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婚約破棄されたら幸せを拾いました  作者: 夏つばき


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118/153

118 ドレス


「わぁ・・・!」


用意されたドレスの眩いばかりの美しさに、つい声を上げてしまった。

三体のトルソーには、それぞれ趣の異なるドレスが着せられていた。

しかも、その一着一着に合わせて、アクセサリーと靴まで揃えられている。


(こんなに美しいドレスなんて、見たことないわ・・・!)

どれほどの贅を尽くしたら、こんなに美しいドレスが仕上がるのだろう。

見るだけで心が震え、思わず手を伸ばしたくなる。

高価すぎて絶対に買えないけれど、せめて試着だけでもしてみたい。


(・・・でも、一度袖を通してしまったら、断るわけにはいかないわよね)

そう考えると残念な気持ちになるが、私には、こんなに素晴らしいドレスを間近で見る機会さえない。

例え買わなくても、見るぐらいなら許されるだろうと思って、そっと足を進める。


(・・・一度でいいから、こんな大人っぽいドレスを着てみたいわね)

胸を高鳴らせつつ、まず視界に飛び込んだ深紅のドレスに近寄った。

ウエスト部分が細く絞られ、そこへ結ばれたリボンが後ろへ流れるように垂れている。

まるで薔薇の花のように鮮やかだった。


(茶色のドレスも素敵ね・・・!)

次に目を遣ったのは、濃い茶色のドレスだ。

胸元や袖に繊細なレースが重ねられ、凛とした上品さを漂わせている。

スカートのふんわりとした広がりが、すごく可愛い。

上品さと可憐さを併せ持つドレスだ。

このドレスなら、場所や場面を問わず、どこへ出ても通用するだろう。


(だけど、やっぱり気になるのは、ロイヤルブルーのドレスよね)

深みのあるロイヤルブルーの生地が光を受けて輝き、宝石を編み上げたかのように輝いていた。

今や家宝となった、このタンザナイトのネックレスに、あつらえたかのようなドレスだ。


なにより、アルバート様の瞳と同じ色である。

もし叶うなら、このドレスを着て、アルバート様の隣に立ちたい。


(・・・・・・まあ、買えないけどね)

羨望と諦めの混じった気持ちでドレスを眺めていたら、イザベラ様が声をかけてきた。


「どう?気に入ったかしら?」

「ええ、とても素敵なドレスですよね。こんなに綺麗なドレス、初めて見ました」

「そう、良かったわ」


普段から美しいものに囲まれているイザベラ様にとって、これらはさして珍しいものではないのだろう。

イザベラ様は、さほど興味もなさそうに軽く頷いた。

きっとこの方は、欲しくても手に入らない寂しさと虚しさを、一生理解することはできないだろう。


「でも、私にはお金がないので買えません。申し訳ありませんが、返品させてください」

「はぁ?」

「もちろん、かかった補正代はきちんとお支払いします」

「はぁぁぁぁ?」


私の申し出に、拳を握りしめたイザベラ様が怒りの声を張り上げた。


「貴女、なにを言っているの?全部買うに決まってるでしょう?」


「折角ご用意していただいたのに申し訳ありません。ですが、私には到底買えません。どうか返品させてください」

「そんな恥ずかしいことできるわけないでしょう!?貴女、ちゃんと聞いてた!?私、ダニエル様の前で、全部買うって言ったわよね!?」

「そうおっしゃられても、私にはお金が・・・」


頼むから、イザベラ様にはどうか私の話を聞いてほしい。

お金のあるイザベラ様にはわからないだろうが、買いたくても買えないのだ。

必死に言い募ろうとする私に、イザベラ様は勢いよく扇子を突きつけ、私の言葉を遮った。


「誰が貴女にお金を払わせるなんて言ったかしら?私が払うに決まっているでしょう!?」


「・・・・・・・・・は?」

「なによ、その顔は!私が最初から払うって言ってるでしょう!?貴女が気に入っても、気に入らなくても、全部買うわよ!?」

「いえ。イザベラ様が支払うなんて、一言も聞いていません」


私の冷静な返しに、イザベラ様の頬に赤みが走った。

記憶を辿ってみても、イザベラ様が支払うなどという言葉は、どこにも見当たらなかった。

言われてもいない言葉を理解しろだなんて、あまりにも暴君が過ぎるだろう。


「そんなこと、言わなくてもわかるでしょう!?」

「えっ?言われてもいないことなんて、わかるはずないじゃないですか」

「貴女、本っ当に鈍いわよね!」

「そんな理不尽なことを言われても困ります。どうして私に、イザベラ様がドレスを買うんですか?」


「アルバートたちを助けてもらったお礼よ!」


「・・・・・・・・・えっ?」

「『えっ』てなによ!?」

「あ、いえ、すみません、思ってもいなかったものですから・・・」

「はぁ?なによ、それは。・・・・・・あっ、もしかして、私が貴女に嫌がらせで買わせるつもりだとでも思っていたの!?」


「・・・・・・いえ、そんなわけでは」

「絶対に思っていたわよね!?」

「・・・いえ」

「思ってたでしょう!?私がそんなひどいことをする人間に見えたっていうの!?」


イザベラ様の顔は、ついに真っ赤になってしまった。


きちんと確かめなかった私も悪いとは思う。

でも、あの状況でお礼を目的にドレスを頼んだなんて、到底考えられないだろう。


「私の勘違いで不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。ですが、イザベラ様は、私たちの結婚に反対していましたよね?」

「ええ!そうよ!!でも、それとこれとは別よ!!!私は助けてもらったのにお礼をしないような、恥知らずの人間じゃないわよ!!!」


(私のことは嫌いなのに、お礼はするつもりだったの?)

礼儀と感情は、別物だということだろうか。


「・・・あの、でも、お礼は要らないと、馬車の中で申し上げたはずです」


「私があげるって言ってるんだから、いいでしょう!?ありがたく受け取りなさいよ!!もしかして、私の贈り物は受け取れないとでも言ってるの!?」

「いえ、そんなことはありませんが、あまりにも高価すぎて・・・」

「なによ!私の財力を馬鹿にしているの!?たかだかドレスの一枚や二枚で揺らぐ公爵家とでも!?」

「そんなことは全く思っていません。ただ、あまりにも高価です」


(・・・正確には、三着だけどね)

そして、アクセサリーと靴までしっかり揃えてある。

品質の高さでも知られるが、値段の高さでも有名なアスター商会である。

総額を想像するだけで、恐ろしくて眩暈がしてくる。


「私が贈るって、言ってるのよ!?」

「でも、本当に、こんな高価な物を受け取るわけにはいかないので・・・」

「だから、そんなことは貴女は気にしないくていいのよ!折角あげるって言ってるんだから、貰っておけばいいでしょう!?」


叫びすぎたのか、ぜいぜいとイザベラ様は肩を上下に動かしている。

イザベラ様からの贈り物を受け取るべきか、否か。

考えるまでもなく答えは出ているのだが、イザベラ様を納得させるには、一体どうすればいいのだろう。


「・・・・・・あの、正直なことを申し上げていいでしょうか」

「ええ、いいわよ」


「私は、イザベラ様のことをよく存じ上げていません」

「ええ、そうでしょうね。今日会ったばかりだしね」

「そんな方から、こんな高価な贈り物をいただいては、私は今後イザベラ様に負い目を感じそうです。申し訳ありませんが、辞退させてください」


「・・・・・・・貴女、私が貴女を懐柔するために、ドレスを贈るとでも思っているのかしら?」


イザベラ様が、心外だと言わんばかりに、眉間に力を入れて目を吊り上げている。


「そんなことはありません。あの、でも、本当にお礼として贈ってくださるつもりだったんですか?」

「ええ、そうよ!だって大事な弟と姪を助けてくれたのよ!!お兄様からの褒美も辞退したって聞いたし、感謝の気持ちぐらい表したいじゃない!!!」


「感謝の気持ち・・・」

「ええ、そうよ!なにか文句でもあるの!?」

「イザベラ様が、私に感謝・・・」

「だからそう言ってるでしょう!?しつこいわよ!!」

「いえ。お心遣い、ありがとうございます」


イザベラ様はそっぽを向いて、せわしなく扇子でパタパタと自分を扇ぎ始めた。

もしかしたら、照れているのかもしれない。


(アルバート様たちの言う通りだったわね)

この方は無神経で言葉はきついけれど、悪い人ではないのだろう。


「じゃあ、受け取るのよね?」

「いいえ。私には、そのお気持ちだけで十分です。それに本音を言うと、エリザベス王女殿下と過ごした日々は、大事な思い出として取っておきたいのです。あの日々をお金に換算したくないのです」


「・・・・・・そんな風に思うの?」

「はい。少なくとも私はそう思います」


「・・・本当に、感謝の気持ちだけでいいの?」

「ええ。イザベラ様がそう思ってくださったことが、一番嬉しいです」


「でも、気持ちって見えないでしょう?」

「見えなくても、感じることはできます。気持ちは、物以上に心に残りますよね。イザベラ様は、そうじゃないんですか?」


尋ねた瞬間、ほんの少しだけイザベラ様の瞳が揺らいだ。

お金は気持ちの目安にはなり得るが、気持ちそのものを貨幣で量ることはできない。


「・・・・・・・あ、そう。じゃあ、いいわ」

「イザベラ様のお気持ちを無下にしてしまい、申し訳ありません」


「・・・いいわよ、別に」


イザベラ様の肩が落ち、背中が丸くなった。

あんなに勢いよく言葉を発していた唇は、今や固く結ばれている。

その様子を見た途端、罪悪感が沸き上がり、胸が締め付けられた。


(・・・私、ヘンリー様と同じことをしてしまったわ)

嫌がらせをするような人間だと思われていたのかと、あれほどショックを受けたのに、私はイザベラ様に同じことをしてしまった。

悪意がなかったとしても、許されるものではない。

またしても自分の未熟さに嫌気がさし、唇を強く噛んだ。



お読みいただきありがとうございました。

ブクマ、評価をしていただき、本当にありがとうございます。


18世紀以前の青は天然素材が主流のため、鮮やかな青は非常に高価だったそうです。

ロイヤルブルーは、18世紀後半に化学的に安定した青色顔料として確立しました。

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