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その80・ここは何処、わたしはシャリサ

 シャリサ(グレネリア)の告白は続く。


「ルデルですが、私が聖女であることや目が不自由なのは把握しています。ですが、嘘を見抜くスキルについては全く知りません。勘付いてもいないでしょう」


「ん? ってことは教えてないのか」


「はい。できれば聖女の属性も隠し通しておきたかったのですが、ある日、稽古で怪我をした彼の傷が痛々しかったので、つい癒してしまったのです。それに驚いた彼がぐいぐい詰め寄ってきたので、押しに負けてつい明かしてしまいました」


『攻めっ気の強い男に弱ぇえんだなぁ』


「……まあ、否定はしません」


 見た目や言動に反して、意外と防御力が低いタイプか。俺の素直な感想であんなに大ダメージ受けてたしな。


「打たれ弱い割には、嘘がわかることはずっと黙ってたのね」


「言おうかどうか何度か迷いましたけどね。けれど、内緒の一つくらいあったほうが面白いかなと思って、結局言わなかったのです。悪戯心がついざわめきまして」


「真顔で言うなよ」


 舌でも出しておどけてくれればこっちも笑って返せるのに、報告みたいに淡々と言われたらどう返していいか困るぞ。


「それで、その押しの強い彼とは、いつ、どこで知り合ったんですの?」


 この手の話に並々ならぬ興味があるのか、ディアーネがシャリサのそばに座り込んで、鼻息荒く会話に入ってきた。

 いや、ディアーネだけではない。ソルティナやナナも同じく草の上に座り込み、女だらけのハイキングの一風景みたいになっている。

 俺は別にそーいうの興味ないんで、会話を一応は聞きつつ雲を眺めていた。


 あ、あの雲、モジャモジャしててディアーネの頭に似てるな。



「……初めて出会ったのは私が五歳の頃です。こっそり屋敷を抜け出して遊び歩いていた時にたまたま出会った、森で一人修行していた少年がルデルでした」


『おぉ、良さげな出会いじゃねーの』


「うんうん続けて続けて」


「最初こそギクシャクしていましたが、母親が人間という事もあってどこか居場所のなかった彼と、己の権勢の汚点として父から疎まれていた私は、同じはぐれ者として共感するものがあったのか、次第に親しくなっていきました。それも私が八歳になるまででしたが」


『あんたの親父が我慢できずとうとうやっちまった年か』


「わずか数年の平穏だったわね。……私達もそうだけど、どうしてこうも幸せな時期ってものは長続きしないのかしら……。決して高望みしてるわけでもないのに、それでいて不快な事柄は手を変え品を変え飛び込んでくるのが、腹立たしいことこの上ないわ」


『聖女に苦難は付き物ってこったな。ヘドが出そうなほど有り難いぜ』


「言い方はさておき、同感ではありますね。今思えば、あの頃がこれまでの人生で最も心が満ち足りていた時期でした」


「その凶行に見舞われたあと、すぐに幽閉されたんですわよね……。もしかして、それから彼とは会えずじまいなんですの?」


「その通りです。何度か抜け出そうかとも思いましたが、万が一、父にバレてしまうことを恐れて、控えておきました。もし抜け出して彼と会っているのが知られたら今度こそ殺されるでしょうし、そうなれば、ルデルも口封じされるのは免れませんから」


「流石にそれはやり過ぎではなくって? いくら魔将軍の地位にいるとはいえ、そんな無法な行いがお咎めなしとは到底思えませんわ」


「魔王国では階級制度だけでなく実力主義もまかり通っていますので。役立たずの娘とハーフの少年一人始末した程度では、魔王様からの叱責どころか、周囲からの非難の声すらなかったでしょうね。多少の皮肉は言われるでしょうが」


「法より立場と力が重視されるのね。人間の社会も大差ないけど、そこまで露骨ではないわ」


「裏を返すと、納得してもらえる建前さえ用意しておけば、実行に踏み切っても非難されませんのよね。たとえそれが──冤罪であっても」


『まだ引きずってんのかぁ?』


「貴女と違って、わたくしはまだ、首が落ちてから一年も経っていませんので。過去は全て捨てたとは言いましたけど、捨てきれなかった苛立ちがふとしたことで、こう、心のささくれになってしまうのですわ」


「あなたのそれは時間に解決してもらうとして……それで、考えうる一番悪いケースを恐れて、そのまま会わずに三年前まで疎遠のままだった……で、合ってる?」


「私は仕方ないにしても、彼までこちらの諍いに巻き込むわけにはいきませんので」


『んで、三年前にあっちから救いの手を差し伸べてくれて、その手を取って国外にトンズラか。けどよぉ……それにしちゃあ、さっきの口ぶりだと不満そうだったなぁ』


「第一声から嘘でしたからね」



 声に冷たいものが混ざりだしたし、なんか核心に迫りそうになってきたな。俺も変な形の雲から目を離して、話に本格的に加わるとしよう。


「彼は、私が幽閉されていたことに多少は胸を痛めていたようですが、やむを得ないと納得もしているようでした。耐えられないだなんて、真っ赤な嘘だったんです」


「そこはまあ、言葉のアヤというやつだろ」


 引き裂かれた三つの瞳で睨まれたので黙ることにした。


「ルデルは、冒険者だったという母の持っていたツテを使い、できるだけ安全なルートで私を連れ、長旅の末に目的地──西帝国へと辿り着きました。当時、西帝国では光神教の象徴となりえる聖女をどうしても求めている真っ最中だったそうなので、その立場に私を据える腹積もりだったのです。それが上手くいけば、祖国としても簡単に手出しはできないでしょうから」


 彼女がシャリサという偽名を使うようになったのは、この時からだという。


「本名のままでは流石に不用心だと思いましたので、旅の途中で滞在した、とある村の綺麗な小川の名をそのまま拝借したのです」


「適当ねぇ」


「それはそうですが、頭を使ってひねり出した偽名だと『素性を見抜くヒントを内包してしまうのでは?』と不安になったのです。なので、思い入れの無いほうがかえって安全だと判断しました」


「軽い気分で付けたなら、深読みのしようもないか」


「できたら怖いわよ」


『だけどよぉ、よく西の連中が、心底忌み嫌ってる魔族の生まれなアンタを選んだもんだぜ。めんどくせぇ信者ばかりだってのになぁ』


「それはねナナ、彼らは主義より実利をとったとさっきシャリサが言ったでしょう? きっとね、象徴を求めていたなんてのは建前で、地鎮できる者を喉から手が出るほど欲しがってたのが本音なのよ」


「あー、それってあれか? 地脈が呪いで汚されたとかいう……」


 俺が聞くとソルティナが黙って頷いた。


 う~む……そこまで手段を選んでられないとなると、西の方が深刻だったのかな。

 ソルティナに消された聖都は帝国の東側にあったらしいし、その分こっちのほうが聖なる何かしらのパワーが強かったんで比較的大丈夫だったとか、そんな感じか?

 でもこっちはこっちでクソミミズとかミニゴーレムとか発生したけどな。


「でもさ、ここまで聞いた限りでは、幼馴染の境遇を哀れんで、正騎士の立場を捨ててまで救おうとした善人に思えるな」


『んだんだ』


「彼にそういった面があったのは確かです。だからこそ、幽閉の件で多少根に持ってはいても、私は結局、彼のそばから離れませんでした」


 多少かな……いや、突っ込むのはやめておこう。また睨まれる。


「ですが、彼は私を利用することばかり考えるようになっていきました。彼本人は私をうまく言いくるめていたつもりですが、それが無意味だったのは、あなた達ならよくおわかりですね?」


 なんだか段々とシャリサの語気が強くなってきている気がする。

 茶々を入れていい雰囲気ではない。あのナナですら黙っているのだから。


「そうして、私の正体は神殿でも極一部の者しか知らぬまま、謎の聖女として西帝国に腰を据えて一年が経ちました。大地に脈々と流れる力を活用できないかと彼が相談してきたのも、この頃です」


「活用かぁ。それってどんなやり方だったんだ?」


「個人の持っている力の増幅ですね」


 その相談とは、中身が空っぽの魔石に、地脈の力から呪いを浄化した純粋なエネルギーへと昇華したものを宿せないかという内容だったらしい。


「浄化はできるでしょうけど、地脈の力を宿せたとしても、偏りが生じるだろうと私は言いました。私が魔族である以上、それはきっと同胞や悪魔などにしか影響を及ぼせない不完全な代物になるのではないか……と」


「それで、彼は何とおっしゃったんですの?」


「ルデルは、何の問題もないと言いました。全てはお前を守るためだと、どんな力を用いてでも俺は強くならないといけないんだと、真意を見抜かれていることも知らず、私の手を握りながら力説していました」


 そうやって彼が熱く語れば語るほど、私の心は冷え込んでいきましたけどね、とシャリサは言った。



「こうして、ルデルに会うたびに失望しつつ、かといって彼を突っぱねる気にもならないまま、人前に出ることもなく神殿の地下にて儀式を執り行うのが私の日課となっていたのですが……」


 魔王国にいたときとさして変わらないのでは? 俺は訝しんだ。

 権力に目がくらんだ実の父親と熱狂的な光神教徒、いったいどっちの元にいたほうがマシなんだかわからんな。危険さではいい勝負だ。

 だけど、聖女としての力を磨ける機会がある分、後者の方が伸びしろはありそうではある。

 それは彼女にとっては大きな利点だろう。

 周りの者が、いつ気が変わってシャリサを始末する方向に舵を切ってもおかしくはない。その日が来た時の対策として、自分の力やスキルを鍛えておくに越したことはないのだ。


「……なぜか世間では、身に覚えのない私の名声が広まり、やがて、あり得ないことに六英傑の一人に選ばれるまでに至りました」


「なんで? 大地の浄化に貢献したのがデカかったとしても、基本は神殿でお祈りとか儀式とかやってるだけだろ? 名声とか上がりようがなくね?」


『ひひっ、ほとんどの市民からしたらよ、役に立ってるのかどうかもわからない、聖女とは名ばかりの引きこもり娘だよなぁっひゃんっ!』


 ちょい言い過ぎな感じがしたので、ナナのケツをちょっと強めにつまんでやった。衣服越しだからそこまで痛くないだろ。


「それについては、彼があちこちのダンジョンで力を振るって活躍して、その成果を私に丸ごと上乗せしたと聞きました。それとシオンさん、ナイスです」



 恨みがましい顔で俺を睨むナナを尻目に、シャリサの告白はいよいよ佳境へと入っていくのだった──とはいかなかった。



 そのまま二年ほど何も起きなかったのだが、ある日、神殿の地下にある開かずの間──シャリサが毎日の日課として儀式を執り行っている鎮守の聖域で、いつものように聖女としての務めを終え、ルデルと短い会話をしてから夕食と湯あみの後に就寝して、そのまま今に至るらしい。

 つまり佳境もへったくれもなく、何がどうなった結果ここにいるのかという肝心な部分については、寝て起きたらこうなっていたので皆目わからなかったのである。終わり。

 今週の更新は月曜以外に、水曜日と金曜日の四時にも行います。

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