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その81・殴って治してまた殴る

 素性はわかったが現状がわからなすぎる聖女シャリサ。

 自分の意志でここまでぶらり旅したのではなく、大事な荷物としてお持ち運びされたくらいしかわからない。

 関係者は全滅。そっちも仲間割れっぽいが正確な理由は不明。もう八方塞がりである。


「おねむしてるところに忍び寄ってきた何者かにそのまま意識を封じられて、誘拐されたんでしょうね」


『でもよぉ、聖女の意識をそんなあっけなく封じられるもんなのか? いったい何なんだよあの目隠しは』


「そこそこ強力ではあったけど、意識がはっきりしてたら苦も無く抵抗できるレベルだったわよあれ。寝込みを襲われてなかったら効かなかったと思うわ」


『そりゃお前みたいな奴からしたら、よっぽどじゃねぇと苦にならないだろ。判断の物差しが図太すぎて参考になんねぇぜ』


「図太くて悪かったわね」


「まあまあ」


 ソルティナが暴れ馬と化す前にディアーネが宥めてくれた。手早く抑えに回ってくれる者が自分以外にもいるとマジ助かるな。



「今はどうやって東まで騒ぎにならず来れたのか、それが知りたい」


「アリの入る隙もない……とまでいかなくとも、シャリサの正体を絶対に知られたくない神殿の連中は、かなり厳戒な警護をしていたはずよ。にもかかわらず、何事もなく連れ去ることができた……」


「内部に誘拐犯と通じていた者がいたに違いありませんわね」


「そうね。これは勘だけど、その人物こそが目隠しを用意したんじゃないかな。勘なんで確証は一切ないけどね」



「……ウォウッ」


 幌馬車のそばで寝ころんでいたファングが起き上がって警戒する。また誰か来たのか。ディアーネか、それともシャリサへの追っ手か?


 かすかに聞こえた草を踏む足音が少しずつ大きくなっていく。

 迷っているような歩き方ではない。まっすぐこちらに向かってきている。一種類の足音しか聞こえないのできっと一人だ。音だけなら。


「ファング、お前は離れた場所に隠れて様子を伺ってろ」


 一人で来たと見せかけて、別の何者かからの不意打ちがあるかもしれないし、何より、謎の来客を可能な限り油断させて話を引き出したい。でかい狼が傍に控えていたら向こうも気を抜かないだろうからな。

 ボコボコにしてから引き出すことになりそうな気もするが……。特にソルティナはそろそろ知恵ではなく腕力を使いたくて仕方ないんじゃないかと思うんだ。


「やはり私への追っ手でしょうか」


「恐らくはね」


『またディアーネだったりしてなぁ、ひひっ』


「だとしたら少しは間を空けて欲しいものですわ」


「刺客がそんな気遣いするかよ。あの聖女とはまた別の一派が動いているのかもしれないぞ。けど、できれば近づいてきてるのがシャリサ目当てであってほしいね。あっちで死んでる連中をこの世に舞い戻らせる必要もなくなるからさ」


 生き返らせて用済みになったら即抹殺というのも、外道のやることみたいであまり気分がいいものじゃないからなるべく遠慮したかったので、生きてる情報源が向こうから飛び込んできてくれるのは嬉しい話だ。

 向こうからしたらいい迷惑だろうが。





「なんだいなんだい、こんなところでお嬢さんたちがお茶会かい?」


 姿を現したのは、その喋りに見合った見た目の軽薄そうなおっさんだった。

 無精ヒゲを生やした三十代半ばくらいの年齢。短めのマントと革鎧に膝下まであるブーツという、どこのギルドにも一人はいそうな中堅冒険者って感じだ。

 武器は持ってないということは、つまりそういうことなのだろう。鍛えているようにも見えないし、魔法がお得意なタイプか。それとも力自慢ならぬスキル自慢かな。


「仲良さそうなところ悪いがね、そっちの傷物の子を連れ帰ってもいいかな。探してたんだよ。いやー無事でよかった」


「あなた、見覚えある?」


 シャリサが首をふるふると振った。


「知らない人ですって。生憎だったわね。そういうことなんでお帰りあそばせ」


「それは困るねぇ。やっと追いついたんだから。なもんで、自分としても、女子供相手に荒っぽいことはしたくないんで、素直におじさんの言うこと聞いてくれない?」


 会話に怖いものが含まれ始めたが、そうなるのはもうわかりきってたので、ほっといて周囲の雰囲気を探る。

 何も肌や感覚に感じられない。どうやら本当に一人だけで来たようだ。自信家かな?


「聞かなかったらどうなるの?」


「怖いことになるよ」


 ソルティナは答えない。無言でニヤニヤ笑っている。それが一番相手のプライドを逆撫でするとわかっているからだ。

 喋りこそ変わらずおどけた感じだが、軽薄なおっさんの目がゆっくりと細まり、危険な光が宿っていく。調子に乗ってる小娘にひとつ痛い目見せたいというのが丸わかりだ。


「いたいけな少女を痛めつける趣味はないんだけどねぇ……ま、これも躾の一環だと思えばいいか。大人に対する態度というものを、教えてあげよう」


 余裕ぶってはいるが、言ってる内容は「ガキに舐められたから暴力で思い知らせたい」というだけのことだ。

 無造作におっさんがこちらとの距離を詰め始め、その手から魔力の輝きを放ち始めた。







「……もう少し楽しめるかと思ったけどね。いや、よく持ったほうかしら」


 数分後、おっさんはボロ雑巾よりはまだマシかなという見た目になっていた。

 誰がやったって? そんなの一人しかいないだろ。


「ま、まいった。もう勘弁してくれぇ」


 両足はおかしな方向に曲がり、手の指は何本かちぎれて失われている。

 にやけていたその笑顔は苦痛と恐怖に歪み、鼻も折れ、歯がいくつも欠けて間抜けな顔になっていた。


「あなたはどこの誰で、何の目的でシャリサを連れ去ろうとしたの? ああ、出鱈目は言わないほうが身のためよ。こっちとしては、他にもアテはあるのだから」


 地面に尻もちをついたような体勢で腰を落としているおっさんにソルティナが近づき、髪の毛を掴んで頭を引き上げ、顔と顔を接近させて睨みつけた。


「言う、言うよ。わ、わかったから、何もかも全部吐く……」


 堂に入ったその脅し方は、昨日今日で身に付くものではないように見えた。つまり前世でこんな脅迫を上達するくらいちょくちょく行っていたことになる。聖女って何なんだろうね。


「聖女のやることとは思えませんわね」


 やめるんだディアーネ、その発言はブーメランにしかならないぞ。




 こうして自分から火中に飛び込んだおっさんが吐いた内容が、以下のものである。


 自分は西帝国の神殿関係者で、表沙汰にできない汚れ仕事を引き受ける『浄化隊』の一員であり、神殿内の不届き者たちが外部の者を引き入れて聖女シャリサを逃がした一件で動いていた。

 高位神官の方々から絶対にシャリサを見つけて連れ戻せとの厳命を受けている。なぜなら、シャリサには大陸の地脈を汚すかの大悪魔の呪いを封殺するための『楔』になってもらうためだ。


「楔ねぇ……つまりは生贄でしょ?」


「尊い犠牲、と言って、もらいたいねぇ…………ぐががあぁ!」


 絶えず体を襲う激しい痛みに脂汗をかきながらも、おっさんがソルティナに訂正を求めたが、返ってきたのは折れた足への踏みつけだった。


「その手の一方的な都合いい美談はうかつに言わないほうがいいわ。そういうの聞くとね、私って虫の居所が悪くなるの。ほら、情けない悲鳴上げてないで話を続けなさい」


「あのさ、悪い事言わないからそうしたほうがいい。それがあんたの身のためだよ」


 厳しいだけじゃなく、こうやって同情することで口を滑りやすくさせる作戦なのだが、社会の裏側で生きてきたこのおっさんにそれがどこまで通用するものか。

 ……けど、この作戦とは関係なくソルティナはお構いなしで攻めの手を緩めないんだし、癇に障る言い回しせずにさっさと全部吐いたほうがいいんだけどな……。強情な態度してても何の得にもならないのにね。


「でも、ただ痛めつけるのも可哀想ね」


 心にもないことを口にすると、ソルティナは踏みつけをやめ、おっさんのさらに折れ曲がった足へと手を伸ばした。

 その手にうっすらと光がともると、その部分だけがみるみるうちに癒され、真っ当な形へと復元されていく。


「こんな風に癒してあげるから、やられ過ぎて死ぬかもとか、その点の心配はしなくていいわよ。安心して苦痛をじっくり楽しむといいわ。ふふっ、くふふふっ」


 それを聞いて、顔面蒼白だったおっさんがいよいよ死人のような顔になって震え上がった。



 ……うん、マジで聖女のやることじゃねーわこれ。

今日は午後七時にも投稿します。

その次の日程は金曜と土曜の午後四時投稿です。

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