月夜の二人
セレスタンが手元の書類を静かに閉じ、カナとレイナルト、そしてエリアスに視線を送った。
「──今日はもう遅い。皆、休みなさい」
厳格な声に、どこか温かな響きが混じる。
「エリアス、来賓室を用意させます。
今日はそこに泊まってください。
外に出るのは今夜は危険です。良いですね?」
「わかりました、学院長」
エリアスが頭を下げ、視線でカナを見やる。
彼女は少しほっとしたように、胸に花冠を抱きしめた。
その時、レイナルトが一歩前に出て、低く、しかしはっきりとした声で言った。
「カナは……私が送ろう」
セレスタンは微笑む。
「よろしくお願いします。殿下」
*
学院の廊下は、夜の静けさに包まれていた。
足音だけが響き、月明かりが窓から差し込む。
レイナルトは無言のまま、カナの歩幅に合わせて歩いていた。
時折、光の精霊が彼女の周りを舞うが、彼は視線を前に向けたまま、何も言わない。
(……な、なんだろう……)
カナは胸の花冠をぎゅっと抱きしめながら、隣を歩くレイナルトの横顔をちらりと見上げる。
いつもなら穏やかに話しかけてくれるのに、今日はどこか機嫌が悪そうで、思わず首をかしげた。
やがて、寮の門が見えてきたとき、レイナルトが立ち止まり、静かに息をついた。
「……カナ」
「はっ、はいっ!」
呼びかけに、カナは小さく跳ねた。
レイナルトの瞳が、月明かりを受けて揺れていた。
「……さっき……エリアスに寄りかかってただろう?」
「えっ……? あ、あれは……寝ちゃって……」
慌てるカナに、レイナルトは一瞬だけ目を閉じ、そして小さく笑った。
「……わかってる。わかってるんだ。
でも……正直、あんなの、見たくなかった」
カナがきょとんと瞬きをする。
レイナルトは一歩近づき、声を落として続けた。
「……俺は、君を誰にも触れさせたくない。
……俺だけが、君を支えたい」
カナの胸がどくんと鳴る。
月光が二人を包み、風がそっと髪を揺らした。
レイナルトはためらいながらも、手を伸ばすと彼女の肩にそっと触れ、微笑む。
「……好きなんだ、カナ……」
静かな告白が、夜の静寂の中に優しく溶けていった。
カナの顔が真っ赤に染まる。
何も言えずに、ただ花冠を抱きしめたまま、彼を見上げていた。
レイナルトはしばらく黙って、月光の下でカナを見つめていた。
その瞳には、強い決意が宿っている。
「……君がどんなに特別になっても」
低く、落ち着いた声が夜に響く。
「導き手として人々に崇められても、誰よりも近くで守るのは……俺でありたい」
彼はゆっくりと、カナの片手を取ると、その手を両手で包み込む。
彼女の手は、微かに震えていた。
「俺は君を……。
これから何があろうと、絶対に守る」
レイナルトは誓うように言うと、彼女の手を、ほんのわずかに力を込めて握りしめた。
カナの胸が熱くなり、目に熱いものが浮かんだ。
握られた手から、彼の体温がじんわりと伝わる。
ほろりと一粒、涙が頬を伝う。
「……ありがとう、ございます……殿下」
レイナルトはその言葉に柔らかく微笑み、彼女の頭に手を伸ばし、
落ちかかる前髪をそっと耳にかけてやる。
「……さあ、もう休もう。
君の無理を、俺は見たくない」
その優しい声に、カナはこくりと頷く。
そして二人は手をつないだまま、静かな月明かりの道を寮へと歩き出した。
光の精霊が二人の周りをそっと舞い、その誓いを祝福するかのように、
金色の光の粒を夜風に散らしていた。




