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女神の趣味で美少女吸血鬼に転生しましたが、地上で一緒に暮らすことになりました  作者: こはくさ


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13話

 

 sideルミエラ


 霧が生まれた、その瞬間だった。


 胸の奥が、凍りついた。


 森に白い靄が流れ込む。


 自然の発生とは明らかに違う、不気味な広がり方。


 風向きも、湿度も、季節も関係なく。


 “意志”を持つかのように、霧が満ちていく。


 そして同時に。


 リベルの気配が――消えた。


 完全に断絶したわけではない。


 だが、覆われた。


 包まれ、隠され、歪められた。


「……っ」


 呼吸が浅くなる。


 霧を見つめる。


 ただの水気ではない。


 魔力が絡みついている。


 森の循環とは異質な波長。


 外から持ち込まれた干渉。


 指先でそっと触れる。


 触れた瞬間、わずかな反発。


 拒絶。


 まるで、こちらを拒む壁。


「これは……」


 胸の奥がざわめく。


 記憶の底に沈めた感覚が、浮かび上がる。


 かつて感じたことのある、あの歪み。


「もしかして……」


 霧の奥。


 リベルの気配は微かにある。


 だが遠い。


 揺れている。


「早く……探さないと」


 地面を蹴る。


 森を駆け出す。


 枝が頬を打つ。


 根が足を取る。


 息が乱れる。


 神の器としては、あまりに不便な身体。


 だが今は、それでいい。


 一歩一歩、自分の足で進む。


 霧は濃淡を変えながら森を満たす。


 視界が歪む。


 音が吸い込まれる。


 森そのものが、閉じていくようだった。


 低い咆哮。


 重い振動。


 前方の木々を押し倒し、巨大な影が現れる。


 オーガ。


 通常の群れではない。


 単体でも脅威。


 その背後、さらに鎧を纏った巨体。


 オークジェネラル。


 ありえない配置。


 ありえない密度。


 この霧が、呼び寄せている。


「……邪魔です」


 声は冷たい。


 だが、焦りが滲む。


 オーガが大剣を振り上げる。


 振り下ろされる前に、踏み込む。


 ほんの僅か、指先に光を灯す。


 次の瞬間には一本の光が走る。


 それは大きな音を鳴らしてオーガへと向かう。


 大剣が断ち切られる。


 巨体が崩れ落ちる。


 血が地面を濡らす。


 オークジェネラルが咆哮する。


 地を震わせ突進。


 衝撃が迫る。


 祈るように手を組む。


「……道を開けてください」


 地面から氷の柱が何本も生えてくる。


 それは、オークジェネラルの胸部を貫く。


 巨体が数歩進み、崩れた。


 静寂。


 荒い呼吸だけが残る。


 本気ではない。


 本来なら今すぐにでも神の力を使ってリベルを探したい。


 だが出せない。


 神の力を強く振るえば、この世界の構造を揺らす。


 揺らぎは、必ず届く。


 あいつに――。


 見つかる。


 それだけは、いけない。


 見つかれば、世界が揺れる。


 均衡が崩れる。


 まだ、その時ではない。


 リベルはまだ小さい。


 この世界も、まだ脆い。


 だから走る。


 肺が焼ける。


 脚が軋む。


 僧侶の身体は限界を訴える。


 それでも止まらない。


「無事でいて……お願い」


 神ではなく。


 ただの少女として、そう願う。


 霧の奥。


 強い気配が揺らぐ。


 魔物。


 それと――リベル。


 交差している。


 ぶつかっている。


 鼓動が跳ね上がる。


「急がないと……!」


 限界を無視する。


 視界が狭まる。


 耳鳴りがする。


 それでも前へ。


 枝を掻き分ける。


 霧を突き抜ける。


 森が開ける。


 そして――辿り着く。


 灰色の狼が、横たわっていた。


 大きい。


 通常種よりも一回り上。


 喉元が深く裂けている。


 その前。


 地面に尻餅をついたまま、肩で息をしている少女。


 短剣を握る手が震えている。


 血が腕を伝う。


 だが――


 生きている。


 確かに。


 ルミエラの胸が、大きく上下する。


 安堵が押し寄せる。


 膝が崩れそうになる。


 だが踏みとどまる。


 数歩手前。


 木陰に身を隠す。


 見守る。


 それが、今の自分の役目。


 リベルは空を見上げている。


 震える声で、何かを呟いた。


 聞き取れない。


 だが表情で分かる。


 恐怖ではない。


 誇りでもない。


 ただ、生き延びたという実感。


「……頑張りましたね」


 誰にも聞こえない声で、そう呟く。


 その時。


 微かな違和感。


 空気が、ほんの僅かに揺れた。


 遠く、深い場所で。


 何かが笑った気がした。


 錯覚かもしれない。


 だが。


 霧の奥に、視線の気配。


「……見ているのですか」


 問いかける。


 返事はない。


 だが確信がある。


 この霧は偶然ではない。


 観測されている。


 まだ干渉はしてこない。


 だが、確実にリベルに気づいている。


 ルミエラは拳を握る。


 今はまだ、動けない。


 力を振るえばーー。


 だから耐える。


 見守る。


 育てる。


 それが自分の選んだ道。


 リベルが立ち上がろうとする。


 ふらつく。


 それでも立つ。


 その姿に、微かに微笑む。


「あなたは……強くなります」


 それは予感ではない。


 確信でもない。


 願いだ。


 霧が、ゆっくりと薄れていく。


 森に音が戻る。


 風が通る。


 だが奥底に、まだ何かが潜んでいる。


 ルミエラは最後にもう一度、少女を見つめる。


 今はまだ。


 そのままでいい。


 いつか。


 本当に世界が揺れる日が来た時。


 その時は――。


 森の奥で、霧の残滓が消えた。


 だが。


 物語は、確実に動き始めていた。

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