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その34・悪食の大蛇

 女の子をぶったり撫でたりおぶったり頭突きされたりしながら坂道を登っていくが、まだ山岳の町へは到達しそうにない。今日は野営確定だな。



「……これといって厄介な足止めもなかったし、明日は日が沈む前にリュムレインの町を拝むことができそうだ」


 パキパキと枝が燃える音がして、火の粉が舞う。

 暗がりの中、のんびりと焚き火の炎を眺め続けたり、地面に仰向けになって代り映えのない夜空の星々を見上げる。


「向こうに着いたら、新しい相棒を見繕わないとな……」


 そう、俺の得物であった木の棒なのだが、廃墟の町・ノスラッドでの一件の後に遭遇したゴブリン戦で、なんと大きなヒビが入ってしまったのだ。

 どうやら俺が一匹目を上下に分けたときに『力』を入れ過ぎてたみたいで、何の変哲もないただの木製の武器では耐えられなかったらしい。しかも修理もせずに間髪入れず二匹目をかっ飛ばしてしまっている。その時パックリ割れなかったのが奇跡だ。


「短い付き合いだったが、今までありがとう。どうか安らかに燃え尽きてくれ」


 俺は使い物にならなくなった相棒をへし折り、焚き火にくべた。


『ひでえ』


「ひと思いに止めを刺す優しさもあるんだ」


『利用するだけして火の中にポイとか悪魔かよお前』


「こうやって別れを経験して、俺は大人になっていく……そういうことさ」


 詐欺師を見るような目をナナに向けられているが俺は動じない。


「それで、リュムレインで購入するのなら、やっぱり鉄製にするの?」


 茶番はそのくらいにして今後どうするのか教えてよという感じで、ソルティナが聞いてきた。


「それもなあ……。丈夫さって点では鉄製で問題ないだろうけど、こう、しなやかさも欲しいところだからさ。都合のいい性質の金属で作られた棒が……って、ないかそんなの」


 重さはどうでもいいんだよ。なんなら石柱でも俺なら物干し竿感覚でぶんぶん振り回して無双できるから。


「帝国に存在するその手の金属というと、魔銀と真鉄ね。魔銀は、熟練の錬金術師が魔石と鉄を水銀などを介して融合させて作り出す金属で、伝説の武器と呼ばれているものは、だいたいこれが材料だったりするみたいね」


『ふんふん』


「真鉄っていうのは、ヒゲもじゃでおなじみのドワーフ族が、その卓越した製鉄技術で鉄を様々な物質と混ぜて鍛え上げるものね。ドワーフ族はとにかく鍛冶や工芸が好きだから、質のいい鉄が取れるリュムレインに今も何人かいると思うわ」


「聞いてるだけで、それらで作られた一品が喉から手が出るくらい欲しくなってきたが……………………でも、お高いんでしょう?」


「そりゃそうよ」


「こんな展開が待ってるなら、もっと魔石換金しときゃ良かったなー」


『別に気に病むことでもねーだろ。そのリュムレインって町のそばにあるっていう砦の跡地で、何たらアヒルを狩りまくればいいだけじゃねぇか』


 そっか。


「ナナは頭の回転が速いなぁ」


 サッと手際よくいいアドバイスをくれたので、寝ころんでいた体を起こしてナナの頭をなでなでしてやる。


『ひひっ、ひへへへへへ』


「ちょっと、私も懇切丁寧に教えてあげたのに酷くない?」


『こ、これが、お気に入りかどうかの差ってやつだな、ひひひっ』


「なんだとコラ」


 揉めそうなのでもう一方の手でソルティナの頭を撫でることにする。なにかあるとすぐ撫でてばかりだな俺。手軽に機嫌取れるからいいけど。

 右からはナナが、左からはソルティナが俺にしな垂れかかって、にんまりとした笑みを浮かべた顔で、ご褒美を頂いている。


 ガサガサッ……


「おっ、お帰りファング…………へえ、こりゃまた大した戦利品だな」


 必要ないから命じなかったのに、自発的に周囲の巡回に行っていたファングが、さっき仕留めたばかりという感じの大蛇をくわえて戻ってきた。


『なんか胴体が変じゃね?』


 確かに、長い蛇体の中間辺りが不自然に膨らんでいる。


「言われてみれば膨れてるけど、どうせ兎か小型の魔物でも丸呑みしてるんだろ」


『……いいこと思いついた』


 ふと何かを閃いたらしく、ナナが立ち上がって大蛇の首根っこを掴んだ。


『なぁ、何がこいつの腹ん中に入ってるか賭けねーか?』


「くふふ、面白い提案ね。じゃあ一番近いものを言った人がリュムレインで他の二人に何でも奢ってもらえる、というのはどうかしら?」


「そりゃいいな」


『ちょい待て、俺どーすんだよ』


 ほぼ無一文の聖女が待ったをかけてきた。言い出しっぺが今更どうした。


『昨日あの隠れ里で見つけた、これっぽっちの金貨しか持ってねーんだぞ。ちょっと高価なもん買われたら終わりだろ』


「それならなんで賭けなんて持ちかけたの……?」


 ソルティナが理解に苦しんでいるが俺も同じ心境だ。


『そういうんじゃなくてよぉ…………例えば、一番的外れだった奴がコークスの代わりに町まで幌馬車を引くみてぇな、体を張った罰ゲームをやるとかでいいだろ……。なんで吹けば飛ぶような全財産を……』


「大丈夫だって、足りない分は俺が貸してやるから安心して破産してくれ」


 俺はナナの肩をポンと叩き、満面の笑みで助け船を出してやった。


『この野郎………………いいぜ、その言葉、そっくりそのまま返してやろうじゃねぇの。正解を引き当てて、お前が泣くまで山岳の町で散財してやんよ』


「あら、いざとなったら体で返してやるとか言うと思ったけど、そこまで色ボケではなかったみたいね」


『なっ、なに抜かしっ』


 焚き火をはるかに上回る火力の炎が、ナナの首から上で一気に燃え上がる。


「松明女はほっといて、まずは私の予想からいきましょうか。おそらく、これは……ハウリングトードに間違いないわ」


「あー、それはありえそうだな」


 ハウリングトードというのはカエル型の魔物で、口から特殊な音波を放つことができ、それを獲物に浴びせて一時的に痺れさせるという能力を持っている。猫や狐、兎といった小動物はもちろん、コウモリや鳥さえも餌食とすることもあるとか。

 夜行性なので、獲物を求め今夜も活動していたら運悪く大蛇と出会ってしまい、ビビッて能力もろくに使わずそのままいただかれた……というのがソルティナの予想だ。


『それはどうかなぁ。俺は、こいつが飲み込んでるのは何かの卵だと思うぜ。いくらカエルは蛇を怖がるもんって言ってもよぉ、仮にも魔物だろ? そんな易々と黙って食われるかねぇ?』


 ようやく自然鎮火したナナがわりと正しい理屈で疑問をぶつけてきた。


「そう言われると一理あるわね。じゃあ、あなたは何の卵だと思うの?」


『まぁ、この膨れた腹のデカさと、この辺りの地形から察するによぉ……きっと、落石フクロウの卵じゃねえかなぁ……』


「それってストライクオウルのことかしら」


「俺は剥製しか見たことないが、なんか夜空の暗闇から落下するように突っ込んでくるやばいフクロウなんだっけ。山とかその近場によくいるって聞いたような」


『それな。縄張りに入ってきた奴にあの図体で上からドガッとぶつかってくるから、熊でも脳天やられたらひとたまりもねえって魔物だ。打ち所が悪くて逆にフクロウのほうがおっ死んだりするみてぇだが……ただ大きなだけの蛇ごときが勝てる相手じゃねぇ。きっとよ、こいつは運よく親鳥がいねぇときに卵を見つけたんだろ』


「なるほどね。ソルティナの予想とどっこいどっこいの説得力だな」


 これで二人の意見は出たし、最後は俺の番だ。


「じゃあ俺の予想を言わせてもらうとするか」


「存分に聞かせてもらおうじゃないの、我らがシオンちゃんの名推理をね」


「先に言うと、まず間違いなく生き物じゃないなこれ」


『えっ』


「そ、それってどういう」


「生物の気配とでもいうのかな、そういったものが全く感じられない。だから小さな生き物を模した石とかをうっかり飲み込んだとか、そんなとこかな」


 そこまで言うと、聖女たちの視線が見る見るうちに険しくなってきた。


『……いや、ズルくねぇかお前。それは最初に言っとくべき情報だろ』


「自分だけ当たりがついてる中、私達の空回りする様を笑っていたってわけね」


 わかってはいたが、二人そろって仲良く俺を非難する声が止まらない。なのでさっさと大蛇を御開帳する。


「全員の意見が出そろったし、掻っ捌いて確認するか」


『いいさ、さっさとやれやれ。あー……ちくしょう。賭け事むいてねぇのかな、俺ってよぉ』


「向いてるも不向きもないわ。この子の狡猾な一面を見極められなかった、私達の手落ちってことよ」


 さっきまで三人でラブラブな雰囲気だったはずだがどうしてこうなった。……もういい、開けよう。あとで撫でれば全部解決するさ。なでなでは無敵だ。


「しゅっ」


 大蛇の腹部に沿って指を走らせ、膨らみの正体を切らないように丁寧に縦に裂いていく。


「どれどれ……」


 断面に指を刺し込み、そのまま力づくで開きにしていく。血とか胃液とかで手が汚れるが、まあ終わってから息で散らせばいいや。


「………………なんだこれ」


 出てきたのは十センチくらいの石と金属でできた人形だった。どう見ても食い物には見えない。何を考えてこんなの飲み込んだんだこいつは。固そうな妖精にでも見えたか?

 そんないくつもの疑問を俺は内心で呟いていた。


 すると。



<おお助かった。生き物に間違われて飲み込まれた。窮地だった。自分を助けてくれたことに深く感謝する。親切な人の子らよ>



 頭部の真正面についている、瞳らしき一対の丸い石が光り、お礼を言いながらいろんな体液まみれの人形が自力で立ち上がった。


「目が光ったな」


「喋ったわね」


『立ち上がったぞ』


<全く驚かない。肝が据わっている>


 俺達があまりにも平然としているので人形が感心していた。


「こちらにはもの凄いのがいるからな。そんな人形が動いて喋る程度ではビクともしないぞ」



 そう言って自慢げにナナに視線を向けると、本人は複雑そうな顔をしていた。

今週の更新は火曜、木曜、土曜の同時刻に一回投稿となっております。

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