神様の思し召し(12)
「更紗さん、お身体の具合がよければ朝食にしましょう」
そういえば、昨夜から何も食べていない。気が張りつめていたので全く気にならなかったが、言われてみるとお腹がすいている。
「陽さんと朔さんは、食べずに行ってしまったんでしょうか……」
慌てて出て行った二人を思い出しながら言うと、春南はクスクスと笑いながら首を横に振った。
「まさか! 大急ぎで食べて、それから出て行ったはずですよ。司狼さんはすでに済まされています。すぐに宮司のお仕事ですからね」
「そうなんです。ご一緒できないのは残念ですが、ごゆっくりどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
司狼も足早に出て行ってしまった。再びこの部屋に女二人となり、更紗の身体から緊張が解ける。
司狼は穏やかで優しげな雰囲気だが、何となく緊張してしまう。持っているオーラのようなものがとても大きく、時に威圧感を与えるのだ。そういったものを感じるのも、月読命から与えられた力のせいなのだろうか。
陽と朔も、司狼ほどではないが、そういったオーラのようなものを感じる。それで、知らず知らずのうちに身体に力が入ってしまうのだろう。
だが、春南は違う。優しい雰囲気そのままで、一緒にいると癒される。
「ワォン!」
「わぁっ!」
すっかりその存在を忘れてしまっていたが、ツキが飛びついてきた。皆が話をしている間、どうやら布団に潜り込んでいたようだ。
ツキは嬉しそうに更紗の足元にじゃれついてくる。更紗が屈むと、ツキはペロリと更紗の頬を舐めた。
「くすぐったい」
「ツキったら、すっかり更紗さんを気に入っちゃったみたい」
「可愛い……」
頭を撫でると、ツキはブンブンと大きく尻尾を振る。そして、もっともっとというように、頭を押し付けてくる。
ツキは皆に可愛がられているのだろう。これほど人懐こいのはツキの性格もあるだろうが、可愛がられているから人間が好きなのだ。そういえば、先ほどの契約書にも、ツキの名前は当たり前のようにあった。ツキがただのペットではなく、家族である証拠だ。
「ツキは、とても可愛がられているんですね」
ねだられるまま、ツキの頭を撫でながら春南にそう言うと、春南はクスクスと笑う。
「間違ってはいないんですが……ちょっと違います。ツキはペットではなく、陽さんと朔さんの大切なサポートなんです」
「サポート……?」
春南もしゃがみ、ツキの頭を撫でる。ツキはますます嬉しそうに尻尾を振りまくった。
「ツキはこう見えて、月読命様の神使なんですよ」
「シンシ……?」
紳士? 真摯? 何のことを指しているのかわからず、更紗が眉を下げると、春南がまた笑った。
「神の使いと書いて、神使です」
「あぁ……。って、え!?」
尻尾を振って甘えてくる小さなツキを見て、更紗は目を丸くする。
こんなに小さな子犬が、月読命の神使だというのか。
「陽さんと朔さんのサポートってことは……ツキも悪霊と戦ったりするんですか?」
「えぇ。悪霊を前にしたツキは、とても勇ましいんですよ」
「へぇ……」
なんだか信じられない気持ちだ。
そんな更紗に、春南はもう一つ驚くべきことを言った。
「ツキのこと、子犬だと思ってますよね? でも違うんですよ。ツキは、狼なんです」
「お、狼っ!?」
更紗はまじまじとツキの顔を眺める。
言われてみると、犬よりも目が鋭いというか、野性的な感じがする。小さいので全体的に丸いフォルムなのだが、輪郭は子どもの割にシャープかもしれない。
更紗の視線に、ツキは不思議そうな顔をしている。しかしその間も、尻尾はパタパタと左右に振られていた。
「悪霊退治の時には、ツキも姿を変えるんです。でも、その時は二人が本当に危なくなった時だけ。だから、見ないに越したことはないです」
「危なくなった時だけ……」
それでサポートなのか、と思った。
月川神社を悪霊たちから護るのは、あくまでも獅子と狛犬なのだ。だが、二人にも手に負えないほどの敵に対しては、ツキがサポートに入るというわけか。確かに、そんなことはない方がいい。
「ツキ、すごいね」
「ウォン!」
まるで言葉がわかるみたいだ。
「ツキは獣の姿をしていますが、神使です。人の言葉はわかるんですよ」
「え! やっぱりわかるんですね……」
「ウォン、ウォン!」
ツキは楽しそうにはしゃいでいる。こんなところは、子犬にしか見えないというのに。
ひたすら驚いている更紗の手を取り、春南が立ち上がる。一緒に立ち上がった更紗に、春南はまたニッコリと微笑んだ。
「さ、朝食にしましょう。終わったら、私たちの役目についてお勉強です!」
「……はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ!」
春南の笑みに、ようやく心からの笑みを返す更紗だった。
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