2話
目の前のガチャを見つめ、俺は小さく息をつく。
「……どうせなら、いいの来てくれよ」
心の中は淡い希望でもワクワクでもなく、ただ切実な願い。
どうせ転生するなら、戦える力が欲しい。魔法でも、剣技でも、何でもいい。
この世界で生き残るには、少なくともそれくらいは必要だ。
女神が軽く頷き、声をかける。
「それでは、回してください」
俺は手を伸ばし、ガチャを回す。
――カラカラ、ガラガラ。金属が回る音と玉が転がる小さな音。
目の前の装置から光が弾け、金色に光るカードがふわりと浮かび上がった。
――『スティール』
「……え?」
思わず声を漏らす。
期待していた派手な魔法や剣技――火を吹く魔法、ドラゴンを一撃で倒す剣技――
目の前にあるのは、どう見ても物を奪うだけのスキルだった。
肩透かし感と同時に、胸の奥にざわりと不安が生まれる。
「……これで、どうやって生きればいいんだ?」
女神は少し困った顔で俺を見つめる。
「『スティール』ですか…」
言葉を選びながら、女神はゆっくり説明を続ける。
「簡単に言えば、対象の手元にあるものを一つだけ奪える能力です。武器や道具、小物などですね」
「……物を一つだけか」
俺の声は震えていた。肩透かし以上の不安が胸を押さえつける。
女神は困ったように目をそらし、少し言葉を選ぶ。
「基本はそれだけです。でも、ええと……使い方次第で、もっと色んなものを盗めるかもしれませんが……」
「……なるほど、身を守るスキルじゃないんですね」
自分でもわかるくらい、声が弱くなっていた。
防御でもない。
回復でもない。
直接攻撃でもない。
つまり――
「これで魔物と戦うんですか……?」
喉の奥がひりつく。
女神は一瞬言葉に詰まり、困ったように視線を泳がせた。
強く肯定するでもなく、はっきり否定するでもない。
「ええと……工夫すれば、きっと……」
その歯切れの悪さが、余計に不安を煽る。
(なんで、こんなスキルを入れてるんだよ……)
(本当に大丈夫なのか、この女神……)
女神は小さく唇を結び、どこか申し訳なさそうにこちらを見ている。
責められているわけではないのに、
「どうしよう……」とでも言いたげな空気をまとっていた。
それが、逆に怖い。
自信満々ならまだいい。
でも、この微妙な不安げな態度は何だ。
――これ、本当に俺、生き残れるのか?
肩がゆっくり落ちる。
これが、異世界で与えられた最初の力。
頼りない。
心もとない。
どうにか頭を使わなければ、すぐに死ぬ。
そんな未来が、妙にリアルに思えた。
ーーーーーーーーーー
重たい沈黙が、二人の間に落ちる。
俺の不安と、女神の申し訳なさが、妙にかみ合わない空気を作っている。
このまま問い詰めても、きっと答えは変わらない。
でも、このスキルで本当に大丈夫なのかという疑念は消えない。
そんな空気を振り払うように、女神がぱっと顔を上げた。
「――そ、それでは転生しますけど、大丈夫ですか!?」
明らかに、話題を切り替えた。
強引だ。
さっきまでの微妙な空気をなかったことにするみたいに、少し早口で。
俺は思わず目を瞬かせる。
「……え、もうですか?」
「は、はい! 準備は整っていますので!」
どこか焦ったような声音。
これ以上スキルの話を掘り下げられたくないのかもしれない。
俺は小さく息を吐いた。
もう後戻りはできない。
ここで躊躇しても、状況が良くなるわけでもない。
「……その前に、もう一度ちゃんと説明してください」
女神はこくこくと頷く。
「はい。立川リョウヤさんが転生する世界は、魔法と魔物が存在する世界です。文明は中世程度ですが、冒険者制度が整っていて、街を拠点に生活できます」
空間に淡い光が広がり、地図のような映像が浮かび上がる。
「転生する場所は、この森の中です。とはいえ、完全な秘境ではありません。少し歩けば街道に出られますし、半日ほど進めば最寄りの街に辿り着けます」
森と、その近くにある城壁都市が映し出される。
「いきなり魔物の巣のど真ん中、ということはありませんので……そこは安心してください」
そこは、なのか。
俺は苦笑する。
「……で、体は?」
女神は少しだけ表情を和らげた。
「転生の際に、肉体は一から作り直します。年齢は若返りますし、体質も多少変化します」
「多少?」
「はい。元のまま、というわけにはいきません。世界に適応する形になりますので……少し見た目や種族的特徴が変わるかもしれません」
種族、という言葉に引っかかる。
「……人間じゃなくなる可能性も?」
「ええ。ですが、生存に不利になるような形にはしません。そこは保証します」
今までで一番はっきりした口調だった。
俺は少しだけ考える。
強いスキルはない。
身を守る力もない。
でも、街の近くに転生できる。
いきなり詰みではない。
結局、選択肢は一つだ。
ここで止まるか、行くか。
――どうせ元の世界には戻れない。
俺は女神を見た。
困ったようで、でも真剣な目。
申し訳なさと、どこか期待のようなものが混ざっている。
「……わかりました」
自分の声が、思ったより落ち着いている。
「転生します」
女神の表情が、ほっと緩んだ。
「ありがとうございます」
その言葉は、意外なくらい静かだった。
契約の確認でも、義務でもなく。
どこか、本当に感謝しているような声音。
次の瞬間、足元に光の紋様が広がる。
体が、ゆっくりと浮かび上がる。
視界が白く塗りつぶされる直前、女神の姿が遠ざかる。
「立川リョウヤさん――どうか、無事で」
最後にそう聞こえた気がした。
そして、世界が反転する。
光が弾け、意識が途切れた。




