142 プロポーズ
扉が閉まると、ベスが悪戯っぽく笑い駆け寄ってきたので、思い切り抱きしめる。
「もうっ、ベスったら今日も可愛いわね。そのピンクのドレス、すごく似合ってるわ!」
「うふふ~。可愛いでしょう?」
「ええ、すごく可愛い!ねぇ、もっと、そのドレスをよく見せて」
「もちろんよ!」
ベスは私から離れると、ドレスを裾を広げてくるりと回った。
風を受けたリボンとフリルが、ひらりひらりと舞い、それが一層ベスの可愛らしさを増していた。
「可愛い~!ベスったら、まるでお花の妖精ね!!」
「・・・・・・お前、花の妖精を見たことがあるのか?」
「セオドア!比喩に決まってるでしょ!比喩!!それだけベスが可愛いってことよ!!!」
「はいはい。どうしてアンナは、ベスを目の前にすると、こうも『可愛い、可愛い』って、言うんだろうな」
「だって、私、可愛いでしょう?」
ベスが、にっこりとセオドアを見上げて笑う。
他の者が言うと鼻につきそうな言葉なのに、ベスが口にすると、なぜか納得してしまう。
容姿だけでなく、性格や仕草に至るまで、ベスはすべてが可愛い。
「・・・・・・ああ、そうだな」
「ふふっ。セオドアも、ベスには完敗ね」
セオドアは自分の負けを認めたのか、半ば諦めたように息を吐いた。
ベスの可愛さの前では、勝てる者など存在しないだろう。
勝利を確信したベスは、くすっと笑うように、私ににっこりと微笑んだ。
「でも、アンナも可愛いわよ。本当に綺麗」
「まあ、ベスったら、可愛いことを言ってくれてありがとう!!」
もう一度ベスを抱きしめると、ベスは嬉しそうに「うふふ」と笑った。
セオドアは、私たちを横目でちらりと見やり、呆れたようにため息をつくだけだった。
せっかく花嫁の控室に来たというのに、その態度はいただけないだろう。
(もうっ、少しは褒めてよ!)
セオドアの前に立ち、ドレスの端を摘み上げると、少し身体を傾けて可愛らしいポーズを決めた。
「ほら、セオドアも。私に何か言うことないの?」
「いや、別に」
「別にって、なによ?」
「だって、特に言うことないし」
「あのアスター商会が、総力を挙げて作ったドレスなのよ。美しいとか、綺麗とか、何か感想があるでしょう?」
「いや・・・。だって、着ているのがアンナだしな」
「もうっ、セオドアったら!!!」
「はいはい。お綺麗ですよ。絶世の美女とは言わないまでも、アルバートの隣に居て、霞まない程度にはなったんじゃないか?」
「セオドア・・・。アルバート様に、いい加減に敬称をつけなさいよね。仮にも騎士団に入団して、半年も経ってるのよ。誰かに聞かれたら、不敬罪で騎士団を首になるわよ」
「あぁ?ちゃんと公式の場ではつけてるよ」
「普段できていないことは、本番ではできないのよ」
「母さんみたいなこと言うなよ。心配しなくても大丈夫だよ。俺のような下っ端が、あいつと直接顔を合わせる機会なんてないし」
「そうは言っても・・・」
「万が一あっても、遠くから見る程度だから、あいつの背の高さを差し引いても、豆粒程度にしか見えねーよ」
「豆粒って・・・。そういえば、セオドアは、また背が伸びたわね」
「・・・・・・お前が『豆粒』で何を連想したかは、聞かないでいてやるよ」
(まだ身長がコンプレックスなの?)
セオドアの背は、冬ごろから驚くほど伸びた。
それでも入団した当時は、たしか低いほうだった。
それが今ではすっかり背も伸び、頼もしささえ漂わせている。
今のセオドアを見て、チビだなどと揶揄う者は、もういないだろう。
「やっぱり、騎士団の寮のご飯のおかげかしら?すごい量が出るって聞いたけど」
「まぁ、それもあるかもな。しかも、先輩が『食え食え』って、うるさいんだよ。自分は細くてひょろひよろしてるくせにさ」
(細くてひょろひょろ・・・って、まさかフレディ様かしら?)
宿屋に送ってもらう際に、セオドアのことを頼んだ記憶がある。
たったあれだけの縁で、まさか本当にセオドアに目をかけてくれたのだろうか。
「ねぇねぇ。もしかして、その先輩って、フレディ様?」
「ああ、そうだよ。なんだ、アンナは知ってたのか」
「うん、まあね」
(・・・ほんの少し、話をしただけなのにね)
お願いはしたものの、そこまで期待していたわけではなかった。
自分への親切よりも、セオドアを気にかけてくれたことのほうが、はるかに嬉しかった。
胸の内に、静かな感謝が満ちていった。
「いい先輩なんだけど、お節介なんだよ」
「そんなこと、言わないの。フレディ様は、セオドアを気遣ってくれてるのよ」
「言われなくても、わかってるよ。あの人、本当にいい人だしな。でも、俺だってちゃんと恩は返してるぜ」
「入団してペーペーのセオドアが、恩を返してるって、何を返しているのよ」
「だって俺、先輩のプロポーズの練習相手になってやってるんだぜ」
「え?」
「しかも毎晩。夜、俺の部屋で」
「毎晩!?」
「なかなか言えないみたいで。でも、バシッとカッコよく決めたいんだろうな。毎晩、台詞やシチュエーションを変えて付き合わされてるよ」
「へ?」
「俺、恋人役になってるんだよ。しかも感想まで聞かれてるんだぜ。『そんなの知るかよ』って、言いたいけど、先輩があまりに真剣だから、付き合わざる得ないんだ」
「ああ、そうなのね・・・」
男二人、部屋に籠ってプロポーズの練習とは、何事だろう。
本人たちは気付いていないだろうけれど、きっと他の部屋の人たちからは、不審な目で見られているに違いない。
私たちの会話を大人しく聞いていたベスが、興味を抑えきれない様子で、弾んだ声を重ねてきた。
「ねぇねぇ。フレディのプロポーズって、どんなの?」
「セオドア!あんたが余計なことを言うから、ベスが興味を持っちゃったじゃない!」
「いいじゃん、別に」
「ねぇ、プロポーズってどんなふうに言うの?すごく気になるわ」
「ベス。プロポーズの言葉は、内緒なのよ。フレディ様と、お相手の方の大事な思い出になるからね。そんな興味本位で聞いてはだめよ」
「じゃあ、アンナとアルバートおじ様のは?」
「私のも、だめです」
どうしてみんな、プロポーズの言葉を聞きたがるのだろう。
イザベラ様にも興味津々で聞かれたけれど、絶対に内緒だ。
逆ギレした挙句、私からプロポーズしただなんて、恥ずかしくて誰にも言えない。
「え~。どうしてもだめ?」
「ええ。どうしても、だめよ」
「ねぇ、お願い?」
ベスが小首を傾げて、上目遣いで可愛くお願いをしてくる。
わざとやっているとわかっていても、それでも可愛いから不思議だ。
「もうっ!ベスったら、そんなに可愛くしてもだめだから」
「え~」
「誰にも言えない秘密なの!」
「そんなこと言わずに教えてよ~」
「だめったら、だめよ」
「・・・・・・ベス。アンナが困っているから、そろそろやめろよ」
「じゃあ、セオドアならいいの?」
「そんなわけないだろ。俺だって、嫌に決まってるだろ」
「え~、だめ?見てみたいのに」
「やだよ。そんな恥ずかしい」
「ねぇ、どうしてもだめ?」
(・・・・・・もうっ、ベスったら可愛すぎるでしょ!)
ベスのきゅるんとした目でじっと見つめられ、セオドアは苦笑いを浮かべている。
なんだかんだ言って、セオドアもベスに甘く、きつくは注意できないのだ。
ベスの懇願に屈したのか、セオドアは腰に手を当て、はぁっと大きくため息をついた。
「・・・・・・しょーがねーな。じゃあ、ちょっとだけだぞ」
「やった!!」
「セオドア!だめよ、そんなの」
「フレディ先輩のじゃなきゃ、いいんだろう?」
「そんなこと言っても・・・・・・」
「いいから。ほら、アンナが相手役な。俺のとこに来いよ」
「セオドアが、私のとこに来るべきじゃないの?」
しぶしぶと側に寄ると、セオドアはおもむろに咳ばらいをした。
そして、あの舞台の王子様さながらに片膝をつき、静かに私を見上げた。
光の加減なのか、今日のセオドアの瞳は紫色が濃く浮かび、まるで宝石のような光をたたえていた。
そういえば、大人になってからセオドアの瞳を間近で見つめることなんてなかった。
セオドアの瞳は、こんなにも綺麗だったのだろうか。
いつもと違って見えるセオドアに、胸の奥で、心が跳ねた。
「アンナ、これだけは忘れないでくれ。何があろうとも、君のことは、この生涯をかけて守ると、ここに誓う」
「・・・・・・・・・セオドア」
演技だとわかっているのに、セオドアの真剣な瞳を見つめられ、胸が熱くなってくる。
自分でもどうしてかわからないのに、頬がじんわりと赤くなるのを感じた。
どう答えを返せばいいのだろうか。
「・・・・・・・・・・・・お前、何照れてんだよ?」
「は?」
呆れたようなセオドアの声に、はっとして一気に現実に引き戻された。
セオドアはパンパンと大袈裟に膝の埃を払い、立ち上がった。
それからわざとらしく目を細め、心の底から私を馬鹿にするような口調で言った。
「ベスに見せるための模擬プロポーズだろ!まさか、本気にしたのか?お前、アホじゃねーの?」
「はぁぁ?知ってるし!」
「何?お前、もしかして俺にときめいたのか?」
「そんなわけないでしょう!?」
「まあ、ときめく気持ちもわからなくもないけどな。俺、いい男だし」
(本当に腹が立つわね!)
一瞬でも、セオドアが私を本気で想ってくれたのだと錯覚した私は、あまりにも馬鹿だった。
「何言ってるのよ!私、これからアルバート様と結婚するのよ!他の人に目移りなんかするわけないでしょう!?」
「ああ、そうだな。アンナは、アルバートと結婚するんだ。いいか、その言葉を絶対に忘れるんじゃないぞ」
「当たり前でしょう!?」
「アルバートは、お前にはもったいないほどの男だよ。こんな幸運、滅多にないぜ。せいぜい返品されないように、頑張れよ」
「はいはい。ご忠告ありがとうございます。でもお生憎様、私とアルバート様は仲がいいんです」
「へーへー、惚気ですかね。結構なことで」
わざとらしく小指を耳に手をいれる、セオドアのふざけた態度が気に入らない。
家族同然の私が嫁に行くというのに、この態度はひどすぎるだろう。
「ちょっと!本当に仲がいいのよ!!」
「そうかよ。そう言いながら、後々喧嘩して、俺のとこに泣きついてくんなよ」
「そんなことには、ならないわよ!!!」
腹が立って、つい大声を出してしまった。
私の新しい門出だというのに、これじゃ喧嘩を売りにきたみたいなものだろう。
苛立ちを隠せないまま互いに顔を近づけ、睨み合った瞬間、ベスの無邪気な声が聞こえた。
「『喧嘩するほど仲がいい』って言うけど、セオドアとアンナは、本当に仲がいいわよね」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
(・・・ベスがいたのを忘れていたわ)
ベスは、いかにも楽しそうに私たちを見上げていた。
もう私たちは大人なのに、子どもの前で思わず本気で喧嘩しそうになってしまった。
大人として、決して褒められた態度ではないだろう。
気まずさを隠すかのように、セオドアは頭を掻いて視線を落としている。
「・・・・・・・・・あら、誰か来たわ」
「えっ?ベスったら、本当に?」
「ええ、だって足音がするもの」
子どもだから耳がいいのか、それともイザベラ様の地獄耳を受け継いだのだろうか。
耳を澄ますと、確かに廊下から低く落ち着いた足音が近づいてきていた。
扉の前で足音が止まり、控えめながらもはっきりとした音で扉が叩かれた。
「なんだ。楽しそうな声が聞こえると思ったら、セオドアとベスがいたのか」
「アルバート様!」
扉を開けたのは、王家の礼装に身を包んだアルバート様だった。
ただでさえ美しいのに、礼装に身を包んだアルバート様はこの世の者とは思えない輝きを放っている。
「アルバートおじ様!本日は、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
「アンナも素敵だけど、おじ様も素敵よ」
「ははっ、ベスにそう言ってもらえるとはな。ベスもずいぶんと成長したな」
誰にも促されていないのにお祝いの言葉を口にするベスに、アルバート様も嬉しそうに応じる。
本当に、子どもの成長は早いものだ。
「ベスったら、お姉さんになって・・・」
「本当だな。お前も見習えよ」
(いや、セオドアこそね!?)
セオドアからは「結婚おめでとう」の言葉すら聞けず、むしろ私とアルバート様の仲を茶化されてしまった。
胸の内がもやもやするので、セオドアに私たちの仲のいいところをみせつけてやらないと気が済まない。
アルバート様の前に立ち、裾を摘んで可愛くポーズを取って見せる。
「アルバート様。私の花嫁姿、どうですか?」
「・・・・・・朝から何度も言っているが、綺麗だ」
(アルバート様!その前半部分の言葉は、余計だから!)
どうやらアルバート様に私の気持ちは通じなかったらしく、セオドアに見せつける計画は無残に潰れてしまった。
「お前、アルバートに何度も褒め言葉を強要してたのかよ?ちょっとは遠慮しろよ」
「いいじゃない。何度だって聞きたいわよ」
「アルバートの迷惑を考えろ」
「褒めるのに、お金も労力もいらないでしょう?大した手間じゃないわよ」
「うっわー。その考え、引くわ。アルバート、本当にこんなアンナでいいのかよ?」
「何よ!それより、あれほど言ったのに、アルバート様に敬語を使っていないじゃない。セオドアのほうこそ、問題あるでしょう!?」
「いいじゃないかよ。だって、今は誰もいないだろう?」
「はぁ?」
アルバート様が咎めないからいいようなものの、本来だったら不敬罪で捕まっている。
そもそも国を護る騎士が、王族に見せる態度ではないだろう。
「俺たちは、夕日を背に『友人』だって誓い合ったじゃないか。立場が変われば、『友人』じゃなくなるのかよ」
「・・・・・・ああ、そうだな」
「アルバート様、いいんですか?」
「ああ、いいよ。私から言いだしたのだ」
(・・・本当に、アルバート様は心が広いわね)
王族のアルバート様を呼び捨てにするのは、血の繋がりがある陛下とイザベラ様くらいのものだ。
まったく、セオドアはどれだけ親しいつもりなのだろうか。
だが、調子に乗ると思ったセオドアは、涙を堪えるような、どこか切ない面持ちを浮かべていた。
こんな顔のセオドアは、見たことがない。
揶揄う気になれず、じっとセオドアを見つめていると、ようやくセオドアの唇が震えるように開いた。
「・・・・・・あんたの『友人』として忠告しておくよ。アンナ、しっかりしてそうに見えるけど、結構泣き虫だぜ」
「・・・・・・そうだな」
「頑張り屋だけど、物事を一人で抱え込みがちだし、寂しがり屋だ」
「・・・ああ、知っている」
「現実的で金の計算をきっちりするくせに、自分は損してばかりのアホだぜ」
「大丈夫だ。よくわかってる」
「何でもできそうな顔をしているくせに、不器用だ」
「セオドア!さっきから黙って聞いていれば、私の悪口ばかり言って!!」
セオドアは、私の晴れのめでたい日に、一体何を言いだすのだろう。
アルバート様がどう思っているか気になるが、表情が変わらないために気持ちが読めない。
「いいじゃねーか。どうせ結婚したらバレることだろう?幻滅されないように、今のうちに言っといてやるよ」
「『小さな親切、大きなお世話』って、知ってる?お願いだから、もう黙っててくれる?」
本当に勘弁してほしい。
セオドアが結婚する時には、同じことを絶対にやり返してやろう。
「じゃあ、最後にひとつだけ。こいつ、寒くなると、人で暖を取ろうとしてくるぜ。湯たんぽ代わりにされるから、気をつけろよ」
「・・・・・・・それは、知らなかったな」
「ちょっと!子どもの頃の話でしょう?いつまで根に持っているのよ!!」
冬の寒さに凍えた手を温めるため、ついセオドアたちの手を握って暖を取っていた。
二人からは「暖取り泥棒」と散々言われたけれど、寒いとどうしても手が伸びてしまうのだ。
子どもの頃の悪行を、まさかアルバート様の前で言われるとは思ってもいなかった。
「もうっ、セオドアったら、いい加減にしてよね」
(セオドアの口を塞いでしまいたいわね!)
思い切り睨みつけると同時に、深々とセオドアが頭を下げた。
騎士団で訓練されたからなのか、見惚れるほどに綺麗なお辞儀だった。
「アルバート殿下。アンナは本当に手のかかる奴だけど、俺にとっては姉にも等しい大事な存在です。どうか、アンナをよろしくお願いします」
「ああ。もちろんだ。必ず私が守ると約束しよう」
アルバート様はセオドアに元に行き、右手をそっと差し出した。
以前は嫌そうに顔を顰めていたはずなのに、今は不思議と、柔らかな表情がそこにあった。
差し出された手を見つめ、セオドアは一呼吸置いてから、ゆっくりと、でも確かにアルバート様の手を握った。
ベスは、二人の間に漂う空気を不思議そうな目で見比べている。
その小さな瞳には、何か楽しげな光が宿っていた。
「・・・・・・ねぇ、結婚したら、守ってもらえるのよね?」
「ああ、そうだな」
「アンナはアルバートおじ様が守るけど、おじ様は誰が守ってくれるの?」
「えっ?ああ、それは私が守るわよ」
「アンナが?」
「そうよ。結婚するからね。お互いに守りあうの」
「ふぅ~ん。そっかぁ」
ベスは納得したように、私とアルバート様の顔を交互にみて微笑んだ。
そして星のように瞬く瞳をセオドアに向けると、高らかに宣言した。
「じゃあ、セオドアは私が守るわね!」
「え、ベスが俺を守るのか?俺は、守ってもらわなくても平気だよ」
「そんなことないわよ。セオドアにも、守る人が必要よ」
「いや、いらねーよ。俺は強いからな」
「いるに決まってるわよ。アンナはおじ様と結婚するから、私がセオドアを守ってあげるわ」
「へ?」
「私が、セオドアと結婚してあげる!」
ベスのまさかのプロポーズに、セオドアは、目を白黒させている。
さすがのアルバート様も、目をぱちくりさせていた。
「あら、まあ。セオドア、よかったわね」
「いい考えでしょう?私、お父様に報告してくるわ!」
にっこりと笑って扉に向かおうとするベスに、慌ててセオドアが追いかけて肩を掴む。
「いや、ちょっと待て、ベス!」
「なぁに?」
「『なぁに』じゃねぇよ!お前、自分が何を言っているのか、わかっているのか!?」
「わかってるわよ」
「いいや、絶対にわかっていない。いいか、落ち着いてよく聞くんだ。簡単に結婚するなんて言ったら、絶対にだめだ」
「え~」
「結婚は、大人がするものだからな」
「約束するくらいは、してもいいでしょう?」
自分のプロポーズを断るセオドアが気に入らないのか、ベスは口を尖らせてむくれている。
焦るセオドアの様子が可笑しいのか、アルバート様は苦笑いだ。
「まあ、ベスはまだ8歳だからな」
「アルバート!お前も呑気に笑っていないで、ベスを真剣に止めろ!こいつの父親が、誰だがわかってんだろ!?この国の最高権力者だぞ!」
「でも、ほら、子どもの言うことだし・・・」
「アンナ!お前もアホなことを言わずに止めろ!父親ってものは、娘に寄りつく男に容赦ないんだよ!」
「陛下は穏やかな方よ?」
「娘については別だろ!絶対、俺、なにか理由をつけられて牢の中だぜ?」
「兄上は、権力を乱用するなようなことは絶対にしない」
「いや、別に陛下の悪口言ってるわけじゃないから!世の中の父親は、そういうもんだって言ってんだよ!!」
「セオドアったら、大袈裟よ」
「お前、知らねーから言えるんだよ!ベスが訓練場を見に来るたびに、あのおっさん、後ろからこっそりついてきてんだよ!騎士団の連中は、皆知ってるんだからな!」
(・・・今、陛下を『おっさん』呼ばわりした?)
陛下が大好きなアルバート様がさすがに怒るかと心配して、そっと様子を窺ったが、特に表情の変化は見られなかった。
「そんなに心配しなくていい。兄上に限っては、大丈夫だ。セオドアがベスを大事にさえすれば、婿として喜んで受け入れるはずだ」
「いや、前提条件間違ってるから!俺、まだ彼女もいないのに、いつの間にベスの婿になることにしてんだよ!あいつ、まだ8歳だぜ?俺を犯罪者にするつもりか!?」
「大丈夫よ。誰も本気にしないわよ。ベスだって、深い意味があって口にしたわけではないと思うわ」
「そんなことわかってるよ!でも、あいつの父親が納得するかよ!?」
「兄上は、ベスを目の中に入れても痛くないほど可愛がっているしな」
「それがわかっているなら、ベスを止めてくれよ!」
焦るセオドアを宥めていると、不意に涼しい風が私の頬を撫でた。
振り向くと扉が開いていて、ベスの姿はどこにも見えなかった。
「あ・・・、ベスがいないわ」
「うわっ、嘘だろ!?あいつ、まさか陛下のとこに行ったのか!?」
「そうじゃないのか?」
アルバート様の言葉を聞き終える前に、セオドアがすごい勢いでベスを追いかけて行ってしまった。
セオドアの足の速さは折り紙付きだが、ベスは子どもながらに驚異の運動能力を誇る。
陛下に報告される前に、セオドアがベスに追いつけて説得できるかは定かではない。
「・・・・・・あっという間に行ってしまいましたね」
「ああ、そうだな」
「セオドアは、ベスに追いつけるかしら?」
「さあ、どうだろうね。ベスは足が速いからね」
もしこのことが陛下の耳に入ったら、ベスを溺愛している陛下はどうするのだろう。
ベスが成人することを考えただけで、涙が出そうになっていた陛下だ。
さぞかし複雑な心境になるに違いない。
「・・・・・・セオドアは、女性に振り回される運命なのかもな」
「えっ?アルバート様、何か言いましたか?」
「ああ、いや、何でもない。そろそろ時間だから、私たちも行こうか」
「はい」
差し出してくれたアルバート様の手を、迷わずしっかりと握った。
これから王都をパレードし、その後、人生を共にする結婚式を行うのだ。
緊張もしているが、その手の温もりに安心する自分がいた。
お読みいただき、ありがとうございます。
ブクマ、評価をしていただきありがとうございました。
作中のセオドアたちの握手についてですが、「15 友情と年齢確認」「44 和解」をご覧いただけると嬉しいです。
また、「60 馬車」の中で、セオドアがアルバート様に敬称を付けている箇所がありましたので、訂正いたしました。
ご理解いただけると幸いです。




