忍び寄る影(9)
「春南も更紗さんもごめんな。こんだけ落ち葉がすごいと、掃除が追い付かなくてさ」
家事の合間に、神社の敷地内の掃除を手伝ってほしいと陽に頼まれ、更紗たちは方々に分かれて落ち葉を集めていた。
マメに掃除をしないと、地面が見えなくなるほど落ち葉だらけになってしまう。それはそれで趣があっていいのだが、境内は神聖な場所でもあるし、落ち葉で石畳を覆ってしまうのも問題だ。参拝者が足を滑らせてしまうかもしれない。
更紗は箒で落ち葉を集めながら、時折吹く風に少し身を縮める。徐々に冷たさを増している風が、季節の移り変わりを知らせていた。
「ワォン! ワォンッ!」
「あ、こら、ツキ!」
せっかく集めた落ち葉があっという間に散らばってしまう。落ち葉を集めた山に、ツキが突っ込んできたのだ。その場ではしゃぎまわるので、もうめちゃくちゃになっている。
「もう! またやり直しじゃない!」
更紗がムッとした顔をしても、ツキはきょとんとした後に嬉しそうにじゃれてくる。更紗の足元で走り回るツキを捕まえて抱き上げると、ますますツキがご機嫌になった。
「クゥーン、クゥーーン!」
「ツキ、落ち葉で遊んじゃダメ」
「ワォン」
「わかった?」
「ウォン!」
その返事にツキを地面に下ろすが、また落ち葉に突進していく。それを見て、更紗は大きく溜息をついた。
「わかってないし!」
やれやれと肩を竦めるが、落ち葉とじゃれるツキを見ていると、怒る気も失せる。ついには落ち葉の上で転がり始めたツキに、更紗はしゃがみこみ、ツキの腹を何度も撫でる。
「あ! 更紗さん、ツキと遊んでる!」
春南に見つかってしまい、更紗は照れ笑いをしながらゆっくりと振り返った。春南は呆れたような顔をしながらも、更紗の隣にしゃがむ。
「ツキ、はしゃぎすぎ!」
「集めたそばから山を崩しちゃって」
「そうなの。毎年のことよ。だから、ツキにはお留守番をしてもらいたかったのに」
こうなることがわかっていた春南は、ツキが寝ている間にと更紗を連れ出した。にもかかわらず、ツキはすぐに二人がいないことに気付き、匂いを辿って追いかけてきてしまったのだ。
「春南さん、陽さんは?」
「裏手に行ってるわ。あそこもすごいことになってるから」
「あまり人が行かないから、積もってそうですね。陽さん、怪我してるのに大丈夫ですか?」
朔の怪我は本人の申告通り、二、三日で完治してしまった。あれほどひどい怪我だったというのに、とんでもない治癒力だ。
だが、陽は獅子の力が弱まっているので、そこまで早く傷を治すことはできないはずで、だからこそ、あの日から毎日朔が悪霊退治に出ている。幸い小物ばかりのようで、出て行っても三十分もすれば戻ってくるし、怪我もほとんどない。
「大丈夫。少しずつ治癒はしてるし、動かないと勘も鈍るから。それに、掃除くらいなら全然平気よ」
「それならいいですけど」
あの日は泣いて怒っていた春南だが、次の日にはすっかりいつものように戻っていて、更紗は春南の精神力の強さを尊敬するばかりだった。
「更紗さん」
「はい」
「なんだか、随分雰囲気が変わったわね」
「……そうですか?」
自分としては変わったつもりはなかったので、首を傾げる。春南はそんな更紗に微笑みながら、耳側で囁いた。
「可愛くなった」
「えっ!?」
思わず大きな声をあげると、ツキの耳がピクリと反応し、即座に更紗の膝に飛び乗ってくる。その勢いに押され、更紗はしりもちをついてしまう。
「ツキ~~~っ」
「ウォン?」
「あはははは!」
立ち上がって手を差し伸べつつ大笑いする春南に、更紗は顔を赤くしながらその手を取った。ツキが膝から下りた隙に、服についた砂を払って更紗も立ち上がる。
「ツキったら、ほんといたずらっ子なんだから」
「ツキは可愛い女の子が好きなんだもんねー」
「ワォン!」
その言葉にまた顔を赤らめていると、春南は目を細め、嬉しそうに笑った。
「気付いてた? 更紗さんがここへ来たばかりの頃、ほとんど笑わなかったのよ。ううん、笑ってはいたんだけど、こっちに気を遣ってって感じだった。心配させちゃいけないって。でも今は、本当に楽しそう。でね、すごく可愛くなった。まさに、恋する女の顔ね」
「こ、恋っ……って、春南さんっ」
「朔さんもどんどん優しい顔になってるし、二人はもうすっかり夫婦って感じ」
「……っ」
ここ最近の朔の言動を思い出し、さらに頬に赤味が増す。
春南だからわかってしまうのだろうか。朔と更紗の関係に、変化が訪れていることを。




