15話
「……ルミエラ、魔法を覚えたいんだけど」
不意に、リベルが言った。
部屋の空気がわずかに揺れる。
机の上には報酬の入った袋。
窓の外は、いつも通りの街のざわめき。
ルミエラは静かに瞬きをした。
「突然ですね」
声は穏やかだ。
だがリベルの視線は真剣だった。
「シャドウウルフと戦った時さ」
拳を握る。
「あの時、短剣を飛ばされた」
地面に落ちる金属音。
一瞬、手が空になった感覚。
「何も出来なかった」
あの数秒。
体が冷えた。
頭が真っ白になった。
「スティールが使えたから良かった。でもさ」
視線を上げる。
「スティールじゃどうしようもない時もあるだろ?」
距離が遠い時。
魔力が乱された時。
そもそも奪う対象がない時。
「別の手段が欲しい」
その言葉に、ルミエラはゆっくりと微笑んだ。
否定もしない。
驚きもしない。
ただ、優しく頷く。
「いいですよ」
即答だった。
リベルが一瞬目を見開く。
「では、早速準備しましょうか」
椅子から立ち上がる。
袖を整え、部屋の中央に少し空間を作る。
「魔法は特別なものではありません」
「魔力はあなたの中にも、きちんと流れていますから」
リベルは立ち上がる。
緊張と、少しの高揚。
「まずは魔力を感じるところから――」
その瞬間だった。
バタン!
勢いよく扉が開いた。
「ルミエラさんっ!」
肩で息をしたギルド職員が立っていた。
額に汗を滲ませ、明らかに走ってきた様子だ。
ルミエラが驚いたように振り向く。
「……どうなさいました?」
「あなたは強制参加ですよ!」
間髪入れずに言い切る。
部屋の空気が一変する。
「え?」
リベルが声を漏らす。
「北の森の合同調査です!」
「D級以上の冒険者を集めての緊急編成。あなたの名前は名簿に入っています!」
ルミエラは一瞬だけ目を瞬かせた。
「私は、断ったはずですが……」
やや困ったように言う。
「“検討します”とは言われましたが、“参加しない”とは聞いていません!」
職員はきっぱりと返す。
「エミルさんも言っていました。あなたがいないのは不自然だと」
ルミエラの表情がわずかに揺れる。
珍しく、焦りが滲んだ。
「ですが、私は――その、リベルの療養に……」
「軽傷でしょう!」
「え、あ、はい」
思わずリベルが頷いてしまう。
職員はびしっと指を差す。
「森の異常事態です。実力者の不参加は認められません」
「準備は整っています。出発は本日夕刻」
問答無用の口調。
ルミエラは視線をさまよわせる。
「……本日、ですか」
「はい」
きっぱり。
逃げ道はない。
ルミエラは小さく息を吐いた。
観念したように。
「……分かりました」
職員は安堵の表情を浮かべる。
「助かります」
そして去り際、扉の前で振り返った。
「すみませんね、リベルさん」
「ルミエラさんを三日ほどお借りします」
三日。
その数字が、やけに長く聞こえた。
扉が閉まる。
静寂。
部屋に残されたのは、リベルとルミエラ。
ルミエラは困ったように笑った。
「……申し訳ありません」
「い、いや。俺は大丈夫だけど」
三日間。
この宿で、一人。
リベルは椅子に腰を下ろす。
「三日間かぁ……」
ぽつりと呟く。
魔法の勉強をしようにもこれでは延期だ。
合同調査がスムーズに終わるといいけどもしかしたら伸びることだってあり得る。
リベルは天井を見上げる。
「……どうしよ」
夕暮れ。
合同調査に向かう冒険者たちの背中が、街の北門へと吸い込まれていく。
その中に、白いローブを揺らすルミエラの姿もあった。
「無理はしないでくださいね」
「それはこっちの台詞だろ」
軽口を交わす。
けれど別れ際、彼女はいつもの穏やかな笑みのままだった。
「三日です。すぐ戻りますよ」
そう言って、振り返らずに歩いていく。
――三日。
思ったより、長い。
門から見える合同調査に向かう冒険者たちの姿が見えなくなると、一人になったリベルは、ギルドへと向かった。
⸻
夕方の冒険者組合は騒がしい。
酒の匂いと、金属の擦れる音と、笑い声。
受付カウンターの向こうで腕を組んでいたエミルが、リベルに気づいて口角を上げた。
「おやおや。保護者がいなくなって寂しくなったかい?」
「違うよ」
即答する。
「魔法を教えてもらう予定だったんだ。でも合同調査でいなくなっちゃってさ。三日間、暇になった」
エミルは「ほぉ」と顎に手を当てる。
そして、にやりと笑った。
「あんたさ、その三日間、他の冒険者の付き添いしてみないかい?」
「付き添い?」
「同じE級のガキなんだけどね。基礎はいいんだけど、英雄に憧れちまっててさ。身の丈に合わない依頼ばっか狙うんだよ」
肩をすくめる。
「止めても聞きやしない。だから保護者が必要ってわけさ」
「いやいや待って」
リベルは両手を上げる。
「俺、療養中なんだけど。それに同じE級だよ?」
エミルは鼻で笑った。
「シャドウウルフを倒せるE級なんて、どこ探したっていないよ」
ぐっと言葉に詰まる。
「……ギリギリだったんだけど」
「結果がすべてさ」
断れない。
エミルは完全にその顔だった。
「わかったよ。で、いつ?」
「明日の朝。ギルドに来な」
カウンター越しに書類を差し出しながら、姐さんは言う。
「心配すんな。死なせやしないさ」
その笑みは頼もしくて、少しだけ怖い。
リベルはため息をついた。
三日間。
暇にはならなそうだ。




