魔剣と少年
原初の魔物を倒し、世界は平和になった――と言いたいところだが、そうはならなかった。悪化したというわけではないが、劇的に変わったわけでもない。良くも悪くも、これまで通りである。
諸悪の根源を倒したところで、RPGのように大団円を迎えるわけではない。原初の魔物が倒されても、生み出された魔物は存在し続ける。今まで通り。誰かが倒さなければ、魔物は人を襲い続けるだろう。
とはいえ、これまでと違うところもある。これ以上魔物は増えないという点だ。母体――原初の魔物は死んだ。あとは残党を狩り続ければ、いつかは終わる。どれほど時間がかかるかはわからないが、希望は見える。
「まあ、そううまくいくかはわからねぇんだけどな」
気だるげに髪をかき上げながらシロウが言う。せっかく戦いが終わったというのに、水を差すのはどうかと思うのだが。
「どういう意味かしら」
「前に言ったかわからんが、地上にいる魔物は人間を食って得たエネルギーを原初の魔物に送っていた。で、今回俺たちは原初の魔物を倒したわけだが……そうなると、これまで送られていたエネルギーはどうなると思う?」
「……地上にいる魔物の体内に留まるんですか?」
そういうことだ、とシロウが同意する。話の着地点はいくつか想像できるが、どれも良い結末とは言えないだろう。
「魔物は進化する。まあ、生物なんだから進化するのはある意味当たり前かもしれんが、問題はその早さだな。原初の魔物に献上していたエネルギーを自身の進化に使われた場合どうなるか、想像もできん」
「各地に散らばった魔物が独自に進化を遂げたら……目も当てられませんね」
ナナミの言う通り、それはろくでもない未来なのだろう。原初の魔物を超える存在が出てきてもおかしくないのだから。
「まあ、そうなる前に全部倒しちゃえば良いんじゃないの? そのために僕たちがいるんでしょ」
「そうですねぇ。手分けするのも良いですが、せっかくなのでみなさんと旅もしてみたいですねぇ」
そういう展開も悪くない。順当に考えれば手分けをした方が良いのだろうが、分担したところで終わりの見えない作業である。ならば安全に、楽しく旅をしても責められる筋合いはないだろう。
「メルが望むのなら、ご主人様と二人旅を続けてもよろしいのでは? 時折いちゃつき具合を教えてくだされば、私は満足ですので」
「別にそこまで気を利かせてくれなくても良いし、なんであなたのために近況報告をしなければならないのよ。やらないわよ」
「つまり特等席で見せてくれると……」
「見せないって言ってるのよ!」
ダメだこいつ。そもそも誰と誰がいちゃつくというのか。私とマスターか。いや悪くないけどそうじゃなくて。
「盛り上がっているところ悪いのですが、帰りの用意ができましたよ。すぐそこの湖に転移魔法をかけました」
「ああ、セイブル。ご苦労様。……別に盛り上がってはいないけれども、まあいいわ」
セイブルの報告を受け、各々が思い思いに帰り支度をする。それなりに長かった旅もこれで一区切りがつくと思うと、感慨深いものがある。
「さて、私たちもそろそろ行きましょうか。ここに用事もないでしょうし」
「ああ、うん。そうだね」
そう言いながらも、マスターはなかなか動こうとしなかった。不審に思って視線をたどってみれば、その先には岩があった。私が突き刺さっていた岩である。何の変哲もない。どこにでも転がっていそうなものだ。
だが。思い出の場所でもある。私とマスターが出会った、最初の場所。他人の思惑はあったが、運命的な出会いと言って良いだろう。
「いつでも戻ってこられるし、これからもいつも一緒にいられるわよ。マスターが望むのなら、だけれども」
「……うん、そうだね。そのうちまた来ようか」
マスターは名残惜しそうに何度か振り返っていたが、やがて私の隣に並んで歩き始めた。マスターは私の歩幅に合わせてくれているのか、普段よりも気持ちゆっくりとしたペースで歩いている。
「帰ったら何をしようか。メルは何がしたい?」
「そうね。色々あるけれど……美味しいものを食べて、ゆっくり紅茶でも飲んで……」
ああ、そういえばちょっと前に約束したことがあった。
「夜空でも見上げましょうか」
それからしばらく、二人の間に会話はなかった。暖かな日差しの中、並んで歩く。半径五メートル以内には、私とマスター以外存在しない。ちょっとした優越感がある。
やがて、当たり前のように、私の右手とマスターの左手が重なり合い、互いに指を絡め合った。私が先だったかマスターが先だったかはわからない。ひょっとしたら同時だっただろうか。右手から伝わる体温がとても暖かい。
将来どうなるかわからないが、少なくとも今は、私がマスターの隣に存在しても許されるだろう。自惚れでなければ。
できればずっと。私の存在価値を認めてもらいたいものだ。
終章(9章)完結、そして本編完結です。最初から最後まで性癖で書いた小説でした。少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
今後の予定ですが、番外編を投稿します。本編よりは更新速度が落ちるとは思いますが、宜しくお願い致します。
次回の更新は8/24(金)を予定しています。




