学院祭8――祝祷
花冠を戴いたカナは静かに立ち上がり、精霊樹の前へと一歩ずつ進む。
白銀に輝くローブが月光を受けて揺れ、そのたびに淡い光の粒が舞い上がった。
精霊樹の根元に膝をつき、両手を胸に重ねると、空気がふわりと揺れる。
カナの祈りに呼応するように、目に見えるほど多くの精霊が集まり始めた。
風の精霊が小さな光の渦を作り、光の精霊が柔らかな輝きを周囲に広げる。
水や火、土の精霊も現れ、学院中が淡い光で満たされていった。
会場にいる生徒や王族関係者、精霊庁の面々は息を呑み、ただその奇跡の光景を見守る。
精霊たちは歌うように囁き、カナの声と溶け合って、夜空に祈りが響いていく。
「……ルーメン・エルナ、精霊たちよ、我らに光を……」
――感謝と祝福を、精霊たちと共に。
――この学院に、未来永劫の安寧を。
祈りの言葉が重なるにつれ、花冠が柔らかな光を放ち始める。
やがて、精霊樹の大樹が白銀に輝き、葉の一枚一枚が星のように煌めいた。
集まった精霊たちは、カナの頭上に集まり、小さな光の輪を作る。
祈りが頂点に達した瞬間――
花冠がまばゆい光を放ち、まるで精霊樹の祝福をそのまま形にしたように強く輝いた。
足元から金色の光が静かに溢れ出す。
周囲の空気が変わり、参列者たちが息を呑む。
カナの胸の奥で、何かが解き放たれる感覚が走る。
その瞬間、瞳が金色に染まった。
「……カナ……?」
レイナルトが息を呑む。
次の瞬間、精霊たちが一斉に舞い降り、煌めきが世界を満たす。
『──待っていた』
耳元で、澄んだ精霊たちの声が重なり響く。
カナは、知らず、言葉を紡ぎ始めていた。
「セリス・アムレア、慈しみの風よ、
痛みを抱く者の心と身を、静かに包みて癒したまえ――」
(……どうか、傷ついた心を癒し……。
すべての悲しみを光に還してください……)
その言葉が風に乗ると、光の精霊たちが舞い広がり、柔らかな金光が波紋のように広がった。
儀式を見守っていた人々の胸に、温かな安らぎが満ちていく。
長く抱えていた痛みや悲しみまでもが、柔らかく溶かされていった。
続いて、カナの唇からもう一つの祈りが零れる。
「ルミナ・クラリス、清き光の御名において、
闇を溶かし、すべてを清め、精霊たちに自由を与えたまえ――」
(穢れと闇よ、すべて……清らかな光へと還りなさい……)
精霊樹の根元からまばゆい輝きが湧き上がり、
大地に染みついていたわずかな邪気や、過去の災いの残滓さえも、
まるで朝露が消えるように浄化されていく。
次の瞬間、眩い光がカナの全身を包み込み、背に透明な翼のような光が広がった。
精霊樹が黄金色に輝き、枝に花が一斉に咲き誇る。
心の奥に、精霊樹の声が聞こえる。
『──これから、おまえは精霊の“導き手”となる――』
光は学院全体を包み、夜空に虹色の波紋を描いて広がっていく。
その光景に、誰もが言葉を失った。
精霊と人とが心を一つにした、まさに奇跡の祝祷。
セレスタンは息を詰めたまま、呟く。
「……癒しと浄化の祈り……両方を、同時に……?
……光の精霊に、選ばれた……?」
その声に、人々が驚きと祈りを込めて頭を垂れる。
しかし、カナには周囲のざわめきは届いていなかった。
ただ、無数の光の精霊が彼女の周りを旋回し、祝福する声が胸に響いていた。
カナは目を閉じ、最後の祈りを静かに捧げた。
「……どうか、精霊たちの加護が、この学院と人々に永遠に降り注ぎますように」
光が静かに収まっていき、カナの目が漆黒に戻ると、目の前が色を取り戻す。
花冠をそっと押さえ、視線を上げると、レイナルトがただ一人、まっすぐに彼女を見つめていた。
その瞳は驚きと、誇りと、温かな想いで満ちていた。
精霊たちが柔らかく歌い、光が天へと昇っていった。
精霊庁の歴史にもない、伝説級の加護。
精霊たちは、まるで長き眠りから目覚めた主を歓迎するように、
カナの周りで旋回し、まばゆい光を降り注いだ。
やがて光が落ち着き、精霊樹に咲いた花々が金色に輝いたまま残る。
誰もが言葉を失う静寂の中、ただ一人、レイナルトだけがカナに歩み寄る。
その瞳には深い尊敬と、彼女を守りたいという強い想いが宿っていた。
――こうして、学院祭は、かつてない奇跡と共に幕を閉じたのだった。




