セレスタンの想い
学院長室に静寂が戻った。
残るのは、古い時計の針が刻む、微かな音だけ。
セレスタンはゆっくりと椅子に腰を下ろす。
閉ざされた扉を見つめたまま、長い吐息を漏らした。
扉の向こうに消えていった二人の姿が、瞼の裏に浮かぶ。
レイナルトがあの少女を見守る時の眼差し――。
普段は王子らしく、誰に対しても一定の距離を保っている彼が、
カナにだけは無意識に近づき、包み込むような気配さえ纏う。
カナを見つめるときだけ、王子らしい冷たい理性の影が消え、
年相応の、いや、それ以上に深い想いがにじむ。
「……まったく、父親譲りの眼差しじゃな」
小さく漏れた呟きは、古い書架に並ぶ魔導書に吸い込まれていく。
己が若き日に仕えた先代王も、同じような眼差しで想い人を見守っていた。
守りたいものを見つけた時、あの一族はどうしてこうも不器用なのか。
彼もまた、愛する者を見つめる時だけは、王冠を外したただの青年の瞳をしていた。
その真っ直ぐさは、今も息子に脈打っている。
しかし――。
カナはまだ何も知らない。
自分が特別に護られていることにも、彼の心が揺らいでいることにも。
そしてまた、自分が特別視されていることに気づいていない。
けれど、セレスタンにはわかる。
レイナルトが友情以上の感情で、あの少女を護ろうとしていることが。
”後見役を務める”――義務の言葉に隠された、あふれ出る感情が。
窓の外には、夕陽が赤く学院の塔を染める。
セレスタンは瞼を閉じ、静かに呟いた。
「……あの子が、幸せを選べる未来を、わしも守らねばな」
セレスタンは両手を組み、深く息を吐いた。
「想いを貫こうとすれば、きっと……厳しい道を歩むことになる」
学院長の胸に、かつて見た記憶が痛みのように蘇る。
同じ過ちを繰り返させてはならない。
彼らには、選ぶ自由と、守られる未来があってほしい。
セレスタンは目を細め、静かに誓う。
「……あの子が笑っていられるように。
レイナルトが、後悔せず想いを紡げるように。
この老骨、できる限りのことはしよう」
そう呟いた声は、とても優しく、しかし確かな決意を帯びていた。




