襲撃
すいません、ほんとすいません
ガタガタと揺れる馬車に身を任せ、俺はゆっくりと目を閉じた。今は南西にある王都に帰還している最中である。
何度か言ったが、馬車は嫌いだ。
まず車輪というのが好きではない。理由は簡単、挽肉にされたから。
次に、暇だ。戦戯をやろうにも、揺れてしまって駒が動くし、本を読もうにも酔う。話し相手の姉様は眠ってしまったので、他の者と話そうにも小声で話すのも面倒だ。
姉様のように寝てもいいのだが、この振動の中眠れるほど寝つきが良くない。
窓を開けて外を眺める。三十騎ほどの騎兵が周囲を警戒し、その外側にも百を超える歩兵が周囲を囲っていた。
物語で主人公が襲われる馬車を助けることが多々あるが、実際そんなことは考えにくい。
護衛は遮蔽物の少ない平野をルートに選ぶし、姉様も御伽噺のお姫様のように無茶は言うタイプではない。
神官たちが鷹を飛ばせているので、視界に入れば即座に厳戒態勢が敷かれる。
きっとこの馬車を襲うような山賊や野獣などいないだろう。
…フラグ、ではないよな?よ、な?
ただ、子供の体とは単純なもの。黙って楽な姿勢であると眠くなってしまうのだ。
————
凄まじい風雷の音に俺は目を覚ました。
「雨か」
「そのようにございますな」
バルドルトは落ち着かなそうに視線を動かしている。
「バルドルトどうしたんだ?」
「いえ、これほど強い雨は珍しいのですが…まあ大したことではありますまい」
バルドルトは安心させるように笑顔を作った。
「別にそういうこともあろう」
「そうですな、そうですな。あり得ないとは言い難い物ゆえ。ただ…王都に近く殿下もいらっしゃるというのに」
俺がいることがなんだというのだ。ぶつぶつ呟いているバルドルトから目を外せば、ノルベルトの姿がない。
「ノルベルトがいないようだな」
「アーベライ卿は先程部隊の指揮のために馬車を降りられました」
「そうか」
独り言のつもりだったが、姉様付きの女騎士名前は…なんと言ったかな、が答えてくれた。
「それにしてもまだ寝ているとは。姉様は大概図太い」
「姉に向かって太いだなんて、母様が聞いたら三ヶ月はおやつ抜きね」
やめてください、お願いします。俺の唯一の娯楽を取らないで。
「お、起きていたんですか」
「ふんっ」
「ね、姉様?」
「ふんっ」
つい敬語になっていた俺をバルドルトと女騎士の生温かい目をして見ている。
「なんだ?」
「いえ、少々微笑ましかっただけです」
「そ、そうか」
ストレートに言うバルドルトに、不覚にも少し狼狽てしまった自分にまた狼狽える。
「ねえ、ルディ」
「なに、姉様」
「ん」
「え?」
「ん!」
「どうしたの?」
姉様は、ため息を吐いてこちらに向き直る。
「悪いと思ったらどうするの?」
「えっと…」
「ごめんなさいは?」
「あ、ごめんなさい」
そうだ、そう言えば一度も謝っていなかった。生まれてから一度も。生まれる前も。
「ごめんなさい姉様」
「うん。いいよ!」
姉様は俺の両頬を掴みグニグニと弄る。
「やへてやへてよねえひゃは」
姉様はコロコロと笑いながら頬を掴んで離さない。
いつの間にか俺も笑い始めていた。
笑っている姉様の顔に青い光が当たり、そのすぐ後に耳をつんざくようや雷鳴が響いた。
その直後、甲高い笛の音が三度響く。
即座に女騎士が剣を抜き、出入り口に向かって盾を構えた。
「何事だ!」
意識を扉から離そうとしない女騎士に代わり、バルドルトが言った。
「襲撃です。数は多数!」
「山賊か?」
「不明です、が魔物ではない」
姉様は動揺を見せていない。
「そう。バルドルト護衛だけで対処できそう?」
「サー•アーベライは先王陛下が育てた優秀な騎士で、最高の殺し屋です。山賊風情がが何人いようとそうそう遅れは取りませぬ」
問題は、敵が山賊でなかった場合か。父が抱えている敵は多い。諸侯も騎士も信用しきれない。
ノルベルトは声を張り上げて防衛の指揮をしていた。
生え抜きの精鋭を選んでいるが、雨で護衛達のコンディションは最悪。初動も遅れた。
向かって来た、二人を無造作に切り飛ばし、周囲に目を走らせる。
敵の騎兵による突撃が歩兵の防衛戦を突破しかけていた。不味い。
「騎兵、北北東に突撃!」
雨にかき消されないよう、怒鳴るように指令を出し、十騎ほど向かわせる。
一瞬、稲光が岩の上を照らし出した。それと同時に複数の射出音がなる。
「盾を構えろォ!」
反応できたのは半数ほど味方すら巻き込む矢によってかなりの被害が出た。
光に反応し、咄嗟に馬から飛び降りる。今までノルベルトの顔があった場所を雷が通り過ぎた。
術師がいる!
撃ち込まれた方向に火球を放つが、悲鳴が聞こえたもの、また放たれた雷がまだ術師が死んでいないことを示す。
「術師がいるぞ!気を付けろ」
大声で稽古しつつ、突貫して来た騎兵の槍を躱し、すれ違い様に馬の前足を切り落とし、騎兵が落ちる前に剣を突き刺した。
取り落とした槍を拾い自分に狙いを定めていた弓兵に投げつける。
「閣下!」
警告に従い、再び身を投げた。頭上を雷が通り過ぎていったが、今回は警告のおかげで反撃が出来た。
目の前の炎の球を驚愕の目で眺める術師の顔を拝んでやろうと目をやり、一瞬動きを止めてしまう。
術師は驚愕を浮かべていたが、その顔は人間ではない。オークだ。
後ろから聞こえて来た怒声に振り向くが、漆黒の鎧に身を包んだ。一眼でオークと違うと思える騎士は攻撃の手を緩めない。
咄嗟に左手で防ごうとするが、その前に騎士の首に矢が突き刺さり倒れた。
助かった。内心で呟きつつ、味方を囲んでいる敵兵の喉を全てかき切る。血塗れになった王の楯に言付けを頼み、再び敵の中に突っ込んだ。




