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狛犬に娶られました  作者: 九条 睦月


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忍び寄る影(13)

 玲二は表情を歪めながらも一礼し、そそくさとこの場を後にする。

 彼が完全に敷地の外に出たのを確認すると、ようやく全員の身体から力が抜けた。いや、全員ではない。司狼とツキ以外、だ。


「ツキ、抱っこしようか!」

「ワォン」


 ツキは司狼の腕をすり抜け、春南と更紗の足元に駆け寄り、鼻をぐりぐりと擦り付ける。その姿を遠い目で見つめ、司狼は肩を落とした。


「そうか、やっぱりそっちがいいか」

「これくらいで凹むなよ。俺がツキでもそうだわ」

「それはわかるが、ちょっとくらい構ってくれても……」


 司狼と陽の気の抜けた会話に笑いを堪えつつ、更紗は内心ドキドキしていた。

 非常事態とはいえ、朔を愛していると明言し、おまけに向こうに見せつけるようなことまでして──。朔は、どう思っただろうか。

 朔はいまだ更紗を抱いたままだ。何となくいたたまれなくなり、更紗はツキを抱き上げようと、屈んだ。


「……」


 だがその前に、朔の腕に力がこもる。そのせいで更紗は全く動けず、結局は屈めなかった。そうこうしているうちに、ツキの身体が片手でひょいと抱き上げられる。陽だ。


「ツキ、今は邪魔すんなよ。更紗さんは朔に譲ってやれ」

「ギャウ!」

「春南もいるだろ?」

「……クゥーン」


 ツキが春南に向かって尻尾をフリフリする。春南は笑いながら、陽からツキを受け取った。


「そうよ、ツキ。私がいるでしょう?」

「ワォン!」

「ってことで」


 陽が朔の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。本当は払いのけたいのだろうが、両の腕は更紗から離れない。朔は、首をブンと振りながら、陽を軽く睨んだ。


「ウザい」

「お前、そんなこと言っていいの? 邪魔されてもいいっていうなら、ツキを自由にするけど?」

「……断る」


 ムスッと不機嫌な顔で答える朔が、とんでもなく可愛く見える。その顔は、本当に不機嫌なわけではなく、照れを隠し、拗ねているものだった。陽もそれを心得ているから、ニヤニヤしながらずっと朔の頭を撫でまわしている。


「陽!」

「久々に弟を可愛がれて、俺も癒されたわ。それじゃ、あとは二人でごゆっくり! ツキが散らかした落ち葉はこっちで片付けておく」

「え、陽さん、それは……」


 慌てる更紗だが、春南も陽と口を揃えるように、いいからと言う。その上、司狼からも朔の守りをしてくれと言われてしまえば、おとなしく頷くしかない。


「守り、とか言われてますけど?」


 この場合の守りは、守ることではなく、子守りという意味だ。更紗と朔ではむしろ逆ではないかと思うのだが、朔は特段気分を害している様子はない。


「何でもいい。今は離したくない」


 その直球の言葉に、火を噴きそうになる。


「朔さんって……天然ですか?」

「なんだ、それは?」

「いえ……」


 何かを意図したり、狙っているわけではない。ただ、今思っている正直な気持ちを、ストレートに言葉にしているだけだ。

 大人になってもそれができる純粋さが朔にはある。そこがまた、愛しい。

 朔の腕にそっと触れると、朔は目を細め、一瞬のうちの更紗を横抱きにした。


「さ、朔さんっ!」

「この方が早い」

「早いって、ちょ、ちょっと! 下ろしてくださいっ!」


 更紗を抱いて家に戻る朔を見ていた残りの三人は、やれやれといった調子で肩を竦める。


「あれは……大丈夫なのか?」

「朔さんだって、ちゃんとわかってると思うけど?」

「わかってはいても、止められんこともあるからなぁ」

「親父がそれ言うか!」

「ワォン!」


 微笑ましいという気持ちと、先を案ずる気持ちとが入り乱れる。

 どちらにせよ、あの二人が互いへ向ける想いについては、真剣に考えなくてはいけない時期にきていた。


「次の満月あたりが、ヤマだろうな」


 契約期間の満了は、刻一刻と迫っていた。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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