神様の思し召し(10)
更紗はほんの少し朔に身体を預け、司狼を見る。更紗の瞳から怯えが消えたことを確認し、司狼は後を続けた。
「おそらく、彼はまたあなたの元へやって来ます」
「……っ」
心配していたことを言い当てられ、更紗は肩を落とす。
彼は今、病院にいるという。しかしすぐに退院するだろう。そうしたら、再び更紗の家にやって来る。今度こそ逃げられないかもしれない。
引っ越そうにも、まだ越してきたばかりだし、続けて引っ越せるようなお金はない。それに、物件探しだって時間がかかるのだ。
どうする? まさか野宿するわけにもいかないし、しばらく泊めてくれるような友人や知り合いもいない。元彼と付き合っている時に、友人たちとの縁はほとんど切れてしまった。
「またあいつが来ても、俺が守る」
「え……」
髪を撫でながら、朔が淡々と言った。
声にあまり抑揚がなく、平坦なので、そこに何の感情も見出せない。だが、朔の行動は更紗を労わるものだ。
言葉と表情、態度、それらが上手く嚙み合っていない。それでも、心配するなと、更紗に伝えたいのだろう。その気持ちは痛いほど伝わってきた。
容姿の恐ろしく整った人。よくわからない人。不思議な人。得体の知れない人。
現時点での朔の印象は、こんな感じだ。しかしそこに「根は優しい人」というのを付け加えてもいいかもしれない、と思った。
「あなたは引っ越しをしたばかりで、今は何かと物入りなはず。すぐに別の場所へ引っ越せる余裕はないと思われます」
「……はい」
強がってもしょうがないので、素直に頷く。司狼が一晩で得た更紗の情報は、驚くほど正確だ。ここで嘘をついても意味がない。
すると司狼は、フッと宮司らしからぬ笑みを浮かべた。何かを企んでいるかのような、そんな顔だ。
思わず警戒すると、司狼が「いやいや、気持ちが急きました。すみません」と言って、元の穏やかな表情に戻る。しかしそこには、まだ何か思惑が秘められているような気がした。
「あの……」
「更紗さん」
「はい」
「一つ、提案があります」
提案、それはなんだろうか。首を傾げて司狼の言葉を待つ。
司狼はスッと立ち上がり、部屋の隅にある小さな机の引き出しから何かを持ち出し、こちらに戻ってきた。
司狼が手にしていたのは、真っ白い便箋に万年筆だった。便箋を一枚ちぎり、残りを下敷きにして万年筆で何かを書き記していく。達筆な字で、ちょっと見ただけでは何を書いているのかわからなかった。
「宮司さん?」
「失礼しました。こちらをご覧ください」
「はぁ……」
手渡された便箋を見る。流れるような文字は、美しいとは思えど、読むのに苦労する。眉を顰めながら必死に便箋と格闘していると、それを見兼ねたのか、朔が横から覗き、書かれてある内容を説明した。
「これは契約書だ」
「契約書!?」
この話の流れで、何故契約書が出てくるのだ? 更紗にはさっぱりわからない。
訝しげな顔で朔を見上げるも、朔は一向に気にする様子もなく、説明を続ける。
「月川司狼、陽、朔、春南、ツキ、月川家全員で、広瀬更紗の身の安全且つ衣食住を保障する」
「え、それは……」
「つまり、お前は今日から月川の家で暮らす、ということだ。ここにいれば、あいつも近づけない」
「そうかもしれないけど!」
それは、一方的に更紗が有利ではないだろうか。契約は等価交換、つまり、更紗も何かを差し出さねばなるまい。それはこの場合──




