仕方ないわこれ。
なんで、この大事件が当然だが根深い問題になって、人間と剛虫族はいまだに仲が悪いのだ。リザードマンや獣人、魔族などは『強さが正しさ』みたいな風潮があるから、遺恨はあってももう済んだ事みたいに水に流したのだが、人間はそうはいかない。
「そもそも、ほとんどモンスターみたいな連中が単独でやらかしたことなんだから他の部族までひっくるめて恨み向けるのおかしくね?」
と俺は思うが、そんな割り切り方できないのが人間なんだよなあ。それがいいのか悪いのかは置いといて。
「そうして暴れ回るしか能のないダメダメ部族は消え去って、ボクの部族が残るべくして残ったというワケさ。おわかり?」
「それはわかったが、その聖女さまがなんでこちらに?」
「家出」
分かり易すぎる理由だった。そうですか、家出ね。
……まずくね?
「ちょっと聞きたいんだが、それって実家の方は知ってるのか?」
「そりゃそうでしょ。きっとあっちは大騒ぎだろうね。パパのことだから躍起になって四方八方に手を伸ばしてるんじゃないかな~」
「そっか」
俺達はゆっくりとピラリュアラから距離を取っていく。言うまでもなく、関わりたくないからだ。これ以上追っ手を増やしたくない。
「……じゃ、俺達は急いでるんで、これで失礼するわ」
「まあまあまあ」
瞬時に距離を詰めてきたピラリュアラに手を掴まれた。
「これも何かの縁だし、一緒に付いて行こっかなぁ~~~~。ね、いいでしょ?」
表情こそ変わらず無邪気そのものだが、その緑色の瞳が、怪しく輝きだした。
夢見心地になって、心がその瞳に吸い込まれていくような、彼女のわがままを叶えてあげたくなる気分にさせられる。
「お、ね、が、い?」
ピラリュアラは、これでどうだ、と言わんばかりに、首をかしげて、ダメ押しで困ったような笑みを見せてきた。
「また今度ということで」
それはそれとして駄目なものは駄目なので遠慮する。
しかし、だ。
はっきり拒絶せず、次回があればいいみたいなおかしな断り方をしたのは、自分でもわけがわからない。さっきから、熱に浮かされたような気分だが、まさか何らかの心をいじくる術でも使っているのか?
「……あれ? 効いてない……わけじゃないよね。なのにどうして?」
「そういうやり口は感心しないわね」
俺の手を掴んでいたピラリュアラの手をソルティナががっしり掴んだ。そのまま握りつぶしてしまいそうな雰囲気だ。
「答えによってはタダじゃすまないけど──」
「ごめんごめん、魅了の魔法使っちゃった! 悪気はなかったの、ほんの茶目っ気だったんだって! だからさ、許してよぉ~」
先んじてまくし立てるように謝罪されて毒気が抜けたのか、ソルティナは彼女の手を呆れたように笑ってから離した。
すると、途端に頭の熱が消え、うたた寝していた時みたいな気分が嘘のように晴れ渡ってはっきりしてきた。
「凄い威力の魔法だな……まだうっすらとぼんやりするぞ」
「あはは、ごめんってば」
そこからピラリュアラと俺達との間でいくつかやり取りを行った結果、いまさら一人増えてももう大差ないだろという意見と、一人野宿していたのを勝手に連れ去ってマユを破ってほったらかしというのも身勝手だという苦情に負けて、新たな仲間として迎えることになったのだった。
こうしてまたしても増えた五人目の聖女だが……
「いやー、ボクの『蠱惑の月花』がそこそこしか効かないなんて、凄いねキミ。びっくりしちゃった。今まで抵抗できたのなんて、シワシワのおじいさんくらいしかいなかったのにさ」
『あー、言われてみりゃ、シオンってジジ臭ぇときあるしな。だから誘惑に屈しなかったってわけかぁ』
「そこは老成してると言ってくれよ」
「安心なさってくださいな。わたくしはそこも含めて貴方のことが好きですわよ?」
「誰でも受け入れる度量の広さも素敵だと思いますよ、シオンさん」
「年寄り臭いって指摘は否定してくれないんだなキミら」
悪戯っ子だが根が悪人ではないのと、人懐っこいタチなのもあり、案外あっさりと俺達の中に溶け込んで和やかムードとなっていた。
「このままのペースで順調に進んだら、グラッドに到着する頃には十人超えそうね」
「二桁面倒見るのはきついなぁ……」
ソルティナの怖い冗談に、俺は苦笑する気にもなれなかった。
土曜の同時刻にも投稿します。




