山男との出会い
リリたちがしばらく進んでいくと、そのうち岩の壁は高くなり、天を突くような高さになっていた。
いや、人形の彼女らが見上げてるのだからそんな巨大な壁に見えるのであって、人間にはそこまで高くないのかもしれない。
そして、目の前には巨大な階段があった。
「こ、これをのぼってくの…!?」
嫌そうな顔をするリリたちの横で妖精は、階段の横の看板を見た。
「ポッカリ山…と書いてあるわ。どうやら山への階段みたいね。ディマーラまでもうすぐよ」
二人を励ましたつもりだが、階段という信じたくない物が広がってる事に二人は更に嫌々な気持ちに。
見ただけでも数十段はある。石造りの階段は無慈悲に続いていた。
ため息が止まらない二人だが、ここで止まってても…。
「な、何だ!?」
男らしい声がした。
ふと見ると、そこには髭面で茶色い服を着た男が立っていた。
男は人形たちが喋ってるのを見て酷く驚くが、人形たちも驚いていた。
しかし、これはチャンスかもしれない。
「あ、あの!私達、この階段を上りたいんです!協力してくれませんか!」
「…にしても歩く人形かぁ。不思議な事もあるもんだ」
リリと理子は男の背中のリュックサックに入れられ、頭だけ出して周囲を見渡していた。
すぐ下には石の階段。もうかなりの段数を上っていた。
自分達が上れば一日あっても足りなかった。幸運に感謝しつつ理子は男に話しかけた。
「あの、どうしてこんな山に?」
「そりゃあ山が好きだからさ」
男は階段の途中で一旦止まり、上を見た。
そこにはいつの間にか山らしい木々が並び、階段にかかる日光を遮断している。
男の額から汗が一滴垂れた。
「山は良いぜ。お嬢ちゃんたちも、何かしに来たのかい」
悪魔ディマーラ…。
いやそんな事を言えば男は心配するだろう。それを考慮した理子は冗談混じりに嘘をつく。
「山登りです。私たちも」
「そうかぁ!お前たちも山が好きかぁ!」
嬉しそうな男の声を聞いて少し心が痛むが、まあ仕方ない。
最後の段を上り終えても、男は平気そうだ。この男が山登りに慣れている何よりの証拠だった。
男はリュックを下ろし、リリたちを手にのせる。
長介のと比べると、石のように硬くて、手の上にいるのに地の上にいるようだ。
男の少し眠そうに見える目が、リリたちを見つめる。
「な、なにその目」
後ずさる理子。男ははっ、と目を見開く。
「すまんすまん!疲れて少し眠くなってな」
一同の笑い声がどっ、とあがった
「暗くなってきたな」
男はリリと理子を下ろす。木々に囲まれていよいよ山へ突入、という感じの場所だがここで男はリュックから小さな薪を取りだし、一ヶ所にばらまく。
そしてバーナーを取りだし、火をつけたのだ。
「わー!!や、山を燃やす気かー!!」
飛び上がるリリだが男は笑った。
「焚き火だよ、焚き火。ほれ、焼き魚食べるといいよ」
パリパリの秋刀魚が火に炙られる。リリと理子はお腹を鳴らし、近くの石ころに腰を下ろした。
焼き上がった秋刀魚を両手一杯に抱えてかじりつくリリと理子。それに対して男は片手で秋刀魚をかじり、男らしさが滲みでている。
妖精は周囲の様子をうかがい、安全を確保している。
男は、一瞬ニヤリと笑うと何かを語りだす。
「そうだ。怖い話してやろうか」
まだ何も話してないというのにリリと理子はお互い抱き合って首を振った。
男は問答無用で語りだす。
「この山には他にも怪しい噂があって…」
二人の悲鳴が響く。
風が木々を揺らすなか、四人の頭上には星空が広がっていた。
男が火を団扇一本で消すと、途端に周囲は暗くなり、そして天は明るくなる。
「綺麗な星空…」
大地の光と夜空の光が交換されたようだ。
こうして見ると、夜というのは黒のイメージがあったが、僅かに昼間の青空を残したような青色も放っていた。
神秘的な光景に、リリは手を伸ばし、拳を握る。
(…人間になれたら、あの空ももっと近くなるのかな)
いてもたってもいられない気持ちを、いてもたってもいられるように沈めるリリ。
焦らずとも、明日は来る。時間はある。
疲れたリリの体が休息を欲していた。
「ふわぁ…眠い…」
リリの大きなアクビを聞いた男は、またリュックから何かを取り出した。
今度は大量の葉っぱだ。
「山に行くついでに葉っぱを拾って綺麗にしてるんだよ。布団さ。君にあげるよ」
葉っぱの敷き布団に寝転がるリリに、葉っぱの掛け布団が落とされる。
温かい…。
リリはそのまま目を閉じ、あっという間に眠ってしまった。
「…んっ」
リリはうっすらと目を開ける。
回りをみるとリリと同じように葉っぱの布団にかけられて理子が寝ている。
男も寝袋に入り、妖精は地面に落ちてどうやら睡眠しているようだ。
リリだけ目を覚ましてしまった。回りからは虫の鳴き声が響き、嫌な時に目を覚ましたなと目を擦る。
少し歩いてみようとリリは葉っぱを崩さないように這い出た。
夜の山は真っ暗だ。
人工灯など勿論ないし、何より木の葉が月明かりを遮断している。
不安な道を進むなか、リリの耳に何かの音がハッキリと飛び込んできた。
それは葉っぱの音だ。誰かが動く小さな音。
リリは恐る恐るその音に近づき、木の裏からその音が鳴ってる事に気がついた。
「なんだろう?」
リリがこっそり覗き込むと、そこには自分と同じ大きさの少女がいた。
ジェリーだ。
「…リリ。貴女本気で人間を信用してるの?」
頷くリリ。ジェリーはため息をつき、何やら呆れた様子だった。
ジェリーは一瞬、顔に笑顔を浮かべた。
「リリ、貴女は大きな勘違いをしてるわ」
ジェリーは足元から紫の煙を出して身を包み、その場から消えてしまった…。
「一体何なの…」
翌朝、リリは目覚めが悪かった。
妖精が朝日に身を輝かせながらリリに話しかけてきたが、気分の悪いリリは何も言わない。
男は背伸びして朝の空気に身を震わす。
「良い朝だぜ…さあ登山の続きだ!」
山男の朝は早いようだ。
アクビをしながらリリと理子は男のリュックサックに再び入り込んだ。
それから30分…。
男は木や土の大地を登り続け、朝の寒さをものともせず、逆に体温を高めて全てを押し退けるように山を突き進む。
リリと理子は男を通りすぎていく背景を楽しみつつ、こんな事を話していた。
「あのジェリーって子、気になるわね…。私、ちょっと不安かも」
理子が発した台詞に、リリは意外そうな顔をする。
理子でも不安になる事があるのかと…。
同時に昨晩の事を思い出すリリ。
ディマーラの圧倒的な力もあり、理子は不安を隠せていない。
しかし、リリの純粋な一言が彼女を元気付ける。
「大丈夫!私たちには応援してくれる優しい人達がいるからね!ディマーラなんてハエみたいなものよ!」
小さく微笑む理子。男には聞こえていなかったが、そんな男もリリの言う、優しい人達の一人だ。
「二人とも…。この辺だわ」
妖精が真剣な声をあげる。
男はそれを聞くと、リュックサックを下ろして首をかしげた。
そこは広い広場状の場所。
細い木々が取り囲んでおり、草ひとつ生えてない。
ポッカリ空いた巨大な穴があるのみ。
「…この穴の底にディマーラの拠点があるはずだわ」
決戦への道は、暗闇がどこまでも続く宇宙のような穴だ。
リリたちは生唾を飲むと、男に振り替える。
「案内ありがとう。私たちの目的地はここ」
男は、目を丸くして、意味もわからずただ頷くばかりだ。
妖精は二人に忠告するかのように言う。
「ディマーラはここで追い詰めるわよ。さあ、行くわよ!」
頷く二人は妖精に掴まり、穴へ沈むように入っていく。
男に手を振りながら、笑顔で。
「…あっ!い、生きて帰ってこいよ!」
男は手を振り替えす。
暗闇の奥底で、決戦が待ち構えていた。