学院の案内
学院長室を出ると、レイナルトはカナに歩調を合わせ、ゆったりとした足取りで廊下を進んだ。
重厚な扉を抜けた瞬間、目の前に広がった光景にカナは思わず息を呑む。
広大な中庭が陽光を浴びて輝き、透明な小川が校舎を縫うように流れている。
澄んだ風に乗って、小さな光の粒が舞い、耳元でかすかに精霊たちの囁きが聞こえた。
レイナルトが歩を進めながら、ゆったりと語る。
「ここが中庭だ。中央にある“精霊樹”は、精霊が最も集う場所の一つでな、学院の象徴ともいえる」
カナの視線の先、蒼銀色の葉を持つ巨大な樹が、天を突くように立っていた。
その幹からは柔らかな光がこぼれ、根元には大小さまざまな精霊が遊ぶように舞っている。
「すごい……なんて大きい……。
精霊樹、初めて見ました……」
「王国で最古の樹の一つだ。千年を超えてなお、精霊たちと共に生き続けている。
学院での授業や儀式は、この精霊樹を中心に組まれている」
レイナルトは歩きながら、敷地の奥を指し示す。
「学院は三つの主科に分かれている。
君が入る“精霊科”は、精霊との対話や契約を学び、彼らの力を正しく扱う術を学ぶ場だ。
隣の“魔術科”は、純粋な魔力の理論と魔法術式の研究を行っている。精霊に頼らぬ魔術師の多くは、ここで育つ。
そして、私が学ぶ“騎士科”は、剣と戦術、そして護国の使命を学ぶ場所だ。精霊や魔術の補助を受けながら、実戦力を鍛える」
レイナルトは騎士科の方へ足を向ける。
訓練場に近づくと、声と共に剣戟の音が響いてくる。
カナは騎士たちが模擬戦を繰り広げる姿を見つめ、思わず呟いた。
「……殿下も、あそこで剣を?」
レイナルトはふっと息を吐くと、静かに答える。
「もちろんだ。何かあれば王子として、先頭で剣を振るわねばならない。当然だろう。
……もっとも、学院では王族という肩書きなど関係ない。
私は一人の生徒として、剣を学び続けているだけだ」
その覚悟を帯びた言葉に、カナは胸の奥で小さな感嘆を覚えた。
精霊の囁きが優しく舞う中、二人は踵を返した。
*
学院の敷地を一巡したあと、レイナルトは最後に中庭の中央へとカナを導いた。
そびえ立つ精霊樹は、間近で見るとさらに壮大で、天へと広がる葉からこぼれる光が、まるで星の雫のように舞っている。
精霊の気配が幾重にも重なり合い、小さな光の粒――精霊たちが舞っていた。
「これが、この学院の心臓ともいえる精霊樹だ。
ここに立つと、精霊たちの息吹がよくわかるだろう」
カナは歩みを止め、そっと目を閉じた。
――サラサラ、と風が葉を揺らす音。
耳の奥に、やわらかな囁きが届く。
(カナ……待ってたよ)
そのとき、小さな羽を持つ光の精霊が、ひらりと舞い降りた。
迷いなくカナの方へ近づき、肩にちょこんと腰を下ろす。
透明な翅が虹色に輝き、カナの頬に小さな光の粒が触れた。
「えっ……」
驚いて目を見開くカナ。
隣にいたレイナルトが、思わず息を呑み、低く呟いた。
「……なんと……」
カナはその声を聞き逃さず、驚きのまま顔を向けた。
「殿下……精霊が、見えるのですか?」
レイナルトは一瞬だけ表情を硬くし、ゆるやかに目を伏せた。
「……つい口に出てしまったか。
ああ……正確には、姿は見えぬ。
だが……光となって舞う気配だけは、幼いころから感じ取れるのだ。
声は聞こえないし、触れることもできない……それでも、精霊がそこに在ることだけはわかる」
静かな風が二人の間を抜ける。
レイナルトはゆっくりとカナに視線を戻すと、声を落として続けた。
「どうか、このことは内密にしてほしい。
王族が精霊を視認できるとなれば、不要な混乱を招きかねないからな」
カナはレイナルトをまっすぐに見つめ、真剣に頷いた。
「……はい。誰にも言いません」
レイナルトの表情が、ほんのわずかに和らぐ。
「……ありがとう」
レイナルトには、光の粒が、カナの肩に舞い降りたのが見えていた。
彼はしばらくその光景を眺め、静かに言った。
「……やはり、君は精霊に選ばれているのだな」
精霊はしばらくカナの肩で光を放つと、やがて静かに舞い上がり、精霊樹の枝葉の奥へと溶けるように消えていった。
光の余韻だけがしばらく漂い、カナは胸に手を当てながら、深い呼吸を一つした。




