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その46・一度の実戦は道場の千日に勝るとかそんな話

 嫌ではあるけど俺が受けて立てば丸く収まるので、仕方なくやってるうちに乗り気になってきたこの一戦、依然としてこちらが優勢のままだが、まだ勝敗はついていない。




「……なるほど、どうやら魔法の撃ち合いは分が悪いようだね」


 魔法だけじゃなくて全てにおいてステージが違うのだが、悲しいことに坊ちゃん本人だけがそれに気づいていない。

 一気に駆け寄って距離を詰めてくると、大きく踏み込んで、俺の胴体目がけて斬りつけてきた。当たりが悪いと死ぬこともあるとかじゃなくて、当たれば死ぬ、そういう容赦ない一閃なんだが平民の命を何だと思ってやがる。



「ひょい」



 しかし俺はただの平民ではないので、技術ではなく、反応と肉体の速さのみでその一閃をあっさり避ける。剣筋がどうとかわからない素人なので。



「ひょいひょいひょい」



 避けて避けて避ける。


「気の抜ける声だね……!」


 坊ちゃんからすると馬鹿にされてるように思えるのだろうが、俺はこの勝負を、いい機会だから対人戦の訓練を兼ねることにしたので、ふざけてる様に見えても至って真面目にやっているのだ。それはそれで舐めているに違いないので、馬鹿にしてるといえばそうなるが。

 一山いくらの野盗やゴブリンと違って程良い強さだから、間合いの取り方や攻撃の見切り、踏み込みのタイミング、どこでどう手加減したら大怪我させずに済むかなど、これを機に色々と学ぼうと思う。


「ひょいひょい」


「ああもう……!」


 剣が荒くなってきたのでからかうのは程々にしとくか。攻撃が単調で雑になったらせっかくの実戦練習が台無しになってしまうからな。



「むぐむぐ……うん、迷いのないいい剣筋ねー。まだ未熟だけどキレがいいわ。あの思い切りの良さは天性のものね、もぐっ」


『感心してる場合かよオイ。さっきからさぁ、はむっ、牽制とかじゃなくてよぉ、むぐっ、殺すための攻撃してんぞあの坊主。止めなくていいんか?』


「シオンも楽しんでるみたいだし、んぐっ、ここはあの子に任せましょ。ファングも一切れ食べる?」


「ウォウウォウ!」


 緊張感のない二人が、幌馬車から出してきた大きいサイズの干し肉をガジガジと食いちぎったり、ファングにも分けてやったりしながら呑気に見物している。俺の分も残しておいてくれよそれ。


「果実酒もあるわよ。飲水用に薄めてないそのまんまのやつ」


『はっ、ガキのくせして昼間っから一杯かよ。聖女のクラスが泣くぜ?』


「そうね。なら止めておき──」


『たまにはいいんじゃねぇかな。無礼講ってやつだ』


 ……グラッドを出発する前にもこんなことあったな……定期的に酒飲みの見世物になるのが俺の定めなのか?




「いい加減攻めてきたらどうなんだ!?」


 さっきまでの余裕もどこへやら。

 絶え間ない猛攻を繰り出すも一つ残らず俺に軽く凌がれ、息切れを起こしてきた坊ちゃんが、苛立ちを隠そうともしないで、こっちに攻撃するよう求めてきた。

 このまま一方的に体力を消耗しきって負けを認めるくらいなら、まだ真正面から攻め合ったほうが勝機があるとでも判断したのかもしれない。元々そんなもんないのだが。

 ……どこまでも空回りしている可哀想な勇者さまであった。


「ま、そろそろ頃合いではあるかな」


 最初の頃の余裕綽々な態度はすっかり鳴りを潜め、今の坊ちゃんはこちらに最大限警戒してくれている。これなら俺がガードの上からそこそこ強めに打っても失神くらいで済むんじゃないか。


『あーあ、まだシオンの雄姿を見てたかったがよぉ、これでケリかぁ』


 避けてただけじゃん。


「このまま続けても、坊ちゃんがスタミナ切れで白旗って幕切れになるだけだし、いっそスッパリ終わったほうが見てて後味もいいわよ」


『そりゃまあ、そんな締まんねえ終わりよりはマシっちゃあマシだわな』


「……まだ終わってもいないうちから、外野があれこれ言ってくれるものだね……」


 いい感じに頭に血が昇ってきてんな坊ちゃん。


 ……あんたには言わないけどさ、この勝負って、本来ならとっくに終わってるところを、お情けと俺の勉強のために伸ばしてるだけなんだよなあ……

 けど、その必要ももうなくなった。

 これで十分、とは到底いえないけれど、そこらの二流三流よりははるかに上の技量になったんじゃないかと我ながら思う。

 実戦が一番伸びるって、爺ちゃんが昔そんなこと言ってたことあったな。合ってたわ爺ちゃん……。人生の先輩の経験、マジ侮れない。




「そらよ……っと!」


 警戒してればギリ防げるくらいの速度で横薙ぎに鉄鞭を振るう。こんなとこだろ。


「うっ、速いっ……! こ、これが君の本気なのか!」


 ちょっと危うかったが、坊ちゃんが剣の背後に隠れるように俺の一撃を受け止めた。

 おお、一撃で砕け散るかと思ったが、壊れてないぞあの剣。

 長さも厚さも頼りなさそうな見た目にしては頑丈だな。もしかして特注の品か?


「なんて一撃だ。肋骨をまとめてヘシ折られるかと思ったよ。もし防げてなかったら、今ので終わってたね」


 終わっとけばよかったのに。


「この剣、意外と丈夫だなと思っただろう? そう、これは伯爵家の長男へ代々受け継がれてきた一振りでね、ちょっとやそっとで壊れるほどやわじゃないよ」


 伝説の武器ほどじゃないけど、まあまあ伝統のある武器ってわけだ。

 ……そりゃ壊すわけにはいかないな。弁償とか聞きたくない。

 じゃあどうするかというと、ここはひとつ、愛しの幼馴染に(なら)うことにする。



「ほらほら、どうしたんすか。なんだか反応が鈍くなってきてますよ。もっと集中しないと」


 鉄鞭を振るう速さをじわじわとあげていく。

 速さだけではない。わずかではあるが攻撃の際の踏み込みも、一打ごとに、より深く前へと出ている。

 慣れてないのでまだまだ下手くそだが、今はこんなもんでいい。あとは時間が解決してくれる。

 武術の才能も俺にあるとなおいいのだが、そこはどうなんだ。後でソルティナにでも筋がいいか悪いか聞いてみよう。


「そんな、さっきの速さでまだ本気じゃなかったのか……!?」


 動揺を押さえることができず、反撃の余裕も消え去って防戦一方になっていき、そして勝機を見失いかけてる焦りから守りにほころびが生じてくる。

 そのほころびを俺は見逃さなかった。



 ガシッ!



「えっ、は、離せっ」


「そう言われて素直に離すわけもなし……よっとお!」


 防ぐのが間に合わなくなった鉄鞭を無理やり避けて体勢を崩しかけたその時、俺は坊ちゃんの腕を掴んで、そのまま渦に巻き込むように引っ張り、背中から投げ落とした。

 ソルティナのそれに比べたら不格好だが、初めてにしては上出来だと思う。

 その投げの勢いで由緒正しい剣が坊ちゃんの手から離れ、宙をくるりと舞った後、地面へぐさりと突き刺さった。


「ぐうぅ!」


 思いっきり落とすと死ぬかもしれないので、息が止まる程度にしておいたがどうだろう。

 無事か? それともソルティナが必要になるか?


「が、がはぁっ」


 肺に強い衝撃を与えたせいで呼吸は荒いが、命に別状があるようにも見えないし、これで決着だな。

 息も絶え絶えで草むらに仰向けで倒れる坊ちゃんの鼻先に、俺は無言で鉄鞭を突きつけた。何も言わなくても、それが「俺の勝ちでいいか?」という意味だとわかるだろう。




「…………………………ああ、負けだよ。僕の」



 そのまま、呼吸が整うまで俺と見つめ合って無言だった坊ちゃんは、悔しそうな涙目で、しかし、みっともなく駄々をこねることもなく敗北を認めたのだった。案外潔くてびっくりした。

今週は水曜と金曜の二回になります。どちらも十三時更新です。

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