14 非リア充 ババンババンバンバン の巻
この話を持って事実上の更新停止とさせていただきます。
「各自素振り百本を終わらせた者から今日の訓練を終了とする! 最後まで気を抜かず、心を無にするのだ!」
騎士団の教官のオッサンが轟くような大声で訓練の終わりを告げた。いや、正確にはまだ素振りがのこっているんだけどね。
騎士団の訓練は毎回素振りに始まり素振りに終わる。それはもう、何かに取り憑かれたかのように一心不乱に素振っている。最近は素振りだけでなく試合形式の訓練も増えている。でも、負けた方にはペナルティとして素振りが課せられる。勝ったら少なめに素振りが課せられる。結局素振る。阿呆になる程素振る。同じ阿呆なら素振らにゃ損々ってくらい素振る。イッツァ素振ーるワールド?
オレは下らない雑念を抱きながら素振りを続けた。
百本だからすぐに終わりそうだ。なにせ千本のたった十分の一しかないのだから。ゼロが二つしかない。こんな事でほっとしてしまうのは素振りのし過ぎなんだろうなあ。
おおっと、また雑念が。無にならねば。無無無無無無無無無無、無無っ!?
オレはサーベルで空を斬り続けた。
数分が経ち、オレは素振り百本を終えた。その瞬間、思わずバタンキューと地面に突っ伏してしまった。終わったら即座に全身の力を抜くこの感覚がたまんない。もう働かないぞう。
この後の予定はお風呂に入って汗を流し、夕飯を食べて、キリリアさんとチャクラムの練習をして一日終了。我ながらハードスケジュール。
この世界にお風呂があると聞いた時は三人揃って歓喜した。上下水道が整っていると聞いた時点で出来そうだなあとは思っていたけど、この国にお湯に浸かる習慣があるのかは別だったからだ。濡らした布で体を拭くだけなんてのも十分あり得た。
メイドさん情報だとこの国の西の方に有名な温泉地があるのだとか。魔王討伐の何かにかこつけて是が非でも湯治と洒落こみたい。温泉は日本人の魂なのだ。
あとこの国に混浴の文化はない。江戸時代の日本では普通なのに……。無念!
オレと彼方くんは汗と泥にまみれた疲れた体を引きずって風呂場へと向かった。
ザパンとオレはお湯に浸かった。じいんと熱さが骨身に染み渡り最高に心地良い。極楽極楽。いい湯だなあ。あ、勿論体はちゃんと洗いましたよ。
ここに初めて来た時はとても驚いたのを覚えている。それも当然。だって内装が純日本然とした昭和の香りの残る銭湯のソレだったのだから。異世界に来たのに、磨りガラスを開けたら壁に大きな山の絵が描かれた広い湯船が目に飛び込んできたのだ。ちゃんと床もタイル貼りで石鹸が良く滑る。扉を開けたまま数秒ぽかんとしてしまっても仕方がない。
過去にも日本人がこの世界に来たのだろうか。もしくはこの世界の誰かが一度日本に行って戻ってきたのだろうか。
「くう……う……ふぃ~。ああ、極楽だなあ」
「相変わらず親爺臭い入り方だな」
「仕方ないよ。気持ち良いんだから。あとは美人の女将さんが背中流してくれたら最高なんだけどなあ」
「実際はそんな温泉旅館ねぇよ。背中ならメイドの人に頼めば流してくれんじゃないか?」
「うわあ、彼方くんえっちぃなあ。そんな恥ずかしい事出来る訳ないじゃないかあ」
「美人女将に背中流してもらいたいっつったのはオダケンだろうが!」
「そりゃあ、おばあちゃんのような安心感のある熟練の美人の女将さんって意味だったんだけど……。下手に若い人だと劣情を催して洗ってもらう所じゃないよねえ。彼方くんはどんな女将さんを想像してたんだい? 十八禁かい?」
「う、うるさい! ってか熟練の美人の女将さんって何だよ!」
彼方くんは顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまった。からかい過ぎたかしらん。
オレはぱしゃぱしゃとお湯で顔を洗った。
この世界に来て訓練を始めてから、オレの体はみるみるうちに変わっていった。向こうにいた時はただ細いだけの青っちろい体だったのが、今ではしっかりと筋肉がついていて腹筋も割れている。元々良い体つきをしていた彼方くんなんかは更に凄い。
この世界ではステイタス魔法のお蔭で常軌を逸した動きが出来るが、身体にはやはりそれなりの負担がかかっているのだろう。ただ身体の回復力もそれに伴って超人的なものとなっている為に気づかないだけなのであろう。
ああ、オレは身体ばかりが強くなっていく。中身は変わらないのに。
「ねえ、彼方くん」
「なんだよ、オダケン」
「彼方くんは……魔王を倒せるの?」
「はあ!? 急にどうしたんだよ!」
彼方くんは不可解な表情で振り向いた。それもそうだろう。自分自身も何故こんなことを言ったのか分からない。
「そんなもん……倒すしかないだろ」
「そうだよねえ……」
オレは顔半分を湯に沈め、ぶくぶくと泡をたてた。弾けたお湯が顔にふりかかった。
「……悩み事か?」
「うん」
「確かに、今日の授業は刺激的だったもんな」
「うん」
「やっぱオダケンでも悩み事はあるんだな」
「うん……それはどういう意味だい?」
「そういう意味だ」
今日の授業でロクロウさんが近いうちに必ず実戦訓練を行う、と宣言した。だからか、今日の授業はロクロウさんの使い魔を魔物に見立てた実技だった。
ちなみに使い魔と従魔は別物だ。使い魔は依り代と呼ばれる体に魔法で簡易的な魂を宿らせる術。言わば式神みたいな物である。従魔はそのままで、魔法で従わせた野性の魔物の事。隷属魔法という一種の契約魔法で使役させるらしい。
その実技でオレだけが使い魔を倒せなかった。
逃げ回る使い魔に魔法を当てるだけの簡単な内容だ。オレ達の実力からすれば出来て当然。それでもオレは倒せなかった。狙いを定め、火球を撃つ瞬間にどうしても躊躇してしまうのだ。一発だけでいいのに。当てても只の紙切れに戻るだけなのに。オレはどうしようもなく怖かった。心のない筈の使い魔が怯えているように見えてしまうのだ。
命を奪うという行為にここまで自分に抵抗がある事を初めて知った。正しくは使い魔に命は無いので、これはオレの主観的な問題だ。
「オレは、オレが思っていた以上に戦う事が恐いのかもしれないんだ」
「……そうか」
彼方くんは案の定という顔をしていた。一緒にいれば、オレの動揺に気づかない方に無理がある。
「オレも戦う事は怖いけど、オダケン程じゃない。我が儘を言えば、オダケンには隣で戦ってもらえたら心強い。それでもやっぱり戦えなかったら、その時は逃げてもいいと思う」
彼方くんはゆっくりと語り出した。
オレはそれを静かに聞く。
「それに対しての風当たりとかはあるけれど、きっとロクロウさんとか他にも色んな人が力になってくれる筈だ。勿論俺だって、奈川木だって。だから無理して戦う必要はない。俺がオダケンを守ってやる」
「……告白?」
「バッカ! 違ぇよ!!」
彼方くんは慌てて否定した。
「ラ、ラノベとかだとさ、オダケンみたいな巻き込まれた奴って勇者とかと仲が悪かったり、すぐに別行動したりするからさ。俺はそういうの嫌っていうか、せっかく友達になれたのにっていうか……」
後半になるにつれて声はボソボソと小さくなっていった。
「一番は、そんなのは俺がなりたい勇者じゃねぇから……」
彼方くんはそっぽを向いて話し続けた。
「……ふうん。気持ちは嬉しいしオレが相談しといてなんだけど、やっぱりオレは無理してでも戦うよ」
「……何でだよ」
「だって、彼方くんじゃ不安だからさ。奈川木の気持ちもよく分かるよ」
「はあ!? 俺じゃ不安って、何だよそれ!」
「そういう意味だよ」
アハハハハ、とオレは声を上げて笑った。
彼方くんは悔しそうな、恥ずかしそうな表情で項垂れていた。
オレは罪悪感に襲われていた。
彼方くんがこう言ってくれた事は素直に嬉しいし、なんだかむず痒い。でも、オレは彼に嘘をついている。オレは望んでこの世界に来た。それを知らない彼方くんは本来ならする筈のなかった余計な心配をしてしまっている。彼方くんだけじゃない。奈川木にだって、ロクロウさんにだって。オレが魔王討伐についていきたい本当の理由は罪滅ぼしなのかもしれない。勝手に異世界召喚に割り込んで、色々とかきまわしてしまっている。カミサマの言う通りに星座になっていた方が良かったのかもしれない。
カミサマは二人がこの世界に来たのは運命だと言っていた。ならば、異分子なオレのせいでその運命も変わるかもしれない。オレを庇って彼方くんが死ぬ。そんな運命に変わってしまったら、オレは決して自分を許せないだろう。
そういえば、オレはこの世界で何の覚悟もしていなかった。言ってしまえば、オレは今日までゲーム感覚だったのかもしれない。だから、オレだけが倒せなかったのかもしれない。
格好悪いなあ……オレ。
オレはお湯の中に頭を沈めた。何も聞こえなくなる。独りになったような気分だ。
オレは決めた。オレはこの世界を真面目に生きる。彼方くんと、奈川木と、オレは肩を並べて生きたい。その為に必要な事から、オレは逃げない。そう覚悟した。
息が続かなくなって顔をお湯の外に出した。
「……何やってんだ?」
彼方くんが不思議そうな表情でオレを見ていた。
「う~ん。景気付け?」
「はあ?」
「自分でもよく分かんないや」
彼方くんはジットリとした目付きへと変わっていった。呆れた感じがひしひしと伝わってくる。だが、その程度じゃオレのメンタルは傷つかない。
「あ、そうだ。あとオレ彼方くんに隠している事がある」
「……別に秘密の一つや二つ誰にだってあることだ。気にすんな」
「本当は言わなきゃいけない事なんだけどさあ。決心がつかないんだよねえ」
「なら、ついた時に言えば良い」
「その時まで待っててくれるかい?」
「勿論だ」
「おお、彼方くんがなんか格好良い。摩訶不思議だなあ」
「何で俺が格好良いと摩訶不思議なんだよ! さらりと無礼だな!」
吃驚仰天といったオレの顔を彼方くんは睨みつけた。だがすぐにその表情も崩れ、オレ達は同時に吹き出した。
風呂場中に二人の笑い声が響いた。
「あ、彼方くんもうひとつ良いかな?」
「なんだ?」
「今までの事はオレが長湯で逆上せて出た妄言ってことで」
「流石に無理があるが、了解した」
風呂を上がったオレは、脱衣所の中央でタオルを腰に巻いただけの格好で仁王立ちしていた。手には白い液体で満たされた瓶がある。そう、お風呂上がりのお楽しみのアレである。
腰に左手をあて、直角になるように曲げる。やや上を向きゆっくり息を吐いた後、一気に瓶の中身を喉に流し込む。これがお風呂上がりの一杯の作法(我流)だ。
「かっー!! このために生きてるなぁー!!」
オレが飲んでいるのはモーメーというこの世界特有の動物の乳だ。モーメーから搾れる乳はしつこすぎないコクとまろやかな甘味が特徴で、この世界で最も一般的に飲まれている。またモーメーの丈夫で防寒性に優れる毛は服等にも利用され、幅広い環境で飼う事が可能な為に家畜としての人気が高い。ちなみに見た目は牛と羊の中間あたりだ。
動物だけでなく、この世界の瓶もまた少々特徴的である。ガラスの様に透き通ってはいるが軽くて軟らかくて薄い。しかも保温性が優れていて、中身が熱しにくく冷めにくい。言ってしまえば、魔法瓶の機能がついたペットボトルだ。
「ん? オダケンもう一本飲むのか?」
「一本目は一気に。二本目は座って体の火照りを冷ましながらゆっくりと味わう。それがオレ流」
「……そんな事より早く服着ろよ。風邪ひくぞ」
「ポーションがあるから大丈夫」
彼方くんは大きく溜め息を吐いた。
そんな彼方くんは焙煎された豆で味つけされたモーメーミルクを飲んでいた。オレの流儀では生乳百パーセントのスタンダードなものが理想的とされている。
オレは二本目も飲み干した。そろそろ着替えて夕飯を食べにいこうかな。その後はキリリアさんとチャクラムの……。
さて、今日もまだまだ頑張りますか。




