その11・帰ってきた蛮族
「威勢がいいのは結構だが、現実とは常に残酷なものでね。発言の正当性というのは力による後押しがあってこそ発揮する。ただのお喋りではハエ一匹殺せはしないのだよ」
「その割には無駄話に付き合うのね。でも、その気持ちはわかるわ。少なくともこの会話が途切れないうちは生きていられるわけだし、たとえわずかな時間でも命にしがみつくその姿勢は立派よ」
おー、どっちも煽る煽る。両者足を止めて一歩も引かぬ言葉の殴り合いだ。
そんな知人同士の和やかな罵り合いはほっといて、俺はソルティナがアリオーシュと呼んだ魔物をじっくりと眺めることにした。
でかい。
これまで見た魔物の中で一番でかかったのがトロール(身長約四メートル)だったが、こいつはその倍近くある。横幅も奥行きもだ。
目が三つあるライオンのような頭部に、背中に生えている全体のサイズの割には小さめの翼、そして大蛇じみた長い尻尾が腰あたりから伸びていた。
よく観察すると、楔のようなものが頭のてっぺんや、胸、両腕、尻尾などに打ち込まれている。しかもその楔からはさっきの門の封印魔法と同じ波動が感じられた。
これはもしかすると……
「……そのデカブツを核に使った大規模な結界を張ることで、帝都の繁栄やこの国の大地の活性化を企んでいたんじゃなかったの? こんな忘れられたダンジョンに引っ張り出して何のつもり?」
「よく知っているな。その年で知ることの許される事柄ではないのだが。……まあ、答えるのも一興だろう。結論から言うと私は帝国の未来などどうでもいい。王家の連中や帝国の魔術師ギルドがよく食いつくように表向きはそう説明しただけで、実際のところは、この骸に地脈を通じて大地の魔力を貯えさせていた……というのが真実だ」
骸ってことは死んでるのかこの魔物。
あー、確かに目がどんよりして、意識の光がないわ。ゾンビデーモンだゾンビデーモン。
「しかし不可解だな。君のような幼い天才が私の情報網にこれまで一度も引っかからなかったとは。東において聖なる類の属性や神官クラスなどの保有者は残さず把握していたはずなのだが。……たしか、六英傑の一人、聖炎のヴァルベットが昨年から神聖帝国に与するようになったと聞いたが、もしや君は彼女の息がかかった西の者なのかね?」
「それ、脈絡がなさすぎない?」
「一見関連性がない事態も、実は根が同じというのは良くあることだ。聖女として一流の神聖力をその年で有する君が、東の帝国において全く頭角を現さず、この遺跡の最深部までたまたま来た……というのは無理がある話だ。しかも、絶対に秘匿しておかねばならない前帝国の汚点まで熟知している。素性を隠して潜り込んできた聖炎の先遣隊だったと考えるのが妥当だろう?」
いや違うんですよ。俺の野暮用に付き合ってくれただけなんすよそいつ。
なんで詳しいのかというと前世があんたの知り合いなんすよ。
「妥当かどうかはそっちで判断してくれればいいわ。そろそろ締めに入りましょう。ここまでの話から察するに、そこの魔物と私のような聖なる力の持ち主があなたの目的に必要だったってことなんでしょ? 違うかしら?」
「その通りだ」
つまり、あの門は邪魔者の足止めであり、自分が求める逸材かどうか見極めるための試金石でもあったということか。
「私がさらなる高みへと辿り着くための真理を得るために、どうしても魔と聖の相反する力が高レベルで必要だったのでね」
チラリ、と棺らしきものの方へ視線を向ける。瘴気の発生源はどうもあれのようだ。
そして再びこちらに見せた表情は、先程までの朗らかな笑みとはまるで違う冷酷な真顔だった。
「呪縛法陣」
その言葉に呼応して俺達の足元に光るサークルが現れ、そこからいくつもの鎖が伸びると、手足や胴体を締め上げてきた。
「大人しくしたほうがいい。そのほうが私の不興を買わずにすむ」
「ふん」
大人しくするわけがない。
ソルティナは賢者のアドバイスを鼻で笑い飛ばすと、魔法の鎖を引きちぎりながら片足を軽く浮かせ、床へと踏みおろした。
パリイイィン
薄いガラスが割れるような儚い音と共に、俺達の足元にあった呪いの輪が砕け散る。
「なんだと……?」
これまで余裕綽々の化身みたいに悠然としていた男が、初めて驚きを見せた。
「魔術発動の速度は昔より上がったようだけれど、精度や威力はあまり大差ないかな。凡庸とは言わないけど、やっぱり才能は一流止まりね、あなた」
「……随分と知ったような口をきくものだな、たまたま才能に恵まれただけの小娘が」
おっ、なんだか口が悪くなってきたぞ。だけどまだ余裕あるな。
「そりゃあねえ、知った口のひとつふたつきけるわよ。常に誰かの陰に隠れていた逃げ腰片眼鏡さんの事ならまあまあ詳しいもの」
「!? 小娘、どこでその品のない低能な物言いを聞いた……!?」
「返事はこれよ」
品がないと言われてイラッときたのか、ムッとした顔でソルティナが足を開いて腰を落とし、低い叫びをあげながら聖なる波動を全身から放ち始めた。
「はああああああ…………!」
これって歴戦を潜り抜けた戦士とか武術の達人とかがやる挙動であって、仮にも聖女がやるもんじゃないと思うがどうなのか。
「……そ、その粗野な姿勢と聖なる波動は……いやそんな馬鹿なことが!」
ソルティナから放たれる波動とポーズに憶えがあるのだろう。賢者グラッセオは頭をおさえ、髪をかきむしりながら激しく動揺する。
「ありえん! もうあのガサツな女はこの世にいない、いる訳がないのだ! 聖女の皮をかぶったあの蛮族は聖都と共に散ったはずだ!!」
そっかー。
前世の頃からそうだったんだな……そんな気はしてたよ、うん。
「そんな事はないと思うけど、まさかこの腐れ賢者の世迷い事に同感してないわよね」
「してません」
「ワゥ」
賢者の鎖に縛られたと思ったら今度は聖女に釘を刺された。次は埋められそう。




