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その29・遠征終了のお知らせ

 目的地へまっすぐ行くのも味気ないから寄り道しようか、くらいの感覚で神様の目が届いていそうな場所へ気軽に足を運んだりして大丈夫なのかと思うが、大丈夫ではなかったとしても、ナナがお叱りを受けるだけで済みそうなのでまあいいや。



「隠れ里ってことは、ここは聖地でもあり、まさかの事態が起きた時の避難場所でもあったのかな」


『そんなトコだろうな。で、あたりに生き物の気配もないし、誰かが入ったような形跡もねぇ。そーなると、こりゃ忘れ去られたか、ずっと秘密のままにされてたかのどっちかだろうなぁ』


 ぐるりと見渡したが、確かに気配の類は何も感じられず、ただ静まり返っている。

 何者かによって乱暴に荒らされた様にも見えないし、煮炊きしたような跡もない。


「これは私の推測だけど、多分、その部族が王国かあるいは前帝国に帰属でもして、定住という生活様式を受け入れたんじゃないかしら。そして……二百年という年月の中で、ここに足を踏み入れる方法がいつしか失伝された……という流れが自然だと思うわ」


「裏を返せば、ここを使用する必要がないくらい平和だったってことだな」


『なら、俺んとこの部族がどうなったかについての情報なんて、残ってそうにねぇな……』


 ああ成程、それが目的だったのか。でも、その手の部族って言葉はともかく文字とか使ってなさそうだから、どっちにしても詳しい記録なんて残ってないと思うけどな。


「それはそうと、滅多に入れる場所じゃないんだし探索でもしましょうか、くふふ」


「そこらの物を壊したりするなよ。神罰が下るぞ」


 ソルティナに冗談交じりに釘を刺してはいたが、俺も内心では探索に乗り気だった。

 つまるところ未発見の遺跡だからなここ。爺さん臭い性格の俺でもそんな場所をあれこれ調べられるとあっては、まあまあテンションも上がるってもんだ。



『ホントに放置されてたんだなぁ……こんな広い神殿がよぉ、二百年もほったらかしだったとは、勿体ねぇ話だぜ』


 玄関広間の入口から神殿に入るとすぐに中央の間があり、入口から見て左右、右奥、左奥にと、それぞれ四つの通路があった。中央の間の正面には、ナナが眠っていたあの地下神殿の女神像と同じような像が台座に座っていた。

 外の石壁と同様に、神殿内部もまた壁や天井が淡く光っている。目を凝らすと、その光源は効き目のとんでもなく長い魔法とかではなく、なんとコケであった。なぜそんな生態なのかわからないが、この無数のコケが光って明かりになってくれているのだ。

 まさかこれって大地の女神のもたらした奇跡だったりするのかな、とか思いながら俺はナナと一緒に、左の通路の奥の部屋を探索していた。


「ん、なにそれ。獣人種の像か?」

 

 ナナが、頭部が狼のそれになっている人間の像を手に取って眺めている。


『ちげぇよ。こいつは──勇敢なゲデュグだな。有名なナーディマだ』


 ナーディマってことは、ええと……聖なる霊とか獣ってやつだな。

 他にも、似たような聖獣の像が、この一室の大きな机に並べて置かれていた。

 ナナいわく、熊の頭なのが力強きグンボルスで、蛇の頭なのが知恵のアガルグという名前らしい。憶えておく必要もないのだが気になって一応聞いてみた。


「……ねえこっちこっちーー!」


「ん? なんか見つけたのか?」


 反対側の通路の向こうから、俺達を呼ぶソルティナの大声が聞こえてきた。


「ちょっと来てー! いかにも怪しげなモノがあるわー!」


「ほう」


『そんな変なモンあるなんて聞いてねぇけどな……まあ、いくら娘の恩人だからって何もかんも洗いざらい教えるわけもないかぁ』


「行ってみればわかるさ。仮にも聖地なんだし、悪質な罠とかじゃないだろ」


『だな』


「ねえ聞こえてるのーー!?」


 今行くって。やかましい女だなぁ。



 急かすソルティナの声に引っ張られるように、俺とナナは右の通路の奥にある部屋へと軽快に駆け込んだ。


「これよ、これ」


 ソルティナが指差したものは、部屋の真ん中にある、床からニョキッと生えたような三本の柱だった。天井までは伸びておらず、高さは俺の胸くらいまでしかない。


「柱の上には何もなかったのか?」


「ええ、くぼみがあるだけで何も載ってないわ。で、それぞれの柱には分かりやすい絵柄の模様が掘ってあるの。これに関する何か適切なものを置け、といわんばかりね」


 三ヶ所の柱には、杖を持つ腕、剣を持つ腕、大斧を持つ腕がそれぞれに一つずつ掘られてあった。


『そんな仕掛けがあんのか』


「魔術師の館とか、昔の遺跡とかだとよくあるのよ、この手のお遊びが。謎解きをしくじると落とし穴が開いたり、壁から火炎が吹き出たりといったペナルティが定番のお約束ね」


「ここは神殿だし、そんな悪質な罰はないと思うけどな」


「そう願いたいわね」


『適切なもんって、掘られてる模様と同じの持ってきて……うんにゃ、そんなバカ単純なわけねーよな。そんくらい俺でもわかるぜ』


 その模様が何を意味するかを見抜けってことだろうな。


「杖は年寄りや魔術師、剣は騎士や勇者、大きな斧は戦士や木こり……ってのがだいたい良くある印象だよなあ。でも、それにまつわる物なんてあまりに多すぎるぞ」


「それに加えて、この神殿か女神マイアナ、もしくはヤールン族に関連するなんらかの要素を兼ね備えている品物ね」


「それでも絞り込むにはまだ厳しいな……」


「そういえば、あなた達が調べていた部屋には何もなかったの? 宝箱……は流石にないにしても、妙な設置物とか開かずの扉とか」


『ないない。聖なる獣の像が、机の上に並べられてたくれーだよ』


 確かに三つほど置いてあったな。

 …………三つ……? ここの柱も……それってつまり、確かそれぞれ………………?


「聖なる獣って、えっと、ナーダなんとかって──」



「──ちょっと待て」



「どうしたの? 難しい顔して」


「謎が解けた」


「『はぁ?』」


「ちょっと向こうの部屋に付いて来てくれ。試したいことがある。俺の直感が正しいなら、それで上手くいくはずだ」


 足早に俺は反対側の部屋に向かう。急な事態の変化にとまどっていたのか、俺に少し遅れて二人が付いてくる足音が後ろから聞こえてきた。



「これが謎を解く鍵ってこと?」


「それをこれから試そうと思ってるんだ。だから頼むから落とさないでくれよ」


 蛇の頭部をもつ人型の像を、ソルティナが手元でこねくり回すようにいろんな角度から珍しそうに眺めていた。

 左の部屋から持ってきた三体の像。それらを対応していると思われる柱に置いてみることにする。どうせ駄目で元々だ。


「まずは、大斧の模様のところに、この力持ちの熊を置く……と。よし、ピッタリはまった」


 像の足元にある土台部分、直径十センチで厚さが一センチほどの丸い石が、柱の上部に空いているくぼみに、少しの隙間もなくはめ込まれた。


「で、次は杖の模様の柱に、賢い蛇をセットして……これでいい。最後に、余った狼を残りの柱に、ほいっと」


 これで間違ってはいないと思うが、どんなもんかな。



「……何も起きないわね」


「起きないなあ」


 失敗か。所詮、十三歳の冒険者志望ごときの浅知恵では、これが限界ってことなのかな。


『いや、ちょい待ち。もしかしてこれもさぁ、さっきの転移の時みたいによぉ……』


 ナナが地上で石に掘られた獣にやったように、それぞれの像に手をかざして呟くと、こちらも同様に黄色い光を放ちだした。


「おお、これで正解か……?」




 ゴ、ゴゴゴゴゴ…………




 中央の間の方から、何か重いものが動く音が聞こえてきた。これはもう向こうで何かが起きているのは確定だ。俺達はワクワクしながら中央の間へ走り出した。



「隠し階段か……」


 大地母神の像の足元の床が開き、下の階へと通じる階段が姿を見せていた。


『ひひっ、何が待ち構えているのか、胸が躍るぜぇ』


「番人でもいたら面白いんだけど」


 首を左右に動かしてパキパキ音を鳴らし、ソルティナが不敵に微笑む。


「いてもゴーレムとかの類だろうな」




『……なんもいねぇな……』


「まあ、普通はさっきの仕掛けで充分だろうしな。マイアナの加護を受けた者か、もしくは神官でもいないと起動しないとか、事前に知ってないと無理だぞ」


「そもそもこの地に踏み込むこと自体が難題よね」


 などと楽しくお喋りしながら階段を降り、一本道を歩いた先の扉を開くと、そこには、この神殿で最も清浄な雰囲気の小部屋があった。


「目ぼしいお宝はあれか…………えっ? あれって、あの気配は……いやいやいや、そんなまさか」


「私にも感じられるわ。どういうことなの……?」


『はぁ……? ウッソだろ、だとしてもなんでここに…………』


 小部屋の奥にある石造りの祭壇。

 その上に安置されていた『もの』は、神聖なオーラを宿している古めかしい壷だった。壷の表面には咲き乱れる様々な花々の模様が飾られ、ただの陶器にも関わらず艶やかさと華やかさをまとっている。

 そして、その聖なる波動に、俺達は心覚えがあった。


「……ま、まあ、とりあえずナナさんどうぞ。遠慮せず開けてくれ」


『う、うん。ナナ、開けるね』


 誰しもが、そんな訳がないがそうとしか思えないという心境の中、ナナが祭壇の前に立ち、壷のフタに手をかけようとした。

 すると……壷のフタがひとりでに開き、中に安置されていたものが宙へと浮かび上がった。



 ──そう、真紅の宝石の中に眠る、ナナの心臓が。



 ナナが、おっかなびっくりという手つきで、宙に浮かんでいるその宝石を両手で掬い上げるように持つ。すると、心臓が黄金色に強く輝き、そして、黄金の光と化して宝石から飛び出ると、そのままナナの胸元へ吸い込まれていった。


『な、なんだぁ、胸がじんわりあったかくなってきやがった……!』


 胸元をはだけさせ、谷間を露出させると、そこにあった無残な裂傷は影も形もなく消え失せていた。心臓が戻ったからなのか? どう見ても最初からなかったかのように消えている。


『そ、そんなじっくり見るなよぉ』


 俺はふくれっ面のソルティナに頬をつねられた。いやらしい目で見ていた訳ではあまりなかったのに酷い話である。



 事態がまだ飲み込めない俺達三人だが、ひとつだけ明確にわかっていることがある。

 それは、今回の旅が実質的に終了したという事だ。

今週の投稿は月曜、水曜、金曜、日曜の同時刻になります。

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