忍び寄る影(11)
「更紗と……話をさせてください。僕は、ずっと彼女を探し続けていたんです」
玲二が全員の前で頭を下げる。
そんな殊勝な態度に、陽と春南は顔を見合わせ困惑するばかりだ。朔は最大限に警戒し、鋭い目で玲二を睨みつけている。その腕には震える更紗を抱えていた。
「更紗、探したよ。あの家からもいなくなってしまって、一体どこへ行ってしまったのかと途方に暮れた。あの日別れたここへ来れば、何かわかるかもしれないと思って来てみれば……。どうして君はここにいる?」
「黙れ」
地を這うような朔の声に、更紗まで大きく身を震わせる。しまったといったように朔が舌打ちし、更紗の背を優しく撫でた。
目の前の男を見ていると、不快さがどんどん増していく。かつて更紗を裏切り悲しませたというのに、再びこうして顔を見せられる無神経さに苛立ち、腹が立った。
朔の苛立ちを一番感じているのは、抱えられている更紗だろう。それを気の毒に思ったのか、陽が間に立つ。
「朔、落ち着け」
「こいつは……っ」
「わかってるよ。あの日、悪霊に乗っ取られて更紗さんを襲った奴だろう? 手当ては親父がしてすぐに病院に運んだし、俺は顔を合せなかったから最初わからなかったけど」
そう言って、陽は玲二を見た。
「津山さん、ですよね?」
「はい」
「あなた、何がしたいんですか? 確か、あなたから別れを切り出したんですよね。既婚者だと知らせずに更紗さんを騙して不倫させて、奥さんにバレた途端に一方的に捨てた。そんなあなたが、いまさら更紗さんに顔向けできる立場じゃないでしょうに」
辛辣な言葉だった。いつも太陽のように温かく、ニコニコと笑っている陽からはとても想像がつかない。
更紗は驚いて、陽の背を見つめる。陽の背に阻まれ、玲二の姿は見えない。彼は今、どんな顔をしているのだろうか。
「お言葉ですが……それは、僕たち二人の問題です」
玲二の答えに、陽は眉をピクリと上げる。春南が陽の腕を軽く引くが、これはおそらく、陽をヒートアップさせないためだろう。
まさか、玲二がこんな答えを返すとは。更紗は驚きと同時に呆れ、失望する。話し合うでもなく、一方的に更紗を切り捨てたのは玲二だというのに。
二人の問題、それは確かにそうだ。これは、更紗と玲二の問題で、他の彼らには関係がない。だが、お前がそれを言うのかと、更紗は悔しくて唇を噛んだ。
「更紗、噛むな」
朔の親指が更紗の唇に触れる。更紗は強く目を閉じ、心を落ち着ける。
ここは、自分が何とかしないと。
更紗は朔の腕から逃れ、数歩前に進む。玲二と更紗を阻むものは何もなくなる。更紗は本当に久方ぶりに、玲二と真っ直ぐに視線を合わせた。
あれほど愛した人だというのに、今はもう何も感じない。更紗にとって玲二は、すっかり過去の人間になっていた。
「更紗……」
「近づかないで。……私はここで、新しい生活を始めているの。だからもう構わないで。あなたはあなたのいるべき場所に戻ってほしい」
一瞬たりとも目を逸らさず、言い切った。
だが、玲二は更紗に近づき、その腕を取ろうと手を伸ばす。しかしそれは叶わなかった。彼が更紗に触れる前に、更紗は朔の腕の中にいたからだ。
「どうして邪魔をする!」
「更紗に近づくな。お前には、絶対に更紗を触れさせない」
「そんなこと、お前に言われる筋合いはない!」
玲二は完全に激昂している。だが、朔の迫力の前に為す術もなかった。立ち向かうことはおろか、手をほんの僅か動かすことさえできない。
それもそのはずだった。
抱えられている更紗ですら、それが見えるようだ。朔の身体から、怒りの炎が立ち昇り、揺らめいている。
「朔さん、落ち着いて……」
「大丈夫だ」
朔がふわりと更紗の髪を撫でる。その手の優しさに、朔は怒ってはいるが、それに捕らわれているわけではないとわかった。そのことにホッとする。
「お前は何者だ? 更紗を離せ!」
「うるさい、黙れ」
「更紗!」
「気安く名前を呼ぶな! 更紗に、俺の嫁にこれ以上近づいてみろ、お前の身の安全は保証できない」




