幸せの崩壊
魔法を使える者しか通うことのできない、三年制の王立魔法学園。
その卒業パーティーの会場で、アイレス侯爵令嬢ベアトリーチェは無邪気に笑っていた。
「シルヴァン、このケーキとても美味しいわ! シルヴァンもどう?」
「あはは、ビーチェは相変わらず……お転婆で可愛いなぁ」
「もう、それ褒めてるの?」
「褒めてるよ。もう十八歳なのにちょっと子供みたいで、出会ってからずっと可愛い俺の婚約者様」
シルヴァンはそう言って、ベアトリーチェの髪にキスを落とす。
この国三大貴族、炎を司るレグナール公爵家。その嫡子でありながら、圧倒的な美貌を持ち、さらに実技も座学もトップクラス。なのに誰にでも気さくに接するから、クラスの……いや、学園中の人気者だった。
そんな麗しく素晴らしい男が、私の婚約者だなんて。未だに信じられない気持ちになる時がある。
ベアトリーチェはシルヴァンのことが大好きだ。学園入学の半年前、婚約者候補として出会った彼に一目惚れをした。シルヴァンも私のことを気に入ってくれて、私達はすぐに両想いになった。
私なんて、水魔法の名門に生まれながら、クラスで最下位の実技の成績しか取れないような落ちこぼれなのに。シルヴァンは、そんな私を好きだと言ってくれる。
私は世界一の幸せ者だ。
「あ、ダンスの時間が始まるわ。シルヴァン、これだけ飲んだら踊りましょう! はい、グラス」
「ありがとう」
私はウェイターから適当に受け取ったグラスをシルヴァンに渡す。シルヴァンの、ゆっくりと上下する喉仏さえも好きだ、と思う。
「じゃあ、踊りましょう?」
シルヴァンが飲み終わったことを確認して、私はシルヴァンの温かい手を取って、ダンスホールまで連れて行こうとする。……が、シルヴァンは私の手を握り返してくれない。
そして次の瞬間、シルヴァンは苦しそうに胸を抑えて荒い呼吸を始めた。
「シルヴァン……? どうしたの、具合が悪いのね!? 今ドクターを……」
「ビー……チェ…………っ」
シルヴァンがカハッと何かを吐き出す。赤黒い、なにか。これはワインじゃない、血だ。
そして、荒い呼吸をしていたシルヴァンは、私を見て優しく微笑んで……そのまま倒れ込んだ。
「……シル、ヴァン……?」
一拍置いて、会場内が悲鳴に包まれる。
倒れた、シルヴァンが、血を吐いた。大好きなシルヴァン。その手が、冷たくなっていく。顔色が悪い。
卒業生達がどよめき、大混乱に陥る中、私は凪いでいた。
だって、シルヴァンが、血を吐くなんて、そんな、そんなこと。
「そんなわけ、ないじゃない……」
私達は来週結婚式を挙げる予定の婚約者で、恋人で、一生を誓い合った仲で……。そんな幸せいっぱいの今、シルヴァンが私を置いていくなんて、そんなわけないでしょう?
「ベアトリーチェ様、大丈夫ですか?」
無表情で立ち尽くす私に、近くにいた女生徒が声をかけてきた。
「大丈夫って、なにが……?」
「え、いえ、その……こんな状況ですし、顔色が悪いので、控え室で休まれた方が……」
「顔色……? それはシルヴァンの方よ。急いで彼を休ませてあげないと……」
「ベアトリーチェ様……」
女生徒が、これ以上は何も言えないと私のそばから去っていった。
シルヴァンが、教師やドクターによって囲まれる。ドクターはシルヴァンの首にそっと手を当ててから、顔を歪ませて一言「脈がありません」と呟いた。
「……なんで? なんで、なんで、なんでよぉ……!」
私は引いていく血の気の中でひたすら「なんで」と繰り返して、その場に蹲るようにしてふらりと意識を失ったのだった。




