中庭にて
ユリアンの背中が中庭のアーチの向こうに消えていくと、
レイナルトはゆっくりとカナのそばに歩み寄った。
風が一陣吹き、肩に止まっていた風の精霊が羽を震わせる。
「……驚かせてすまない。大丈夫か?」
レイナルトの声音は柔らかいが、その瞳の奥にわずかな警戒が宿っていた。
カナは小さく首を振る。
「はい。何も……ただ、急に声をかけられて驚いただけで……」
レイナルトはしばし考え込むように目を伏せ、それから静かに告げた。
「ユリアンは……人を惹きつけるのが上手い。
だが、彼の言葉をそのまま信じない方がいい。
……彼なりの思惑があって近づいてくることが多いからな」
その言葉に、カナは小さく息をのむ。
「……そう、なんですか……?」
「あ、いや、君が悪いわけじゃない。むしろ……」
レイナルトは一瞬だけ言葉を切り、
精霊たちが揺らめくカナの周囲を見つめる。
「君が学院で注目されているのは当然だ。
特別な存在だからこそ、いろんな者が声をかけてくる。
……それが、良い意図ばかりとは限らない」
その声音は厳しさよりも、むしろカナを気遣う温かさを帯びていた。
カナは少しだけ緊張を解き、頷く。
「……はい。気をつけます」
レイナルトは小さく微笑む。
「それでいい。困ったことがあれば、遠慮なく頼るといい」
カナの肩に小精霊がそっと頬を寄せる。
その優しい温もりに、カナはようやく胸のざわめきを静めた。
*
レイナルトはふと思い出したかのように言った。
「……そうだ、カナ。もうすぐ“聖精霊月”が始まるのを知っているか?」
カナは首をかしげる。
「え?……せいせいれいづき? ですか?」
レイナルトは歩み寄り、穏やかな声で説明を続けた。
「年に一度、月が最も澄み渡る時期のことだ。
精霊たちが力を増し、世界との繋がりが深まる。
大聖堂や精霊庁でも祝祭が開かれ、この学院でも特別な儀式が行われる。
……君にとっては、精霊との契約や、魔力の目覚めに大きな意味を持つ機会になるだろう」
カナの胸がわずかに高鳴る。
(……精霊たちが、もっと近くに感じられる……?)
レイナルトはその様子を見て、わずかに口元を緩めた。
「……準備には、私が必ず手を貸す。安心するといい。
学院にとっても、君にとっても、きっと特別な月になるはずだ」
決意を秘めた声に、カナは一瞬言葉を失う。
(……で、殿下が、わたしのために……?)
「えっと、あの、何もわからないので助かります……。
本当にありがとうございます」
「ああ。ではまた」
そう言い残すと、彼は軽く会釈し、
護衛に呼ばれて学園本棟の方へと歩み去った。
中庭に残されたカナは、肩に寄り添う精霊を指でそっと撫でる。
「……聖精霊月、か……」
その呟きには、まだ知らない未来への期待と、ほんの少しの不安が混ざっていた。




