Log.4 ただ今準備中
なんか騒がしい、誰だ朝のこの時間からどたばたしてるのは........。
藍がなにやら忙しそうに動いている、なんだ珍しいなこんな時間から料理の準備かぁ、
あれっ、もう一人誰かいる.......。なんだ、この前来ていた、えーーーーーっと
そう、和美ではないか。二人で何やってるんだろう。ふぁーっ、まだ眠いや、そういえば
お腹空いたな。朝ご飯もらいに行こうっと。
『ミャーオゥ』
........あれ、無視したな。
『ミャーオゥ』
.............返事くらいしろよな。
『ミャーオゥ、ミャーオゥ』
『ああっ、うるさいわねぇミュー、朝ご飯ね、判ってるから、ちょっと待ってなさいっ』
うぇっ、こっ、怖い。
『ミューくん、お・は・よ・う、お寝坊さんだねぇ』
和美が顔を近づけてきた、少し後ずさり。
『あーっ、逃げるなぁ』
『和美ぃ、そんな遊んでないでさぁ、ミューにそこの缶詰開けてやってくれない』
『了解』
和美が棚から猫缶を取り出して、蓋を開けている。それを皿の上にひっくり返して..。
『はい、ご飯よー』
へへっ、頂きます。うん、やだなあ、和美がじっと見てるよ。ちょっと向きを変えよう。
『あれっ、照れ屋さんだねぇ、横向いちゃってさぁ』
うっ、うるさいな、人もとい猫の食事を覗くのはマナー違反だぞ。
『ふーん、食べる時って、尻尾も動いてるんだ』
だっ、だからじっと見るんじゃない。
『和美ぃ、今日は誰のための日なのかなぁ』
『へへーっ、ごめんごめん、次は何すればいい?』
『オードブルはこれだけでいいよね』
『おーっ、美しい、料理は文化だ』
なんか場違いな感動をしてるな、ふーっ、ご馳走様。さてと食後の睡眠といくか。
『馬鹿なこと言ってないでさぁ、自分でもっと料理勉強したらぁ』
『うーん、自分家だとね、母さんが全部してくれるから手を出しにくいのよねぇ』
『とかなんとか言って、ただ楽してるだけじゃないのー』
『へへっ、ばれたか』
『料理もできないと、洋介さんに嫌われちゃうぞぉ』
『そう、それが問題よねぇ』
『何がぁ』
『だって、洋介さんが、「これ全部君が作ったのかい」、なんて聞かれたらどうしようか
な、って想ってねぇ』
『正直に言えばぁ』
『そんなぁ、冷たいわねぇ、だからメインディッシュは私が頑張るから教えて、お願い!』
相変わらず調子の良い娘だ、さてとソファーの上へと行こうか、ん、何か紙が置いてあ
るな。これは藍が昨夜見てたやつだな。どれどれ、えっと何か名前がいっぱい書いてある。
立花美央、田中里佳、風見藍、高村和美、ふんふん、で、葛西洋介、一ノ瀬竜也、兵頭隆。
なんだ、今日のパーティに来る連中の名前か。7人、どうも今日は隅っこにいないと危な
い気がするな、まあいいや、来てから考えようか、おやすみ。
『じゃあね、先ず材料の下拵えから始めようかぁ』
藍が和美にレクチャーを始めたようだ。本当に食べれるかどうか怪しいものだ。
『えっ、これ私がやるの』
『そうよ、まず基本から叩きこまなくっちゃ、ね』
『優しくしてねぇ、お師匠様ぁ』
『ほぅ、珍しく殊勝な心掛けだな、だが、優しいかどうかお前次第じゃ、ほっほっほっ』
『くぅー、頑張るぜぃ』
また、お芝居ごっこかよ。おーおー、二人でキャーキャー、ワーワーと始めたな。ここ
はかなりうるさいな、ソファの後ろなら少しはましかな。それじゃ寝よう......。
...........ん、なんだまだ芝居してるのか、なんか焦げ臭いような...。
『わーっ、なんか煙が出るわよー、藍ーっ、どうしようーっ』
『キャー、和美ぃ、何やってんのよぉー、さっさとスイッチ切ってーっ』
『あっ、そっ、そうねっ』
ソファの横から覗くと、何を燃やしたのか、キッチン付近にうっすらと煙が漂っている、
和美が恐る恐るオーブンに近づいている。
『わーっ、びっくりしたぁ、ねぇどうなったのかしら』
『こっちが、びっくりするわよぉ、何焼いてたのよ』
『例のチキン』
『おっかしいなぁ、そんな煙が出るほど温度設定も高くないし』
ガチャッとオーブンの扉を開ける音がして、また煙が流れだしている。藍は耐熱手袋を
はめてトレイを引き出している。
『うわぁっ、何これ、何か張り付いてるけど』
和美が横から覗きこんで
『ああっ、しまったラップ付けたまま入れちゃったみたい』
『みたいじゃなくてさあ、もうべったりと溶けて張り付いてるわよー』
『どうしよう、なんとかなる?』
『ご覧の通り、これじゃ猫の餌にもできません』
おいおい、ここで引き合いに出さないように。
『うーん、どうしたらいい?』
『まだ時間あるから作り直しね、はい、チキン丸ごと買ってきなさい』
『えーっ、私が?』
『じゃあ、無しでも良いのよ、わ・た・し・はね』
『ふぇーっ、メイン無しじゃあ寂しいわよ』
『どうするの、行くの、行かないの?』
『いっ、行けばいいんでしょ、行けばぁ』
和美はぶんむくれ状態だ。
『誰のせいよっ!』
藍の怒り炸裂っ。
『キャァッ、ごめん、行って来まーすっ』
和美はダッシュで買い物に行った。
『本当にしょうがないんだから、もうっ、それより、どうしようかなこれ』
藍がこちらを見て、にこりとした。背筋を悪寒が走る。
『ミュー、あのねえ、お腹空いてない?』
そういえば、ちょっと...。いけない、今は空いてないことにしておこう。こういう
時には知らん振りして寝るに限る。おやすみ。
『ミュー、ちょっとおいでぇ』
人間が猫なで声を出すときは良い事など何もない。
『ミューってばぁ』
うわっ、ソファーの上から手が降ってきた。
『逃げるんじゃないっ!』
捕まってしまった。
『暴れちゃ、だめだよぉ、それに何でも食べないとねぇ』
猫の餌にもならないと、さっき自分で言っってたくせに、嘘つき。無理にもがけば逃げ
られそうだが、変に爪でも出そうものなら、後で何言われるか判ったもんじゃない。で、
どこへ連れて行くつもりだ。げっ、またあのケージに入れられるのかよ、勘弁して欲しい
ぜ。鳴き声をあげる暇も無くケージの中へ入れられてしまった。
『さてと、どうせミューは鶏の皮のところ嫌いでしょ、ちゃんと綺麗にとってあげるか
らしばらくそこで大人しく待ってなさいね』
しまったなぁ、さっさと散歩にでも行くべきだったか、でも、結果としては同じ事か。
藍はせっせと鶏の皮向きに余念が無い、そして器用に丸ごとだった鶏を切り分けていって
る、ふーん巧いもんだ。どちらにしても私一匹で全部食べられる訳ではないし、多分何日
かに分けて......。おい、当分鶏肉ばかりじゃ情無い食生活になりそうじゃないか
なんてことだよ。もう考えるのは止めよう、ここじゃ身動きもできないし、寝よっと。
ん?、そこの人、今思ったでしょ「寝てばっかり」って、だってやること無いからね。
『ただいまーっ』
和美が帰って来たようだな。
『遅いじゃないの、どこまで買いにいったのよぉ』
『へへっ、ちょっとこれをついでに..』
『何それ、あっ、ワインなんか買ってきたのぉ』
『ちょっとはアルコールがあった方がいいかなと思ってさぁ』
『だって、あの人達が酔ったところ見た事ないし、どうなっても知らないよぉ、まあ、
いざという時は和美に責任取ってもらうからねぇ』
『えーっ、なによそれ、私が酔っ払いの面倒見るのぉ』
『じゃあ、洋介さんが酔ったら誰が介抱するのっかなぁ?私?』
『ダメ、いくら藍でもそれだけは絶対ダメ』
『私は別にいいけどねぇ』
『何よ、ひょっとして藍.....まさかぁ』
『違うわよ、第一私の好みと違うの知ってるでしょ』
『そうよねぇ、藍の好みというとさぁ、どっちかというと、そうそう一ノ瀬さんみたい
な感じの人じゃない?』
おや、藍がちょっとぎくりとしたようだ、眼が落ち着かないし。和美は続けてしゃべっ
ている。
『あの人ってさぁ、なんか昔の若武者って感じがするよね、ちょっと、キリリとしてて
さぁ、なんか凛々しいっていう言葉がぴったりだよねぇ、ねえ藍?』
『ハイハイ、和美の男性批評は今度ゆっくり聞くから、それよりワインは一本だけなら
認めてあげます』
『ほーい、やりぃ』
『じゃあ、チキンをやり直すからさぁ、頑張るのよ』
『あぁ、そうだった』
和美は再びしょげている、藍はチキンをタッパーに詰めて冷凍庫に入れている。あれが
何日続くのかと思うと....私もしょげたい気分だ。
『あれっ、なんでミュー君ケージに入ってるの』
『さっきのチキンの処分係よ』
『うわー、ごめんねミュー君、私のせいで、そんなことになっちゃってぇ』
和美........言葉はともかく、目が笑ってるぞ。
『さあてと、もう一度最初からやるわよ、和美』
『へぇへぇ、んじゃ、やりましょうかねぇ』
『もう、今度は失敗してる時間はないわよぉ』
『んもぅ、判ってるわよ』
私からもお願いする、これ以上チキンの食事を増やさないでくれ。
『和美ぃ、手順はさっき教えたから、ほとんど一人でできるでしょ』
『うーん、やっぱりちょっと心配なんだけどねぇ、って、藍どっか行くの?』
和美は不安そうな眼差しを藍に向けている。
『違うわよぉ、食後のデザートを準備しておかなきゃね』
『あっ、そっか、そうだよね、うん、じゃあ時々見てよね』
『ハイハイ、お嬢様』
『んー、もぅっ』
再び、にこにこ顔で和美はチキンの下拵えを始めた。藍はというと計量カップとか色々
とお菓子作りの道具を取り出している。ところで私はいったいなんのためにここに入れら
れたんだ。別に捕まえなくても毎日でもチキンが出ればそれを食べなきゃならないのに、
おーい出してくれよう。
『ミャーゴゥ』
『あれっ、ミューまだそんなとこにいたの』
そんなところは無いだろ、そ・ん・な・と・こ・ろ、は....
『扉閉めてないから、出られるでしょ』
うぐっ、気、気付かなかった、くそー、なんてやつだ。いまさら出ていくのもきまりが
悪いぞ。
『なんか、ミュー君、出にくいみたいねぇ、うふふっ、じゃあ私が出してあげるねぇ』
いや、和美の手を借りるつもりは毛頭ない、さっさと出ていこう。
『あっ、さっさと出てきちゃったじゃない、なんか感じ悪ーっ、ねえ藍?』
『なあにぃ』
『ミュー君てさぁ、私達の言葉が判るのかなぁ』
『さあ、どうかなぁ、でも変わり者ってのは良く判るでしょ?』
『確かにね、うーん、変わり者だわ』
和美、そんなに、強く念を押さなくてもいい。それに藍、何度も言うが余計なお世話だ。
『ミャーゴ』
『なんか不服そうだわよ、ミュー君』
『和美、サボってると、また焦げたりするわよ、いいのかな?』
『いけない、そうだわ、ミュー君また遊ぼうねぇ』
んーっ、今度はいい香りがして来た、でも、今はお腹より、喉が渇いてきたな、えっと
私のミルク皿はと、ああ、あそこ置いてある。じゃあ近くに寄って行って。
『ミャーオゥ、ミャーオゥ』
『うんっ、何、ミュー』
前足で皿を押えてと。
『ミャーオゥ』
うん、我ながら可愛く鳴けるもんだな。
『ああ、ミルクね、今あげるから、ちょっと待ってて』
藍は冷蔵庫を開けてミルクのパックを取り出して、私のミルク皿に注いでいる。
『あっ、あのさぁ藍』
『ん、何よ』
『あなた、ミュー君の言いたい事がわかるの?』
『そうね、なんとなくだけどね、ミューが家に来た時からずっと一緒だから、何がした
いのかは、なんとなく伝わってくるんだよね』
『ふーん、いいなぁ、そういうのってさぁ、なんか羨ましいなぁ』
『和美の家は何も飼ってなかったっけ?』
『うーん、犬はいるわよ、でも大型犬だから散歩にも連れていけないしね』
『まあ、いいじゃない、もう直ぐペットより愛しい方が見えるでしょ』
『何よぉ、その言い方ぁ、失礼ねぇ、ねえミュー君』
そうだ、そうだ、確かに失礼だが、私はミルクを飲むのに忙しい。
『ありゃぁ、全く無視だわね』
そりゃ当然、猫の食事中は何を言っても無駄だってこと知らないのかな。
『あははっ、猫はそんなものよ、それよりちょっとこっち手伝ってよ』
『そっかぁ、猫は身勝手だって良く言うもんねぇ』
身勝手なのは猫だけではあるまいに......。ごちそうさま、さあ寝るか。二人は
食後のデザートの準備を始めている。何を作るんだろう、和美はりんごの皮剥きを始めて、
藍は小麦粉を練り始めたということは、藍特製のアップルパイでも作るのだろう、それで
はおやすみ。
つづく