その77・静かに滑る口
またしても聖女同士が険悪な関係になってきた。
つい先日起きてしまったガチの殺し合いから一転、今度は、緊迫感に満ちた腹の探り合いが始まろうとしている。
こちらとしては、偶然見つけたのを気まぐれで拾っただけなので何の目的も打算もないから、緊迫しているのは魔族の姉ちゃんだけだったりするのだが。
「剣呑な雰囲気……には思えませんし、すぐにでも私をどうこうしようという気は無いようですね。今のところはですが」
「その気があるなら寝ぼけてる時にとっくにやってるわ」
「ソルティナ、言い方」
気安く軽口叩いただけなんだろうが、状況が状況なんだから無駄に煽るようなこと言うなよな。まだ敵になるかどうかもわからないのに。
……にしても、あれだ。
無表情クール系かあ。
もっとこう、リアージュさんみたいな素直ボーイッシュ系だと勝手に思ってたけど……でもこれはこれで、全然悪くない。いいね。
さっきの寝起きみたいに、気を抜いてると物腰が柔らかくなるというのも、普段とのギャップがあってなお良しだ。
いまだにおネムしている剛虫族の子はどんな性格なんじゃろな~
「そんな警戒せんでも……というのも無理な話かな」
唸り声をあげて威嚇する飼い犬をフォローする飼い主の気分で、俺は穏やかに語り掛けた。
「当たり前です。見たところ、まだ若い方々ばかりで悪人には見えませんが……何が目当てですか? 身代金? それとも私の命か、あるいは……」
その先を言うのに何か躊躇いがあったのか、一呼吸空けてから、再び口を開いた。
「まさかとは思いますが……………………純潔とは……言いませんよね?」
この場にある全ての視線が俺に集中する。
……いや、コークスだけは知らん顔で草をムシャムシャしていた。
「俺ってそんなエロエロな小僧に見える?」
嫌な注目の浴び方でしかめっ面になってる自分の顔を指差しながら、俺は魔族の姉ちゃんに尋ねる。目つきが悪いのは自分でもわかってるが、助平そうに思われるのは想像すらしてなかった。
女に興味ないなんて言うつもりもないけど(言ったところでこいつら絶対信じないだろうが)好みと見るや襲い掛かるような性欲モンスターでもないんだけどな。
「いえ。顔や喋り方から受ける印象は、やけに大人びた物腰の少年という感じです。早熟なのですね。ですが、男はみんな一皮剥けばケダモノだと教えられました」
誰がそんなことを……。お堅いおばちゃん神官とかが入れ知恵したのかね。
「光神教の信徒はね、色恋沙汰の面では潔癖すぎるほどに厳しいのよ」
「貞淑がどうのこうのってやつか」
『昔から変わんねぇんだなぁ、あの神さん崇めてる連中は。ウチとは大違いだぜ』
ナナ曰く、大地の女神の信徒ってのは逆にその辺は大らからしい。たくさんエロエロやってたくさん産みなさいみたいな。
「大らかではあるけど、一方で新しい知恵や文明をあまり良しとしない、現状維持を重んじる教えがあるから、そこが欠点というか慎重というか……」
「ま、完璧な教えなんて存在しないさ。……ところでソルティナ、お前なんでこの姉ちゃんが光神教だってわかったんだ……って、ああ、そりゃお前ならすぐわかるに決まってるか」
『ひひ、自分で聞いといて自分で答え出してらぁ』
「俺だってそんな事もある」
「あら、他者に聞くまでもなく自ら答えを導き出したのですから、むしろ感心すべきではありませんの?」
ディアーネが手放しで褒めてくれるが、いやぁ、我ながらアホな質問したもんだ。
俺はどの宗教がどういった衣服や祭服を着てるのかなんて全然わかんないけど、前世で現役バリバリの聖女だったソルティナなら、その辺わからない訳ないわな。愚問ってやつだ。
ましてや、自分が勝手に組み込まれて祭り上げられて叩き落とされた、因縁深い宗教の巫女服だ。きっと俺が連れてきた時に一目で見抜いていたに違いない。
けれど、それはそれで別の疑問が湧く。
「ですが、ソルティナさん、別に貴女を疑うわけではありませんが、そんな事がありえますの? だって彼女は──」
ディアーネも俺と同じ疑問を持ったようだ。
「ええ、この女性は魔族よ。それも、かなり高位の、ね」
「なんとなくそんな気はした」
連れ帰ってるときに暇つぶしで感知してみたが、真っ暗闇よりも暗そうな魔力の波長が、異様なほど静かに身体の内でたゆたっていたからな。並の魔族とは思えなかったがやっぱそうか。
……でも、そんな大物がなんで光神教の巫女服なんか着てて、しかもこんなところまで意識を封じられた状態で持ち運ばれていたのかがわからない。
一つの疑問が解決されたらまた次の疑問が生まれてイタチごっこが起きている。
「それは……」
途端に口ごもる魔族の姉ちゃん。
言うかどうか迷ってる困り顔ではなく、言いたくないという悲し気な顔をしている。
「まあ、無理に聞き出したりしないけどさ、何もわからないとこっちとしても対応のしようがないんで、できるだけ喋ってくれないかな」
「その前に、ここは何処なんですか」
あまり自分の素性を晒したくないのか、急に話の流れを捻じ曲げてきた。こちらの情報を集める方針に切り替えたか。
別に隠す必要もないので、ソルティナ達の正体や俺の能力などには触れずに、どこであんたを見つけたかとかここは大陸のどの辺なのかを、一通り教えてやった。
「東帝国ですか。また思いがけない場所ですね。……か」
何気ないその微かなつぶやきを、俺は聞き逃さなかった。
正反対か、と言ったな。そうなると、もしかしてこの女性は西の神聖帝国に属する聖女様ってことになるのかな。あっちは国を挙げて光の神を猛烈に崇拝してるっていうし、一応のつじつまは合う。
それでも、なぜ魔族が西なんかで聖女の役目を担えるのかという疑問は残ったままだ。
人間の間で広まっている宗教の中でも、光神教は特に魔族への風当たりが強い。『見かけたら有無を言わずぶっ殺しとけ』なんて平気で言ってる過激な輩がこっちの帝国にさえいるらしいからな。
そんな風に信仰を拗らせた連中をさらに煮詰めたような集まりが、この姉ちゃんを吊し上げずに聖女として扱っているのか、これがわからない。
『さっきから気になってんだけどよぉ、いー加減それ取ったらどうだ? そんな目隠し布なんぞつけてたら邪魔でしょうがねぇだろ』
「ご心配なく。周囲は把握できていますし、そもそも、私にとってこんなものは邪魔になりようがありません」
言い回しが妙だな。
「把握ねえ。つまり、見なくともわかるってことかしら。……それとも、何も見えないけどわかると言ったほうがいい?」
「!!」
不意にソルティナに核心を突かれたのか、魔族の姉ちゃんがハッと息を飲んだ。
面白いくらい動揺している。かなり当たりが良かったらしい。
「ど、どういう意味でしょう。それだけで私が盲目だと判断するには、材料が少なすぎはしませんか?」
なんだこの姉ちゃん。クールで丁寧な口調の割に、さっきから次から次へとポロポロ情報をこぼしてるぞ。もしかして会話とか苦手なのか?
「あのさ、目隠しあるから全く見えてないって思ってたんだけど、違うの?」
俺にそう言われ、また息を飲む魔族の姉ちゃん。
なんだろう、だんだんこの姉ちゃんが可愛く思えてきたわ。
「ええそうね。違うのよ。そうでしょう、シャリサさん?」
ガガーンという音が聞こえてきそうなくらい、魔族の姉ちゃん──シャリサさんがあんぐりと大口を開け、今度こそとどめを刺されて固まってしまった。
「お前、この姉ちゃんの正体わかってたのか?」
「今さっきね」
おかしな言い回しした辺りだな。
「六英傑の一角にして西帝国の聖女という立場でありながら、いまだ世間に一切姿をさらしたことがない、謎に包まれし存在──まあ、素性を明かせるはずがないわね。まさか魔族だとは思いもよらなかったわ」
何もかもバレてしまい、すっかり押し黙ってしまった聖女シャリサを見て、ソルティナがにんまりとした笑みを見せた。
……勝負あったわね、とでも言いたげな深い笑みだった。
新年一発目の投稿です。今年もよろしくお願いします




