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その71・シオン、復活!

 赤い恐怖が音もなく森に広がり、死の領土を広げていく。


「嘘でしょう? こんな聖女のまがい物などに、私の加護が破られるなどあってはならないことですわ!」


 ついに余裕が無くなってきたのか、声を荒げて現状否定するボンクラ聖女リリエル。イラついて髪の毛かきむしってそうでウケる。

 ムカつく奴が悪い意味で予想外の出来事にわめいてるの聞くと、実に気分がいい。

 あちこちに矢が突き立ったまま放置されてる俺の腹の虫もちょっと治まってきた。死んだふりしてるの忘れてうっかり鼻歌出ちゃいそう。


 俺が気分を上向きにしている一方、調子に乗っていた聖女様は苦しみだした男を目の当たりにしたことで、ようやく自分の身の程と置かれている状況が見えてきて、とってもご立腹の模様だ。

 けれどまだ素直に受け入れてはいないようで、間違いだのあり得ないだのゴチャゴチャほざいている。初めて現れた時のお淑やかさはどこにいったのかな~

 聖女本人の体にも悪い影響が出てきたなら、考えの甘さをバッサリ断ち切れたかもしれないが、わめき声の元気さからいってそれはもっと先の話だなこりゃ。先とは言っても長く見積もって数分後の未来だろうけどさ。


「少しは効くかもしれませんが、どうせ一過的なものにすぎません! そうに決まっています! さあ、弱音を吐いてないで、落とした武器をさっさと拾いなさい。善が悪に遅れを取るわけには……」


「で、ですがね…………ごほっ」


 ついに咳込みだしたぞ。体の内側までやられてんじゃん。


「しっかりなさい!」


 しっかりしなきゃいけないのは、あんたの使えねえダメダメ加護のほうじゃね?

 それにさ、こんなに苦しんでるんだから、少しどころか普通にディアーネの魔法が効いてるんだろ。いい加減認めればいいのに往生際悪い姉ちゃんだな。

 復讐心をこじらせすぎて頭がイカれちゃったのか? 発破よりも治癒の魔法でもかけてやればいいのに。


「か、かはっ。聖女様……く、苦し、うごっ」


 さっき威勢よく俺を挑発していた口の悪い男が、年寄りが喉に食い物を詰まらせたような声を出し、雇い主に弱々しく救いを求める。



 ぼとり



「えぇえ……? な、なんでっ。お、俺のっ、腕っ」


 そこそこの重量の物体が地面に落ちる音。恐れおののき、困惑した男の声。

 どんな風にそうなったかまではわからないが、男の腕がもげたのは間違いないだろう。いきなりの事態に驚いてるっぽいので、痛みはなかったのかな。


「う、嘘だろ、わけわかんねぇよ……ごほっ。腕が、がふっ、ごふごふっ……お、落ち……うえっ?」



 めきゃり



「うあぁ、あしっ、足が……うっ、ぐはっ、うえええっ……」


 お次は足か。折れたにしては音がやけに軽いが、でも本人がそう言ってるしなあ……

 あと、さっきの腕もそうなんだけど、なんで痛がらないんだ? 無理やりちぎったとか切断したとかそんな乱暴な手口じゃなくて、それよりずっと深刻で手の打ちようがない魔法なのか?


 ああ、耳だけで何が起きているか把握しないといけないのがもどかしい。一人だけ音当て遊びやらされてる気分だ。

 もう死んだふりやめるかな。不意打ちしようと思ってたけどその必要もないだろ。



「なっ、なんだこの気色悪い真っ赤な渦は? まとわりついて離れない……えっ? ちょっとまさか、ゆ、指が!?」


「服や武器だけじゃない、体まで脆くなっていくのか!? これでは話が違う! 強固な加護で守られていれば大丈夫だというから、お前の話に乗ったんだぞリリエル! こ、このままでは……」


「あぁ、足が、足が動かねぇ……! ちくしょう、俺の足が、薪の燃えカスみてえになっちまった……ごほごほっ!」


 冒険者たちの嘆きや困惑の悲鳴や咳込む声が、あちこちで聞こえてくる。


 どうやらこの魔法は効きに個人差があるようで、まだ軽症で済んでる者もいれば、とっくに手足をやられてしまった者もいるらしい。

 燃えカスって例えたということは、つまり、痛みもなく、灰みたいに脆くなって崩れ落ちていく効果の魔法だったりするのかね。

 うーん………………聖女の儀式を受けていてこれなら、対策を済ませていなかったらこいつら全員一瞬で砕け散っていたんだろうな。


『やべぇなこの赤い渦。森がだんだん真っ白になってきちまってるぜ』


「ここから出たら私達でも危ないわ。魔法の効力か、あるいは彼女の怒りが収まるのをじっと待つしかないでしょうね。……流石に森一つ消えたら、揉み消すのは無理かしら。草木にも私の蘇生魔法が効けばいいんだけど……」


『町まで渦が届いて、なんもかんも灰にされそうになったらどーすんだ?』


「そこはシオンちゃんの機転に賭けましょう」


『……ソルティナよぉ、あいつ、ホントに無事なんだろうなぁ? またいつもみてぇにしかめっ面で生意気なこと言ってくれるって、それ信じていいのか? 嘘や気休めだったら承知しねぇからな……!』


「そんな顔しないで。大丈夫大丈夫、あんなしょぼい聖性しか宿してない矢で仕留められるほど、シオンは甘くないわよ。異常にしぶといんだから安心なさい」


 ああ、俺が生きてるって教えてやったのか。

 今のやり取りはディアーネにも聞こえてるはずだし、ちょっとは怒りを鎮めて落ち着いてくれれば──




「許しませんわ……わたくしの大切な人をあっけなく奪って…………簡単には殺さない……あの女だけはじっくりと八つ裂きに……」


 駄目みたいですね。




「……あ、あれっ。なんでまだ、俺は、へひっ、い、生きてんだ……? ひひっ、あひひっ、腹から下がねえのによぉ……ひひひっ。こ、これも、聖女様のお力、なのかぁ? す、すげえなあ……ごほほっ!」


「お、俺もだ……。こっち半分、ボロボロになっても……ごふっ、なんでか、痛くも痒くもないぜ。もしかして、た、助かるのかな……」


「ごほっ、ぐはっ……! ああ、苦しい……い、息がつらい……」



 聞いてるだけでヤバイとわかるくらい取り返しのつかない重症になってるのに、意識があっても痛みは無いせいか、冒険者たちはわけがわからなくなって正気を失くしかけてるようだ。

 でも肺をやられるのはしんどいらしく、程度の差があっても、ほぼ全員が苦しそうに喘いでいる。

 助かるかもなんて無茶苦茶な希望を抱き始めた奴まで出てきたが、その願いがかなうかどうかは、ソルティナの気分と今後の情勢次第だろうね。生かしたほうが得になりそうだと判断されたら助かりそうだが、その可能性はペラッペラに薄いと思う。


「な、なんて残酷なことを……」


 俺にやったことを棚に上げてよく言えるもんだな。この矢だらけの姿を見ろコラ。


「残酷? むしろ、慈悲深いと言って欲しいですわね。痛みもなく、安らかに灰となって散っていけるのですから。わたくしが許せば、ね」


 お、あれだけ怒りまくってたのに普通に会話してる。皮肉っぽいことも言ってるし、やっと少しは冷静になってくれたか。


「……一応聞いておきますが、許さなければ?」


「ままならない呼吸に喘ぎ苦しみながら、いつまでも死ねずに永遠に近い時を過ごすことになりますわね」


 どこが慈悲深いんですかねえ……


「その説明のどこをどう解釈したら慈悲深いことになるのです? 呆れてものが言えませんね」


 なんだろう。聖女ってクラスは心にもないことをつらつらと言える特有スキルでもあるのだろうか。


 ……しかし不思議だな。まだディアーネとこんなに「お前が言うな」の応酬ができるくらい、この姉ちゃんは元気なのか。

 儀式まで執り行ってかけてもらった守護魔法もむなしく冒険者どもは死に体なのに、聖女様はいまだ無事なまま。別格というか、そこは腐っても聖女なのか。

 いや、こいつひょっとして、他の連中への加護をケチったか手を抜いたんじゃあるまいな。同じ加護を得ているのにここまで差があるのはどうにもおかしいし、最初から使い捨てる気だったのか? それとも、大した効果はもたらさないとわかっていて騙したのか?

 いずれが真実だとしても、このろくでなし共がどうなろうが別に構わないけど、どの口でディアーネを残酷だと罵れるんだよお前さ。



「聖なる矢も品切れですし、集めた腕利きもこの体たらく。なんだか私もこの赤い渦を見ていて気分が悪くなってきましたし……やむを得ませんね。今回はおとなしく引き下がりましょうか」


「それは……?」


 聖女が何か出したきたようだが情報が少なすぎてわからん。口ぶりからして、逃走用のアイテムでも懐から取り出したのか?


『なんだぁ、あのペンダント。なんか魔力が宿ってねぇか……?』


「……! まずいわ! あの波動や輝き、転移系の魔石が放つものよ!」



 なにっ!?

 そりゃ確かにまずい! ソルティナが焦るはずだ!

 俺達は顔を見られているし、名前だって会話の中で何度か出てきてたからきっと憶えられてるに違いない。逃がせば絶対に鬱陶しいことになる!


「おめおめと逃がすとでも──」


 ディアーネのそばに、魔力の渦が新たにもうひとつ生まれるのが感じられる。手元にでも集束させた濃厚なやつを聖女にお見舞いするつもりか?

 けど間に合いそうにないぞ……!


「ふふっ、無理無理。それを当てたところで、私の加護を相殺するのが関の山ですよ。次は万全を期して挑みますので、それまでどうかご自愛なさってくださいね。ではそろそろお暇──」






 ドスッ






「あうっ……!?」


 逃げ切れると確信してペラペラ長話していた聖女リリエルの細腕に、一本の矢──ディアーネの胸に命中したあの矢が飛来して突き刺さる。

 痛みと衝撃で、その手に握られていた、魔石のはめられたペンダントがあっけなく落下した。

 当たらなかったら体に刺さってるの抜いて当たるまでやるつもりだったが、一投目で運よく成功したのは、普段の行いの良さのせいかもしれない。


「……な、なぜ、貴方が……。私の矢をそんなに受けていて、い、生きてるはずが」


 腕を押さえ、痛みをこらえながら、聖女リリエルは信じられないものを見る目をこちらに向けてくる。

 その目が映しているのは、死んでいたはずが突然跳ね起き、そばに落ちていた矢を掴みながら立ち上がって自分へと投げつけてきた、知性的でまあまあカッコイイ顔つきの少年──


 ──そう、俺へと。



「えっ、シオン君、なんで……? いや、どうして何がどうなって、死んだのに生きてますの?」


 お腹の前あたりで左右からやんわり抱えるように、全てを灰と化す魔力を渦巻かせ、今まさに打ち出そうとしていたディアーネが軽く混乱している。


「死んだふりしてた」


「ふりって、でも息も脈も……」


「いいからその危なっかしい魔力をあのクソ女にぶつけてやれ。あの矢には無の力をこめておいたから、儀式魔法の加護とやらもかなり無効になってるはずだ」


「わ、わかりましたわ」


 こうなっては生かしておくわけにもいかない。記憶をいじくって送り返しても、何かの拍子にそれがほどけたら絶対にまた襲来してくるので、俺はともかく俺の周囲の安全のためにも始末するしかない。


「ま、待って、待ちなさい。この私がこんなところで……」


「ごきげんよう」


 何のためらいもなくディアーネが赤い渦を発射した。

 赤い渦がギュルギュルと回転しながら錐のように鋭く尖り、逃げるかペンダントを拾うか迷っていた聖女リリエルの胴体へと命中する。ざまぁみろ。



「がはっ!!」



 勢いはそのまま止まらず、鍛錬などとは無縁だったであろう聖女のか弱い体を貫通し、腹部を一瞬で灰にして引きちぎり、そしてあっけなく──上下に分割した。

今週は、月曜、水曜、金曜、日曜の同時刻に投稿します。

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