木更津翔は贈りたいその二
「なるほどなるほど、彼女さんへのプレゼント選びですね! そういうことならこのメリッサにお任せください。こう見えてこの町には詳しいですからね。イケイケの品を紹介いたしましょう」
天真爛漫、明朗快活といったところだろうか。姿勢がよく、首から骨盤までまっすぐ一本の線が通っている。堂々とした佇まいには、どこか優雅さを感じられる。実際、良い所のお嬢様だったはずである。
「ところで、お隣の女性は……メルさんとは違う方のようですが」
「ああ、彼女はメルの妹だよ。ちょっと無理言って買い物に付き合ってもらっているんだ」
「ふむふむ。そういうことでしたか。すわ浮気現場を目撃してしまったかと思いましたが……」
「そんなことしてないから……」
すわ、とか使う人を初めて見た。
「ちょうどいいですし、協力してもらったらいいのでは? ここで悩んでいても仕方がないでしょう」
セイブルの言う通りである。ここは素直に彼女の力を頼ることにしよう。
「さてさて、お店を紹介する前にいくつか質問をしましょうか」
メリッサの質問は、意外と多岐にわたった。好きな色は、好きな季節は、身につけるものと普段使いのものどちらが良いか、予算は、などなど。
「把握しました。あなたにおすすめなのは……ズバリ、このお店の指輪です!」
びしぃと効果音を自分で口にしながらメリッサが指差したお店は、控えめに言って人気店には見えなかった。こじんまりした外装。人通りも少なく閑散としている。ショウウインドウに飾られている品も、一見すれば地味に見える。
だが、よく目を凝らしてみれば、込められた魔力量に驚く。おそらく手作りだとは思うが、人はここまで精巧な細工をできるものなのだろうか。
「知る人ぞ知る名店、という感じですね。これは確かに、私たちでは見つけられなかったでしょう」
「マニア大絶賛、と言い換えるとあんまりすごい感じはしないの、なんででしょうね。ともかく、ともかく。ここはお勧めですよ」
ちょっと値が張るのが欠点ですけど、とメリッサは言うが、その値段に釣り合う価値はあるだろう。一週間くらい宿泊できそうな値段だが――まあ、値段に関しては伝えなければ問題はないだろう。
「指輪はこの世界では一般的な贈り物ですし、メルもそれは理解しているので大丈夫だと思いますよ」
セイブルがこっそりと耳打ちをして教えてきた。そういうことなら大丈夫――なのだろうか。
ここで迷っていたら永久に決まらない気がするので、目を引いた指輪を購入した。プレゼント用に包装もしてもらったため、これで今回の目標は達成である。
「さてさて、あとは渡すだけですね。どこかで食事でもしながら作戦を立てましょうか。最近外は物騒ですからね」
良いお店知っているんですよ、とご機嫌な様子でメリッサが先導する。今日はお世話になったし、昼食代くらいは僕が持った方が良いだろう。
それにしても、気になる発言があった気がする。そういえばシロウさんも何か言っていたような。
「物騒、とは何かあったのですか?」
「おやおや、知りませんか? 『溶解人間』のうわさ」
当然、知らない。そうだ、シロウさんは人間が溶かされていると言っていた。その話だろうか。
「まあ、ネーミングは私なんですけどね」
「えぇ……」
有名なうわさじゃないのか……。
「自警団は不審者一号、なんて呼んでいますけどね。それじゃ印象が弱いですし。犯行の手口から良い感じに名付けたつもりですけど、どうでしょうか」
「どうでしょうかと言われても……。そういえば、人間なの? 魔物じゃなくて?」
「ですです。目撃者によると、魔物じゃなかったみたいですよ。瘴気を発していなかったとか。やっていることは魔物としか思えないのですが、この話が本当なら魔物とは言えませんね」
確かに今までであった魔物は、全て口から黒い瘴気を発していた。それがないということは――信じられないが、魔物以外の何かだというのだろうか。
「目撃証言によると、黒いローブを羽織った白髪の少年らしいですよ。最初の被害者はすれ違った際に溶解人間と肩がぶつかったのですが、ぶつかった部分がどろどろに溶けていたとか」
「溶けていた……何かの魔法かな? そういうことができる魔法があるの?」
この場で一番魔法に詳しそうなのはセイブルだ。何か知っているかと思って聞いてみると、少し考えた様子を見せた。
「ない、とは言えませんね。魔法は、本人の資質次第で何でもできますから」
「本人の資質?」
「想像力次第、と言った方が良いですかね。こうなれば良いのにという妄想を具現化するのが魔法です。木を育てたい。土を耕したい。水が欲しい。金属を加工したい。火を起こしたい。そういう願いを現実にする」
言わば書き換えですよ、とセイブルは続ける。
「自分の都合のいいように現実を書き換える。それが魔法の本質です。だから、誰かが何かを願った結果として……あるいは副産物として、人を溶かす能力を身につけてもおかしくはありません」
「とはいえ。とはいえ。奇妙であることは間違いないのですよ。溶解人間とは言いましたが、やはり人間ではないでしょう」
だって人が人を殺すなんてありえないじゃないですか。
メリッサはそう断言する。理解できないものをみたような、異教徒を見るような、そんな様子で。
事実、彼女にとっては、いや、この世界の人間にとっては、人が人を傷つけるのはあり得ないのだろう。
同族同士で争ったりはしない。
「魔物じゃないならなんだって話ではありますけれどね。新種の生物でしょうか。最近そういうの多いですからね。『星が落ちた日』以来、各地で奇妙な現象が起こっていますし」
「星が落ちた日?」
「おやおや、ご存じない?」
メリッサが口元に手を当てて、大げさにリアクションを取る。いや、またこの娘が勝手に名付けた現象じゃないか?
「ちょっと前にあったじゃないですか。空から光り輝く何かが降ってきた話です。一か所だけじゃなくて色々な街で目撃されていますよ。で、その日以来変な現象が次々起きているとか」
もう少し詳しく話を聞いてみると、その『星が落ちた日』というのは僕たちが原初の魔物を倒した日とほぼ同じらしいことがわかった。
偶然、なのだろうか。
「なんでしたっけ。シャーロットでも、水面に映像が映ったと思ったらそれが現実になったとかいう話もありましたね」
「よくある怪談みたいだね……。興味深くはあるけれど」
暇ができたら行ってみるのも良いかもしれない。
「随分話し込んでしまいましたね。いつまでも路上にいるのもなんですし、メリッサさんおすすめのお店に行ってみましょうか」
セイブルに促され、僕たちは移動を開始しようとした。――したのだが、そこで奇妙なものを見ることになった。
黒いローブを着た、白髪の少年である。
思わず三人で顔を見合わせてしまった。口は災いの元というが、つい先ほどまで話題に出ていた不審者一号、溶解人間の特徴そのものだ。
少年の背はそれほど高くない。外見だけ見れば十四歳くらいだろうか。うっすらと笑っているが――どこか違和感がある。まるで、何かが無理やり人間のふりをしているような、そんな違和感。
ゆっくりと、こちらに向かって歩いてきている。このままだと街灯にぶつかってしまうな、などとのんきに考えていた。
「……え?」
少年の方が街灯にぶつかった――と思ったら、街灯がどろどろに溶けた。支えを失った街灯が、メリッサめがけて倒れてくる。
「危ないっ!」
メリッサを抱えてその場から飛びのく。結果としてそこまでする必要はなかった。セイブルが氷で街灯の落下を防いだからだ。抜け目なく溶解人間の足元を凍らせて、身動きが取れないようにしている。
だが、溶解人間の歩みは止まらない。氷が触れている場所から溶け始めている。
なんだかよくわからないが――明らかに危ない奴だということはわかる。
「な、な、なんですか、あれ……!」
「多分、うわさの溶解人間だろうね……。話が通じる様子でもないし。ちょっとごめんね」
一言断ってから、メリッサを抱きかかえる。「え? え?」と混乱している様子だったが、構っている余裕はない。
「とにかく、ここは逃げよう。戦うにしても、まずはメリッサの安全を確保してからじゃないと」
次回の更新は8/29(水)を予定しています。




