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狛犬に娶られました  作者: 九条 睦月


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忍び寄る影(12)

 身も凍るような朔の声に、玲二の動きがピタリと止まる。その顔は、みるみるうちに醜く歪んでいった。


「!」


 朔の身体が瞬時に強い緊張に包まれる。更紗は咄嗟に朔にしがみついた。玲二から、凶悪な気配を感じたからだ。

 しかし、それはほんの一瞬で消える。玲二の顔は青白く、驚愕のあまり歪んではいたが、先ほどのような気配は一切ない。


「更紗、君は、彼と結婚したのか?」


 弱々しい声に、更紗はおそるおそる再び玲二に向き直る。そこにいるのは、凶悪な気配などとはほど遠い、普通の人間だ。

 よくわからないが、嫌な予感がした。とにかく、玲二には早々にここから立ち去ってもらいたい。

 更紗は朔を見上げ、微笑みを浮かべる。玲二に、二人の仲を見せつけるように。


「籍はまだ入れてないけど、実質そのようなものね。私たち、一緒に暮らしてるの。もう夫婦も同然」

「更紗、どうして……っ」

「私は、私の幸せを見つけたの。彼は私をとても大切にしてくれて……私は彼を愛してる。だから、もう帰って。玲二さん、あなたとは二度と会わない」

「……っ!」


 歯ぎしりする音が、ここまで聞こえてくるようだった。

 玲二はギラギラとした恨みがましい目で、更紗と朔を睨みつけている。だが──。

 一触即発といったそんな中、柏手を打つ小気味いい音が辺り一帯に響き渡る。

 全員が一斉にそちらへ目を向けると、そこには、拝殿に向かって深々を頭を垂れる司狼の姿があった。


「ウォン!」


 ツキが尻尾を振って、司狼の元へ駆け寄る。司狼は背を折り、ツキの頭をよしよしと撫でた。


「おぉ、ツキ。お前、また掃除の邪魔をして遊んでいただろう? ほどほどにしないと、春南と更紗に嫌われてしまうぞ?」

「ギャウ!」


 そんなことない、と抗議でもしているのだろうか。

 司狼とツキの会話に、たちまちこの場の緊張が解ける。

 司狼は玲二の方を見て、一礼する。宮司に頭を下げられては、玲二も同じくするしかない。

 玲二が頭を上げたタイミングで、司狼が彼に声をかけた。


「込み入ったお話のようですね。我が家でお話をされますか? 私どもも側にいることになりますが、話し合いの場は提供できますよ」

「いえ、あの、それは……。僕は、更紗と二人だけで話したいのです」

「それはなりませんな」


 穏やかな表情ではあるが、その視線は鋭い。玲二は言葉に詰まり、眉根を寄せる。


「それは……どうしてでしょうか」


 怒りを堪えながらそう問う玲二だが、司狼は意にも介さない。飄々とした調子で、彼の問いに答える。


「先ほど、私の愚息が申し上げたとおりです。更紗さんは、月川朔の嫁なのですよ」

「まだ籍は入っていないと!」

「そうですね。月川神社のしきたりに則り、二人はまだ婚約期間中なので。ですが、彼女はもう朔の嫁なのです。私どもも、更紗さんをとても大切に思っているんですよ」


 本当は契約によるものなのだが、司狼はそんなことはおくびにも出さない。物は言いようだと、更紗は妙に感心してしまった。

 だが、司狼の言った言葉が胸に響く。

 契約から始まった婚姻、朔との生活、神社での仕事。しかし今では、それが何ものにも代えがたい愛しいものになっていた。なんとしても手放したくない、大切なもの。

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