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精霊たちと話せるので、転生先で聖女になりました  作者: 高梨美奈子


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月が満ちる夜に

カナは躊躇いながらも、シルヴィアを見上げた。


「シルヴィア……私の浄化で……森を、直せる?」


シルヴィアは一瞬だけ視線を伏せ、慎重に言葉を選ぶ。


『今のあなたでは――難しいわ』


「そう……なんだ……」


胸の奥が冷たくなる。

希望が消えたわけではない。けれど、今はまだ届かない――その事実が、胸に重くのしかかった。


カナが声を震わせると、シルヴィアは優しく続けた。


『……でも、今のあなたなら――食い止めることはできるわ』


シルヴィアの声は、静かで、それでいて確信を含んでいた。


『闇の根は消せない。

けれど…靄を消すことはできる。

靄が消えれば、人々は少しずつ……回復していくはず』


その言葉に、胸の奥がほんのりと温かくなる。

やれるかもしれない――そんな小さな光が芽生えかけた、まさにその瞬間。


『ただし』


淡い光を、冷たく吹き消すような響き。

シルヴィアの目が真っ直ぐにカナを捉える。


『あなたは覚醒しているけれど……まだ、全ての精霊の加護は受けていない。

今のあなたの魔力が、この術に……耐えられるか、私は心配してる』


静かな声のはずなのに、その一言一言が鋭く胸に突き刺さる。


「もし――耐えられなければ……?」


カナは震える声で尋ねた。

シルヴィアは視線を落とし、わずかに間を置いてから告げた。


『耐えられなければ……あなたは……消える』




空気が張り詰める。

カナの喉がひくりと震え、無意識に息を詰める。

心臓が強く脈打ち、その鼓動が耳の奥でやけに大きく響いた。


レイナルトの顔が、鮮やかに脳裏に浮かぶ。

あの真っ直ぐな瞳、優しく微笑む横顔、そして――自分の名を呼ぶ声。


胸の奥に熱いものがこみ上げる。


――ごめんなさい……レイナルト様


心の中で、彼に向けてそっと呟く。


怖い。

足が震えているのが、自分でわかる。


それでも――逃げたくはなかった。


カナはゆっくりと顔を上げ、シルヴィアの視線を正面から受け止めた。


「……それでも、やります」


しんとした空気の中で、その言葉ははっきりと響いた。

シルヴィアは短く目を細め、ゆるやかに頷く。


『ならば――今日の夜。月が天頂に満ちたときに。

満月は、精霊の魔力が最も高まるとき。

その力を借りれば、あなたの魔力も……少しは持つはずよ』


その刹那――。


泉の水面が、ぽたり、と一滴の雨を受けたかのように揺らいだ。

次の瞬間、静寂を破るように水が渦を巻き、蒼い光を帯びた柱となって立ち上がる。


その中から、ゆったりとした動きで、ひとりの存在が姿を現した。

長い青色の髪を持ち、深海のように澄んだ瞳を湛えたその精霊は、流れる水と共に現れた。


声は泉そのものが語るように、低く澄みわたって響いた。


『……お前の決意、確かに見届けた』


その視線がカナに向けられる。


『私は水の精霊王――ナイアリス。

その勇気に応え、加護を授けよう』


蒼い光がゆるやかに揺れ、カナの胸元に温かな波のような力が流れ込む。

その瞬間、身体がふっと軽くなり、心の奥に静かで確かな水面のような感覚が広がった。


「……ナイアリス……」


カナは呟き、胸に手を当てる。


『遅いっ!!』


シルヴィアが苛立ちを隠さず声を上げた。


『カナがこんなに頑張って、命を懸ける覚悟までしてるのに……なぜもっと早く現れなかったの!』


ナイアリスはわずかに目を細める。


『決意は、言葉ではなく魂で示すもの。

その時が満ちるまで、私は待っていた』


『くーっ!! 全くあんたは――!!』


シルヴィアはなおも口を開きかけたが、カナがそっと首を振った。


「ナイアリス……ありがとう。来てくれて」


ナイアリスは静かに頷き、その身に纏う蒼い光をさらに強めた。


『これで――満月の夜、お前の力は一時的に引き上げられる。

だが忘れるな、加護はあくまで助力……戦うのは、お前自身だ』


「はい……ありがとう、ございます」


カナはその言葉を深く胸に刻み、しっかりと頷いた。

やがて、ナイアリスは視線をゆるやかに泉へと戻し、身体の輪郭が透け始める。


『満ちゆく月の下で――私は再び見届けよう』


『あっ! ちょっと! 待ちなさいよ! 私まだあんたに言いたいことが――!』


シルヴィアの言葉が虚空に消える。



静寂。


泉がもとの静けさを取り戻し、波紋もなく澄み切っている。

その透明さが、さっきまでそこにいた存在を、逆に鮮烈に思い出させた。


カナは、無意識に上を見上げた。

木々の間から、夕焼けの光が届く。

その光は、どこか遠く――不思議と、胸の奥で静かに燃える決意を照らしていた。


全ては、今夜――月が満ちる夜に。

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