リクエストIF・SS カナの休暇3
案内されたのは、湖に面した二階の大きな部屋だった。
窓からは月明かりに照らされた湖面が見え、部屋の中央にはふかふかのベッドが三つ、仲良く並んでいる。
「わぁ……広い」
カナが感嘆の声を漏らすと、ミリアがにやりと笑い、
大きな箱を三つ、ベッドの上にドンと置いた。
「じゃーんっ! パジャマパーティーするよっ!」
箱の蓋を開けると、ふわりと柔らかな香りが漂う。
中には上質な手触りのネグリジェが、それぞれリボンで結ばれて収められていた。
「サラは淡い水色、カナは淡い黄色、そして私は淡いピンク。
似合うと思って選んだんだー!」
「……すごい、本当にきれい。ありがとう、ミリア」
カナは生地をそっと指先でなぞり、その滑らかさに思わず笑みがこぼれる。
「ミリア、ありがとう」
サラは微笑むと、青みがかった布地を胸に抱きしめた。
着替えを終えると、色とりどりのネグリジェを纏った三人がベッドに腰掛け、
鏡に映る姿を見て小さく笑い合う。
「なんだかお姫さまみたいね」
「今日は特別だから!」
最初はベッドの上に腰掛け、湖に映る月や星を眺めながら他愛もない話をしていた三人。
けれど、ふとしたきっかけで空気が変わった。
「……ねぇ、カナって、枕投げしたことある?」
ミリアが悪戯っぽく問いかける。
「え? 子どもの頃にちょっとだけ」
「じゃあ、久しぶりにやろう……っ!?」
ミリアが言い終わるよりも早く、サラの手から枕が飛び、ミリアの顔にボフッと直撃する。
「きゃっ!
え、ちょっと、サラ! 反則っ!!」
ミリアが慌てて自分の枕を掴み、反撃する。
「遅いな」
サラが笑いながら加わり、三人の笑い声と、枕のふわふわした音が部屋に弾けた。
やがて、息が上がってベッドに倒れ込むと、枕や髪に月明かりが淡く降り注いでいた。
「……楽しかった」
――気づけば夜はすっかり更けていた。
「こういう夜も、たまにはいいね」
サラのその言葉に、ミリアとカナは静かに頷いた。
湖畔の別荘の夜は、月明かりと友達の笑顔に包まれて、ゆっくりと過ぎていった。
*
翌朝――
まだ薄いもやが湖面を覆い、山の向こうから金色の光が少しずつ差し込み始めていた。
窓を開けると、ひんやりと澄んだ空気が頬を撫でる。
「……気持ちいい」
カナが思わず深呼吸すると、背後からミリアが眠たげな声をあげる。
「早起きなんて久しぶりー。でも、この空気なら悪くないわね」
すでに支度を終えたサラが、手に木製のバスケットを抱えて現れた。
「はい、これ。湖で朝ごはんにしよう。さ、ボートへ行くよ」
湖畔の桟橋には、小さな手漕ぎボートが静かに揺れていた。
三人が乗り込むと、水面が静かに波紋を広げる。
オールを漕ぐたび、朝日を受けた水面がきらきらと光り、鳥の声が森の奥から響いてくる。
「ねぇ、あそこ……水が鏡みたい」
カナが指さす先、もやの切れ間から透き通る水面が広がり、
遠くの山影までもがくっきり映し出されていた。
「これを見せたかったんだ」
サラの声は静かで、けれど嬉しそうだった。
湖の真ん中でボートを止め、三人はバスケットを開く。
焼きたてのパンと果物、温かいお茶の香りが、湖面を渡る風に乗ってふわりと漂った。
「なんだか、夢みたい」
カナの言葉に、ミリアが笑って頷く。
「ほんとだね!」
「じゃあ、この夢をもう少し楽しもうか」
サラが笑顔で言う。
朝の湖は、まるで時間が止まったかのように静かで、三人の声だけが柔らかく響いていた。
*
湖から戻ると、別荘の前にはサラの母と兄の姿があった。
温かな挨拶を交わした後、ミリアがふとカナの方へ振り返る。
「ねぇ、カナはどうする? 学院に戻るなら、私の馬車に一緒に乗っていけるけど」
カナは一瞬、サラの横顔を見やった。
侯爵夫人や兄が到着した今、この別荘はきっと家族だけの穏やかな時間になる。
それなら――
「……これからはご家族の時間になると思うから……。
だから、ミリアと一緒に帰ることにする」
サラは驚いたように瞬きをしたが、すぐに微笑んだ。
「気にしなくていいのに。でも、ありがと、カナ。
また学院で会おう」
ミリアは満足げに頷き、軽やかに馬車の扉を開ける。
「じゃあ決まりね。特等席を用意してあげる!」
サラは少し寂しそうに、けれど笑顔で二人を見送った。
「またすぐ会おう。学院で」
馬車がゆっくりと動き出す。
窓から見える湖と別荘が少しずつ遠ざかり、やがて森の緑の中に隠れていった。
カナは胸の奥で、この休暇の温かい思い出をそっと抱きしめながら、学院への帰路についた。




