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第十五話 死神フォルツ

「し、死神フォルツ……!?」


 サンダーが口元を震わせながら、後ずさった。

 

「おー、オレ様のことを知ってるのかい?」


 フォルツは手のひらに口付けし、それをわざとらしく投げつけた。


「いやぁ売れっ子は困るなぁ。最近はチャンネル登録者も4000人を超えて、こういう厄介なファンも……」


「夜会メンバーのフォルツさんですよね!!」


「そっち!?!?」


 サンダーの言葉に、フォルツが肩をよろめかせた。


「え、オレ様の配信は!?」


「フォルツさん配信なんてやってたんすか?」


「こんの一般人がッ!!!!!!」



   

「あの……フォルツ、さん……?」


 マルクがおずおずフォルツの袖を掴んだ。


「おお、そうだったそうだった。一般人はすぐに論点をずらすからいけない。キミ、大丈夫だったか…………い!?!?!?!?!?」


 フォルツの表情が凍った。


「あれ?フォルツさん?おーい」


 マルクがフォルツの顔の前で手を振る。


「おーい、フォルさーん?」

 

 マルクの手の先が、ビシビシとフォルツの顔に当たり始めた。


「…………」


「あれ?」


「…………」


「え、死んだ?」


「死神が死ぬか!!!!!」


「あ、生きてた」


 マルクは安心したように胸を撫で下ろす。


 そんなマルクをフォルツは心底嫌そうな顔で見つめた。


「どうしてキミがここにいるんだ……」


「どうしてって……」


 言いかけて、マルクはフォルツの顔をぐいっと覗き込む。


「な、な、なんだい?」


 フォルツのこめかみに、玉のような汗が浮かんだ。


「いや……僕たち、どこかで会いましたっけ……?」


「ギクーーーーーー!!!!!!!」


 フォルツの叫び声に、マルクは肩をビクッと振るわせた。


「あ、あ、会ってないとも!!全然会ってない!!これっぽっちも!!あ!!夜会だ!!夜会!!その時に会っただろ!?!?」


「いや、もっと最近なような……」


「ギクギクギクーー!!!!!!」


「うーん……」


 マルクが思案するように顔を伏せた。


「あ!!!!じゃあ人違いだ!!!!そうに違いない!!!!」


「……そうですかねぇ?」


 確かにこんなピンクタキシードの男と会ったら、瞼に鮮烈に焼き付いて忘れないだろう。


 マルクはそう納得することにした。


「ま、いいや」


「ほっ……」

 

 フォルツが胸を撫で下ろした。


「久しぶりですねーフォルツさん。夜会ではお世話になりました」


「お世話って、自分で言うのも何だが、キミ、オレ様たちに殺されかけているんだが……」


 マルクとフォルツの間に、弛緩した空気が流れ始めた。



——その様子を、サンダーは呆然と見つめていた。


 理解ができない。


 死神フォルツ。


 夜会(サロン)の一員。


 魂の扱いに長け、表の世界では超級発掘者の一人として名を轟かせている。


 もっとも、サンダー自身はその姿を見たことがなかった。


 夜会の一席など、一生関わることのない存在だと思っていたからだ。


 フォルツは、直接の戦闘は不得手と聞いていた。


 だが、目の前にして分かる。


 常人の数倍もの密度を誇るサンダーの魂すら怖気付かせるほどの——膨大なアラヤ。


 それだけではない。


 強者が纏う、威圧感とも違う、


 もっと根源的な何か。


 まるで自分たちが、盤上の駒になったような感覚さえ覚える。


 それほどまでに、フォルツとサンダーとの差は隔絶していた。


 恐ろしい。


 底が知れない。

 

 自然に、膝をつきそうになる。


 これが支配者。


 想像以上だ。


 だからこそ。


 だからこそ許せなかった。


「……フォルツさん、そいつと知り合いなんすか」


 表情の読めない顔で、サンダーは呟いた。


「い、いやー?し、知り合いというかぁ……」


「フォルツさんに三流配信者なんて似合わないっすよ」


「なにおう!?!?!?!?」


 フォルツがサンダーを睨みつける。


 その視線を受けても、サンダーは目を逸らさなかった。


 彼の育ての親たる、天虎組の総隊長——


 アレックス・ガーバン。


 サンダーが幼い頃、彼はよく言った。




『サンダー。夜会のメンバーだけには喧嘩を売るな。あいつらは人じゃねえ』


『親父、ビビってんのかよ!?』


『ああ、ビビってる』


 アレックスの瞳は、どこか遠いところを見ていた。


『だから、俺は“群れる”ことにしたんだ』


 まるで噛み締めるように呟くアレックスの顔を、よく覚えている。




——あの、親父にさえそう言わしめた相手……


 体が大きくなるのと共に、サンダーの憧れは膨らんでいった。


 いつか自分も夜会の末席に名を連ねたい。


 そして、いつか。


 いつか彼らに認められたい。


 それがサンダーの夢だった。


 人に言ったら笑われるような。


 馬鹿げた夢。


 それが。


 そんな、ずっと憧れてきた人が——


「こんな野郎と仲良くお喋りかよ!?!?!?」


 サンダーのアラヤが、爆発するように膨れ上がった。


「こんな野郎がァァァァァァ!!!!」


 絶叫。


 サンダーが稲妻めいた速度で駆けた。

 

 渾身の拳が、マルクの顔面へ迫る。


 マルクが、思わず目を瞑る。


「あぶな」


 割って入ったフォルツが、それを片手で受け止めた。


 フォルツの肩口には、一台の端末がふわふわと浮かんでいる。


「……ッ!!フォルツ、さん……!!クソがッ!!!!」


 サンダーは掴まれた右腕を軸に、回転するように左脚を振り抜いた。


「っと」


 それも、左手で受け止められる。


「やれやれ」


 フォルツは大袈裟にため息を吐いた。


「元信者のアンチほど」


 そして、掴んだサンダーの左足を、ブンブンと振り、


「厄介なもんはないねえ!!!!」


 地面に叩きつけた。


 アスファルトが蜘蛛の巣状に砕け散る。


「か、はぁ……」


 サンダーの口内から鮮血が噴き出した。


「隊長ぉ!!!」


「マジ隊長ピンチ!!!」


 サンダーの取り巻き二人が悲鳴を上げた。


 だが当の本人は、白目を剥いたままぴくりとも動かない。


「はい、おしまい」

 

 フォルツは肩の埃を払い、宙に浮いていた端末を手元へ引き寄せた。


「さあ助けたぞ。どれどれ、コメントの方は……」


【地味】


【ほんとに死神?】


【ダサい】


【パワーキャラの戦い方】


【フォルツ様お強い///】


【さっき構えてたハサミは?】


「なんでだよ!!!!!!!!」


 フォルツが膝をついた。


 その方が圧倒感あるじゃないか、などとブツブツ呟く。


「……フォルツさん?」


 マルクの呼びかけにも構わず、フォルツは一人で何やら呟いている。


 数秒ほどアスファルトを見つめたあと、気を取り直すように膝を叩いて立ち上がった。


 ふぅ、と息を吐いた。


「さて」




「キミたちのリーダーは倒した」


 フォルツが端末を抱えながら言った。


「た、隊長が……」


「マジ強い。マジ勝てない」


 ラグー達は顔を引き攣らせながら、一歩後ずさった。


 フォルツはふんと鼻を鳴らした。


「あの、フォルツさん」


 マルクがフォルツの背中を叩いた。


「ん、なんだい?」


 フォルツがマルクに向き直る。


「配信、時間で終わっちゃってるみたいです」


「あ、ほんとだ」


 フォルツが配信を操作し始めた。


「えーっと。ここをこうして……って違うだろ!?!?まず、ありがとうではないかね、キミ」


「あ、そうか。ありがとう」


「“ございます”、だ」


 フォルツはびしりと人差し指を突きつけた。


「あ、ありがとうございます、フォルツさん」


 マルクの言葉に、フォルツはようやく満足そうに頷いた。


「最近の一般人は、礼儀というものを知らない……」


 フォルツは腕を組んで吐き捨てた。


「そ、そうですかねぇ?」


 マルクは頬をぽりぽりと掻いた。


 そんなマルクに、フォルツは呆れたような視線を向けた。


 はぁ、と息を吐く。


「まったく——」


「やっぱり変な奴だな、キミは」


 フォルツが笑った。


「…………っ」


 マルクは思わず息を呑んだ。


 その笑顔は、やはり少しだけ見覚えがある気がした。


「フォルツさん、やっぱり僕たち最近どこかで——」


「ませんカ」





 その瞬間。


 空気が変わった。


 嫌な感じだった。


 理由は分からない。

 

 本能が拒絶している。


 この場にいてはいけないと。


 何か決定的なものが始まってしまうと。


 全員が、ふと振り返る。


 路地の先、ひとつの影があった。


 人形だった。


 お土産屋に売られているような、何の変哲もない、少年を模した人形。


 その右手には。


 錆びついたハサミが握られていた。



 

「カミシロさンち、シりまセんカァ?」




 瞬間、フォルツの表情が変わった。


 まるで、見てはならないものを目にしてしまったかのように。


「こ、こんな、こんなのは……!」


 顔色がみるみるうちに失われていく。


 端末を抱く手が小刻みに震えていた。


「フォ、フォルツさん……?」


 マルクが戸惑い混じりに声を掛ける。


 だが、フォルツの耳には届かない。


「逃げろ!!!!!!!お前ら!!!!!!!」


 フォルツが叫んだ。


「あれは、あれは“違う”…………」


 呟くフォルツの声は、僅かに震えている。


「カミシロさンち、知りまセんかァ?」


 気付いた時には、周囲は濃い霧に閉ざされていた。

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