使者との対面
陽の光が柔らかく差し込む朝。
カナは村長の家の庭先で、洗濯物を干していた。
小鳥のさえずりと、遠くの畑から聞こえる農作業の音。
「よしっ……と、終わり」
カナの呟きと同時に背後でドアが開き、マリナが、少し緊張した面持ちで顔を出す。
「カナ、ちょうどよかったわ。来てちょうだい」
案内された居間には、深い藍の上衣に身を包んだ若い男性がひとり、静かに椅子に腰掛けていた。
随行の文官らしき初老の男が、その後ろに立っている。
カナが戸口に現れると、男はすぐに立ち上がった。
「あなたが、カナさんですね」
落ち着いた低音。言葉にどこか慎重な響きがあった。
「……はい」
カナが頷くと、男は軽く一礼した。
「私はエリアス・グラン。
王都から、精霊庁の使者として、この村を訪れています。
王立学園より、あなたをお迎えにあがりました」
その言葉に、カナの胸が一瞬波立つ。
――やはり、夢ではなかったのだ。
エリアスは一歩、彼女の方へ近づいた。
「あなたは……精霊の声を聞いたことがありますね?」
その言葉に、カナはふと視線を村長夫妻へ向けた。
エダンは少し頷き、マリナは不安げなまなざしを浮かべたまま、カナの隣にそっと立った。
「あなたのような存在を、王都は探しています」
その瞬間、家の中の空気が少しだけ張りつめた。
そう言ったエリアスの声は静かだったが、言葉に宿る確信に、カナの胸がざわつく。
「“私のような存在”って……それは、どういう意味ですか?」
カナはおそるおそる問う。
エリアスは一拍置いて、まっすぐにカナを見た。
「この大陸では、精霊の声を聞く者は年々減っています。
しかし、失われたわけではありません。
……王都には“聖環の塔”という、古より精霊と人とをつなぐ役目を担ってきた塔があります。
その塔が、あなたの気配を感知しました」
「……塔が……感知した?」
「はい。
塔には古の魔術と、精霊の契約の記憶が眠っています。
最近、その塔が……“目覚め”の兆しを見せたのです。
そして、ある方角を指し示した。ここ――フェイル村を」
言葉の意味を飲み込みきれずに、カナは目を瞬かせた。
「……えっ、と……何をおっしゃっているのか……」
エリアスは微かに笑みを浮かべた。
「私も最初は、半信半疑でした。
ですが――あなたを見た瞬間にわかりました。あなたには、空気が揺れている」
「……?」
「風が、あなたに寄ってきているんです」
その言葉を聞いた瞬間、カナの頬をふわりと風が撫でた。
庭から吹き抜けた風――けれど、それはまるで、カナの耳元で何かを囁いているように感じられた。
(……まさか)
「私の役目は、あなたを王都へとお連れすること。
けれど、それ以上に……あなた自身が、自分の力と向き合う機会になることを、私は願っています」
カナは俯くと唇をかみ、静かに深呼吸をした。
ーーしばしの沈黙。
「……王都に行けば、わかるのでしょうか。
自分の……この力の意味が」
「きっと、答えは見つかるはずです」
エリアスはそう言い、まっすぐな瞳で頷いた。




