魔法省
キンバーン主導で王宮内を移動する。
サールはまだしも、レオンも物珍しそうに廊下の高い天井を見上げている。
国王が執務をする建物には、たくさんの文官と武官がいた。
みんな忙しそうに働いているが、レオンを見ると誰もが足を止めて、誰だろうという顔をする。
服装で身分を判断しているのだろうが、レオンの顔を知らないので対応に困っているようだ。とりあえず脇に寄って頭を下げる官吏が多い。
キンバーンは素知らぬ顔で廊下を突き進み、かなりの距離を移動してから一度外へ出た。そして別の建物の入口前に立つ。
「ここが魔法省の建物になります。部外者は立ち入り禁止なので、今から入室許可を出します」
キンバーンは振り返ると、レオンとモルフ、サールに掌を向けた。
三人には何をしたのか分からなかったが、キンバーンが一つ頷くと、キンバーンの部下チリが扉を開いた。
扉の中は大きなホールになっていて、正面に階段があった。左右に続く真っ直ぐな廊下がある。
キンバーンは右に進み、最初の部屋に入った。
そこは大部屋になっていて、たくさんのローブ姿の老若男女がいた。
机に高く積み重ねられた本の前で何か書き物をしていたり、本を読んでいたりしている者。
魔法道具らしき機械と、部品に囲まれて作業中の者。
何かの呪文を詠唱し、魔法を特訓中の者。
様々な者がいる。
レオンとサール、モルフが興味津々な眼差しを向けると、キンバーンが口を開いた。
「みんな、聞きなさい。手を止めて顔を上げて」
「あ、キンバーン様!」
「お帰りなさい!」
「ようやくお戻りになられたのですね!」
「あまりにお戻りが遅いので、チリ様の頭が爆発しそうでしたよ!」
至るところで様々な声が上がるが、みんな嬉しそうだ。キンバーンは部下に慕われる上司らしい。
「今日からレオン殿下が魔法省に在籍なさる事になった。みんなそのつもりで」
「え?」
「レオン殿下?」
みんなの視線が金髪頭のレオンに注がれる。
レオンはにっこり笑って自己紹介した。
「初めまして。私は第一王子のレオンだ。魔法について勉強中なので、これから世話になる。よろしく頼む」
「ええっ?!」
「本当にレオン殿下?!」
「え、あの幻の第一王子?」
「本物?!」
年配の者は絶句して固まり、若い者は興味津々で身を乗り出した。
慌てたチリが「無礼だぞ」と窘める。
「いや、堅苦しいのはナシで頼む」
レオンはそれを宥めた。
「出来るならば、普通の魔法使いとして扱って貰いたい。一番新参者なのに、王族だからと偉そうに振る舞うのは恥ずかしい。それでも周囲が色々煩いだろうから、許される範囲で」
「ふおっ、ふおっ、ふおっ。それは少々無理がありますな。レオン殿下の実力は新参者ではありませんから」
キンバーンの言葉に全員が大きく目を見開く。
驚く魔法使い達を尻目に、キンバーンはチリに、結界魔法石を持って来るよう指示を出した。
「結界魔法石?」
レオンが首を捻ると、キンバーンが説明してくれる。
「我が国の王都、国境沿い、大きな街道、要所、様々な場所に結界魔法が施されております。それはご存知ですかな?」
「はい。ちらりと聞いた事はありますが、詳しくは教えて貰えませんでした」
「そうですな。王族でも限られた者にしか教えない規則です。それほど結界魔法は国防として重要ですので」
「はい」
あのう、と声を上げたのはモルフだ。
「私とサールは退席した方がいいですか?」
「いえ、いて下さって構いませんよ。レオン殿下と絶えず行動を共にするあなた方は、知っておいて貰った方が何かと都合がいい。今ここにいないアルデも同じです」
「承知しました」
モルフはすっと下がって壁際に控えた。サールも何となくその隣に並ぶ。
キンバーンが続けた。
「結界には魔法道具を使用しております。王都の場合、大きな装置が一つではなく、複数設置されています。設置場所は魔法省の者しか知りません。専用の魔法石に魔力を充填し、交換するのが魔法省の仕事です」
「なるほど。一つの装置だけでは、それが壊れたらお終いですから、複数設置してあると」
「その通りです。当然、王城などの要所は重ねがけになっていますよ」
「もしかしてこの建物も?」
「そうです。魔法省は国防の要ですから」
「素晴らしい」
「ではレオン殿下、こちらの魔法石に魔力を充填して貰えますか?」
チリともう一人で重そうに箱を抱えてきたが、その中には大きめの水晶玉がたくさん入っていた。
「結界魔法石は特殊でして、かなりの魔力を篭められるのです。そうでなくては結界が消えてしまいますからね」
「常時稼働しているなら当然です」
「わしが手本を見せますので、真似て下さい」
「はい」
キンバーンとレオンが一つずつ水晶玉を持ち、魔力を流し始めた。
傍から見るだけでは本当に魔力が充填されているのか分からないが、透明だった水晶玉が薄らと白くなっていく。
「なるほど。一目で魔力残量が分かるように工夫されているのですね?」
「そうです」
キンバーンとレオンはほぼ同時に魔力充填を終えた。
白く変色した結界魔法石は、チリが用意した空の箱に入れる。
「この調子でどんどんやってみて下さい」
「はい」
レオンは次から次へと魔力充填していった。
一つ終えると次を手に取る。
三つ目終えて四つ目に手を伸ばした時、チリが慌てたように口を開いた。
「あのっ! 無理なさらないで下さい」
「はい?」
レオンが首を捻ると、チリが早口で言う。
「魔力充填は非常に疲れます。ほどほどのところで止めないと倒れてしまいますよ」
「ああ、でもまだ大丈夫ですよ? 余裕です」
レオンが四つ目を終えて五つ目に手を伸ばす。
チリはあわあわしていたが、キンバーンは止めようとしない。むしろ笑顔で見守っている。
レオンは無理をしている自覚がないので、あっという間に用意されていた結界魔法石全てが充填済みになった。
サールもモルフは何となく見学していたが、魔法使い達が全員、あんぐりと口を開いているのに気付いた。
その中にはチリもいる。彼も目を大きく瞠ったまま絶句していた。
「さすがレオン殿下。一気に全部終わらせましたね」
キンバーンが小さく拍手をする。
レオンは笑った。
「まだいけますよ。もうありませんか?」
「今ので一月分です。ここにいる魔法使い全員で充填して、一月かかる量です」
「えっ?」
「レオン殿下の魔力量はそれほど多いのですよ」
キンバーンはチリに顔を向けた。
「チリ、私がレオン殿下を魔法省に勧誘した理由が分かったな? いざとなればレオン殿下はとてつもなく強力な戦力になる。覚えておくように」
「はい……」
青ざめたチリに、レオンは何か思い出したように言った。
「あの、私は魔法省に籍は置くが、筆頭になるつもりはないからね?」
「え?」
「キンバーン先生の元で長く修行されてきた皆さんを押し退けて、新参者が筆頭の座に就くなんて、そんな恥ずかしい真似は出来ない。でも私が王族だからそう言い出す者が現れるだろう」
「…………」
「私の立場が宙ぶらりんなのがいけないのだろうな。王太子は弟の第二王子。病気が寛解したとはいえ、これまで社交界に一度も出た事のない、政治力のない第一王子。魔法が使えるのなら魔法省の筆頭に据えてしまえと、短絡的に言い出す貴族がいそうな気がする」
「実にありそうな話でありますな」
キンバーンが同意すると、レオンが顰め面になる。
「繰り返すが、私にはそんなつもりは全くない。私はまだまだたくさんの事を知りたいのだ。魔法も学びたいし、地方にも行きたいし、悪者退治もしたいし……」
「悪者退治は自重して下さい」
モルフがすかさず口を挟み、釘を刺す。
レオンはにかっと笑った。
「ともかく王族だからと、あなた方の立場を強引に奪うつもりはない。キンバーン先生が引退されても後継者は皆さんです」
「あぁ、分かりました」
これまで驚くばかりだったチリが、何か納得したように手を叩いた。
「レオン殿下、もしかしてキンバーン様の言葉を鵜呑みにされていますね?」
「え?」
「キンバーン様はまだ引退する年齢ではありません。まだ若いのですよ。この古くさい年寄り喋りや、つるつる頭や白い顎髭に騙されておいでです」
「えっ?!」
「元々移民で出生記録がないのをいい事に、正確な年齢を隠しておられます」
「ええっ?!」
「年寄りを偽装されてますが、私の見立てではまだ五十代です。目の小皺や肌の質感をよく見て下さい。年寄りというには張りがあるでしょう? 引退などまだ早いです」
「五十代……」
定年前だ……とレオンは口の中で呟く。
こちらの世界に定年制があるのか知らないが、本当にそうなら思っている年齢よりも若い事になる。
「国王陛下を欺き、仲間の魔法使いを欺き、早く引退しようと画策していらっしゃるのです。実に小賢しいやり口で」
「小賢しいとは……随分な言い草だな」
「図星でしょう?!」
チリが鋭く指摘すると、キンバーンは答えずにニッと口角を上げた。笑って誤魔化すつもりのようだ。
という事は、チリの言っている事は事実。キンバーンは年寄りのように振る舞っているが、見た目よりも若いのだろう。
若作りならともかく、上の方へ年齢詐称をする人がいるとは思わなかった。
レオンもほっと息を吐く。
「キンバーン先生はまだ引退する年齢じゃない……それは嬉しいです。まだまだ教わりたい事がたくさんあるので」
「わしもレオン殿下の能力を研究したいですな。未知の魔法……古代書物の失われた魔法が復元出来る可能性すらありますから」
「古代魔法?!」
「復元?!」
「キンバーン様、それは一体!!」
魔法使い達が全員身を乗り出し、キンバーンに迫る。
キンバーンはニッコリと笑った。
「レオン殿下、言うまでもないですが、魔法使いは魔法省に入る時に魔法契約をしております。職場で見聞きした事を外部に漏らさないと」
「はい。では私も書類が整い次第、署名するのでね」
「そうです。関係者となるモルフ、サール、アルデもですよ。この者達もレオン殿下の情報を口にする事は出来ません。なので鑑定魔法を許可してもよろしいですか?」
「はい。私も自分が何を出来るか知りたいですから、協力して頂けるのはありがたいです」
「ではみんな、レオン殿下を鑑定してみなさい」
魔法使い達は即座に反応した。
小さく呪文を唱える者と無詠唱の者が混在していたが、しばらくして全員が絶叫した。
「「なんじゃこりゃああああ!!」」
あまりにも大きな声にモルフとサールは咄嗟に耳を塞ぎ、部屋は騒然となったのだった。




