その76・聖女取り名人シオン
「元いた場所に返してらっしゃい」
「そんな、嫌だよ。ちゃんと自分で育てるから、ね、いいでしょ?」
「どうせすぐ面倒くさくなって、私に世話をさせるのは目に見えてるわ。駄目ったら駄目よ」
「そんなことないって、信じてよ。家事の手伝いもちゃんとやるからさぁ……」
「あのねぇ、シオン。生き物の世話っていうのは、そんな簡単なものじゃないのよ? あなたみたいな飽きっぽい子が毎日こなせるわけが……」
『うぉい、いい加減そのくらいにしとけや。日が暮れちまうぜ』
ついに嫌気がさしたナナが止めに入るまで数分間続いていた俺とソルティナの下らないやり取りに、ディアーネが困ったように苦笑いしていた。
正直に言うと早々に飽きてきたんでやめたかったんだけど、それを自分から切り出すと負けたような気分になるので誰かが止めてくれるのを期待していたのである。
子供じみてると言われそうだが、僕ちんはれっきとした子供だからね。仕方ないね。
「気の短い誰かさんがイラついちゃってるし、そろそろやめましょうか」
ソルティナも同じ気分だったらしい。
俺と違って中身は大人なはずなのだが、たまにこうして俺のおふざけに乗ってくれるのが不思議である。ストレス解消なのかな。骨休めもバトルも消化不良なまま終わったから、不満が溜まって来てるだろうし。
ただまあ、俺が持って帰ってきた危なっかしい手土産をまともに直視したくなくてふざけていただけな気もするが。
人の行き来などほとんどない田舎の一本道とはいえ、ダラダラとあーでもないこーでもないとやるのも不用心なので、街道からはギリ見えないくらいに離れた場所へ幌馬車ごと移動した。
「よっこらせ」
謎に満ちた聖女二人を並べて木陰に横たえ、改めてその姿をまじまじと見る。どっちもかなりの美人さんだ。
剛虫族の少女は、粗末なワンピース一枚まとっただけで、靴すら履いていない。まあ、このサナギみたいな状態では動きようがないし靴とかあっても意味ないか。
下着は……見た感じではわからないが、ナナじゃあるまいしちゃんと穿いてるだろ。……あの、穿いてますよね?
見てわかることはもうそれぐらいしかない。あまりに情報が少なすぎる。これじゃ素性の推測とかどうやっても無理だこりゃ。
魔族の女性は、いかにも聖女らしいが魔族には相応しくなさそうな、手の込んだ刺繍入りの巫女服を着ていた。きっと高級品だ。もしかして、この女性のためだけにあつらえた衣装なのかもしれない。
足元はというと、サンダルみたいに露出の多い、足首まであるブーツを履いている。衣服もそうだが、どちらも外出用とは思えない。
やはり自発的に旅立ったのではなく誘拐されたのか。だとしたら、あの死人どもがろくでもない犯罪者だった可能性がますます高くなってきたぞ。
「どっちから起こす?」
いつまでもただ見てるだけとはいかないので、心に踏ん切りをつけ、いよいよ捨てられ聖女たちへと着手する。拾ってきて眺めてるだけでは何の解決にもなんないしね。
「魔族のお姉さんが先ね。あなたの話しぶりだと、こっちの女性の方がかなり緊迫した状況に置かれていたみたいだし」
「勝者無しで終わった後だったけどな」
それでも念のために虫の息な奴がいるかもと確かめたのだが、やっぱ全員死んでた。地面に流れていた血の量とか凄かったしな。
「でも、ぶちまけられた血の匂いにつられて魔物や野犬とか来てたらと思うと、危なかったかもな……」
『その現場だけどよ、誰かが皆殺しにして立ち去ったっつー線は……あぁ、そいつがこの姉ちゃん置き去りにするわけねぇな。……ならよ、殺りきったはいいが重傷負って逃げたってのはどうだ?』
「それにしては血の跡とかもなかったし、大事なお宝を置き去りにしてその場を離れるのも変な話だ。だいたい皆殺しにしたんなら逃げる必要もないぞ」
『なるほどなぁ』
「シオンくんの知恵は今日も冴え渡ってますわね。ふざけてはいても、決めるべきところはしっかりしてて、凛々しいですわ……」
なんかディアーネがうっとりしだした。
いやさ、そこまで褒められるほど鋭い意見じゃないだろこんなの。頭の中身がスカスカな男しか身の回りにいなかったのか?
「続きは本人に聞きましょ。どこまで素直に喋ってくれるかどうかわからないけど」
意識のない魔族の姉ちゃんのそばにソルティナは座り込むと、彼女のやけに長い前髪をかきあげ、下にあるキモ文字まみれの覆面を見て不敵そうに笑うのだった。
「……あー、これはきっと、あれね。眠りというよりも、意識そのものを封じるたぐいの魔力が込められた呪紋かな。封印系の魔法……いや、呪術に近いわね」
覆面じみた不気味な布に指先で触れて何か唱えると、ソルティナがあっさりその正体を看破した。呪いのアイテムを感知する神聖魔法でも使ったんだろう。
「解けるか?」
「当たり前でしょ。この程度の呪具なんて鼻息で飛ばせるわ」
これまでの豪快さを見てる身としては、それが冗談に聞こえないんだよな……
「──祓いの火」
「おっ、燃えてく燃えてく!」
数センチほどの光る炎が覆面の中心辺りで突然燃え上がり、そのまま広がって、表面の文字──呪紋のみを焼き尽くしていく。
「こういうのも一つ覚えておくと、何かと便利そうですわね……」
「なら、あとで教えてあげよっか?」
「よろしいんですの? では、後ほどご教授お願いしますね」
「ナナ、お前はいいのか?」
『その手の魔法はどーも向いてなくてよ。昔、似たようなやつ会得しようとアレコレ頑張ったんだが、結局うまくいかなくてなぁ』
「得手不得手ってのはあるしな……。それに、何でもこなせるより特定の技や魔法に秀でてるほうが、器用貧乏にならずに済むってメリットもあるから、そう悪くもないさ」
『そっかぁ』
なぜか、俺が褒めてくれたと解釈したらしく、ナナが笑顔で──いや、ナナの笑顔がこちらにすり寄ってきた。
「またそうやって頭だけ動かす。外では控えろって言ってんだろ」
『ひひ、いーじゃねぇか。誰も見てやしねぇってばよ』
うわ二人がこっち睨んでる。
後で自分達も頬ずりさせろって言うんだろうな。ディアーネはいいとしてソルティナに力任せにやられたら俺の頬っぺた摺り下ろされそう。
「……あら、意外と早いわね」
文字が痕跡すら残さず焼かれて消えたあと、数分もたたず、魔族の姉ちゃんが呻きながらもごもご身じろぎしだした。
昼間は明るくて眠れないから目隠しして寝てた人がやっと目を覚ましたみたいだな。
「うぅ~~ん。なぁんか、ワサワサするぅ……」
ベッドや寝袋じゃなくて草の上だからね。ワサワサするよね。わかるわかる。
「……んんぅ? なに、これ?」
手の届く範囲をまさぐる。
当然、そこにあるのは柔らかな毛布ではなく草の感触であり、その思いがけない違和感に、ぼやけていた彼女の意識も、だんだんハッキリしてきたようだ。
「……………………あなた達、誰です?」
ゆらりと上半身を起こし、ソルティナ、俺、ナナ、ディアーネの順に顔を向ける。覆面越しでも見えているかのように。
そして、魔族の姉ちゃんは、さっきまで微睡んでいた時のかわいい寝言とはうってかわって冷え切った声で、何者かと俺達に尋ねてきたのだった──
これが今年最後の投稿になります
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