その78・いやその照れ方はおかしい
多少間が空きましたが、今年もほどほどに更新します。
聖女シャリサ。
世間一般では西帝国の俗称で呼ばれている、神聖バールゲルド帝国。
見苦しい非難の応酬と小競り合いの果てに東と袂を分かった後、かつて黎明の聖女の怒りに触れて消滅した聖都の後継を論議の末に選んだのが、厳格な斧の異名で知られる聖人ライラムの故郷である、ライラトンの町だった。
こうして、新たな聖都として選ばれたライラトンに、五年の月日を経て建設された神殿。
新聖都の象徴ともいえるその建造物の最奥で、繁栄と豊穣の祈りを日々捧げる人物であり、『黄昏』を名に冠する六英傑の一人が、彼女である。
「な、なな、何のことでしょうか。そんな偉大な方と私を混同されても困るのですが」
「しらばっくれても無駄よ」
ソルティナがわざとらしくウロウロ歩いて話を続ける。胡散臭いなあ。
「全てが謎に包まれし聖女。その姿を見たことがあるのは西帝国でも一握りの者、つまり高位の神官と女帝セルミエルのみと言われているわ。なぜ民衆の前に現れないのかって理由について、数多くの説が巷でよく話題になってるわね」
「ああ、いくつか聞いたことあるぞ」
人目を嫌うからだとか、身体が弱いからだとか、いや足が悪いんだとか、喧嘩っ早いから外出を止められてるとか、目を離すとすぐ旅に出たがるとか、実際は存在してないんじゃないかとか、女帝その人が正体だとか……有り得そうな憶測から酔っ払いのたわ言以下まで様々だ。
『ひひ、で、その真相がこれってことかぁ』
帽子や髪の毛でも容易には隠せないサイズの一対の角を交互に指差すナナ。
「市民や信徒に見せられるわけないか。よりにもよって魔族とはね」
「……悪いですか」
「ん?」
「私が魔族なのが、そんなにいけませんか」
シャリサさんはパニック状態から一転して、静かな口調で、俺に対して責めるような問いかけをしてきた。
明らかに苛立ちが感じられる。これはあれだ、どうも彼女の怒りのツボをうっかりつついてしまったらしい。
「んー……」
痒くもないのに頭をポリポリ掻きながら、火に油を注がないよう言葉を選ぶ。
「馬鹿にしたり見下したりするつもりはぜんぜんないよ。俺はそういう、種族意識ってのかな、そーいうの極端すぎるくらい持ち合わせて無くてね。やっぱ人間が一番みたいな優越感とか差別とか、よそでやってくれって感じかな。単に、西帝国と凄い相性が悪そうな組み合わせだと思っただけさ」
言ってから気づいたが、もっと短く切り詰めるべきだったか。
これは長かったかもしれない。舌がよく回ると白々しさが出てきてしまって、逆に信用されなくなってしまう。
「……ふぅん」
「………………?」
え、すんなり納得するの?
嘘だろ?
もしかして人を疑うことを知らない性格?
でも、起きた直後から現在までずっと警戒してるし、今の俺の長い言い訳がそんな説得力あったわけがない。自分でもどこか白々しいと思ってたのに。どうなってんだ?
「気を付けたほうがいいわよ。この子、女とくれば見境ないから」
「なんだとオイ」
シャリサさんへの助言というより俺に対して釘を刺してきた気もするが、何にしてもムカついたもんはムカついたのであとで覚えとけ。
「やはりケダモノなんですね」
「んなこたぁない。無理やり襲ったりしないって。綺麗だとは思うけどさ」
「そうですか。年下の子にそう気を使われるのも複雑ですけど、ここは素直にお褒めにあずかって──」
ピタ
「ん? どしたの? おーい?」
穏やかな川の流れみたいだった言葉が不意に途切れ、彫刻みたいに冷たく固まっていた頬が見る見るうちに赤く染まり、耳にまでその範囲を広げていく。
顔の上半分を覆う眼帯の下では、きっと目が泳ぎまくっているんじゃないかな。
『凍りついたと思ったら今度は赤熱しだしたぞ』
「あなた、照れるタイミングどうなってるの? そんな時間差ある?」
「仮にそうだとしても、順序がおかしくありません? お世辞だと判断しておきながら、今更照れるだなんて……」
こちら側の聖女の誰もが、眉や口の端を上げ下げして不思議そうにしている。
俺にも、シャリサさんが言葉の内容を遅れて真に受けて顔を赤らめだしたとしか思えないんだが、そうだとしても最初は俺の気遣いだと思ったんだよな。
なんで途中から真に受けたんだ?
さっきの急激な納得もそうだけど、本音が読めないんだから半信半疑で受け止めるのが普通だろ。ましてや、何を考えてるかわからない初対面の相手だ。いくら賢くて純朴そうな少年の言うこととはいえ、そのまま飲み込むとかおかしいって。
どこで真実だと判断してるのか、その基準がさっぱりわからねえ。
「き、綺麗、ですか」
「うんうん」
「それは、貴方がまだ何も知らないからですよ。自他ともに認める私の醜悪さをね」
「そこまで下から目線で言わなくても……。どっからどう見ても美人だって」
女性陣からの視線が痛くなってきたが、言ってしまった言葉を飲み込むこともできないし、もういけるとこまでいってやれ。悩むのはその後でいいや。
「……これでも?」
何か覚悟したように口元を引き締めると、おもむろに顔の目隠しに手をかけ、外していく。
「…………んっ、あれ……………………よっと…………んんっ……あぁもう…………」
しかし外せない。
後頭部のほうでしっかり縛られているのか、うまくほどけず、四苦八苦している。
本人としては言い終わるのと同時に素顔を見せたかったんだろうな……
『じれってぇなぁ……!』
気の短さに定評のあるナナがシャリサさんに近寄り、あっという間に紐をほどいて目隠しを外していく。ナナが器用なのかシャリサさんが不器用だったのかは謎である。その両方という線が本命かな。
「……いささか手違いがありましたが、気にしないで下さい。思うように事が運ばないのが世の中というものです。では……今度こそ、刮目して見るといいでしょう」
満を持して明かされた目隠しの下にあったもの、それは──
──両目だけでなく額にまで存在する瞳と、それらを潰すためとしか思えない、無残に刻まれた、二本の深い傷跡だった。
両目の傷は横一文字、額のそれは斜めに刻まれ、左目の辺りで傷と傷が交差している。
意図も誰がやったかも不明だが、その傷には悪意しか感じられなかった。
「これでもまだ、さっきのように言えますか? おぞましいならおぞましいと、素直に言ってもいいのですよ?」
何も映すこともできない三眼を見せつけ、魔族聖女さまは、悲し気に、けれど勝ち誇ったように笑って、俺の返事を待っている。
「どうしました? 嫌悪で言葉も出ないのでしょう? これ以上私に関わる気にならなくなったのではありませんか? 今ならお互いに何もかも忘れて、私の事も見なかったことにしても……」
「そうだな……一瞬びっくりはしたけど、気持ち悪さとかはないかな」
俺がこれまで口説いてきたのは、とりあえず殴って解決しようとしたり、首がずれたり噴火したり、そこらでおしっこしたりと、いずれも負けず劣らずの色物揃いだぞ。目が多くて斬られてる程度では大して動じないし不愉快に思ったりもしない。
これまでの出会いを余すところなく受け入れてきた、俺の女の趣味の広さと深さを舐めてもらっては困るね。もうガバガバだよガバガバ。
「はい?」
「よゆーよゆー。全然イケるよ。目隠ししてた時の神秘的なひんやり感とはまた違う、儚げで守ってあげたくなる可憐さがあるといいか、傷も魅力のうちかな」
歯の浮くようなことを言い過ぎた気もするけど、好感度は上げれるときに上げておこう。いつ下落するかわからないしな。それに嘘はついてない。本音をちょっと彩って言ってみただけだ。
「……ふ」
「ふ?」
「ふぇぇえぇ…………」
シャリサさんは腕を振り回してわたわたしながら、鼻血でも出そうなくらい真っ赤になった顔を隠して地面に突っ伏してしまった。
……いや、だから、警戒心と純朴さが噛み合ってないぞアンタ……。
褒められ慣れてないにしたって、なんでそこまで疑いを持たずに真に受けられるんだ。
魔族ってそういうもんなのか? まず一度疑っておいてから以降は無条件で信用するしきたりでもあるの?
『まぁた落としてやがる』
「これで四人目よ。うちの旦那様の女癖の悪さはどうなってるのかしらね」
『しかもよぉ、まださらに五人目も控えてるんだぜ』
いまだにシャリサさんの隣でぐっすり寝ている、五人目になるかもしれない剛虫族の聖なる少女。
何も知らずマユの中で薄く光りながら安眠している彼女と俺へ、ナナがジットリした半眼の目つきを往復させていた。
「末が恐ろしいわ」
「わたくし達が色恋沙汰に不慣れすぎるだけかもしれませんが……」
それな。
今週の更新は月曜以外に、水曜日と金曜日の四時にも行います。




