暇と将来
手合わせの後、シロウはアズールとナナミとセイブルを連れて工房へ籠った。決戦に向けたメンテナンスらしい。スノウはいつの間にかどこかへと消えていた。観光か、修行か。まあ、その辺りはどうでもいいだろう。問題は、だ。
「暇ね」
「暇だね……」
私とマスターにはやることがない。それが問題だ。シロウが言うにはメンテナンスは夕方までかかるとのことだ。まだ昼過ぎになったばかりのため、結構な時間がある。今更修行をやる気分でもない。かと言って観光しようにも。
「さすがにこの町を観光する気にはなれないね……。その、なんと言うか」
「最後まで言わなくても良いわよ……。まあ、大人しく時間をつぶしましょうか。本もそれなりの数と質があるみたいだし、なんなら間食でも作ってあげるわよ?」
「え? 良いの?」
「あまり期待されても困るわよ。ナナミ程うまくは作れないわ」
適当に材料を物色する。何を作ろうか。軽く食べられるもの、夕食に影響が出ないものが良い。デザート系か。プリンでも作ろうか。そうしよう。
鼻歌交じりに準備をする。何人分作ろうか。マスターと二人で楽しむのも良いが、一応全員分用意しておくべきか。
さて料理開始、といったところでマスターの様子がおかしいことに気付く。なんと言うか、そわそわしている。またいつものやつだろう。何か聞きたいことでもあるのだろうか。放置しても良いのだが、お互いのために聞き出しておいた方が良いだろう。
「何か聞きたいことでもあるのかしら。答えられる範囲なら答えるわよ」
「えっと……」
マスターが言葉を選んでいる間に片手で卵を割る。シロウはなかなか良い卵を常備しているようだ。などと考えている間に、マスターは質問したい内容を決めたようである。
「メルは、戦いが全て終わったら、どうするのかな」
なんだその話題は。死亡フラグでも立てるつもりか。この戦いが終わったら結婚するとでも言えばいいのか。
「えっとつまり、僕が元の世界に戻ったら、メルはどうするつもりなのかな」
少しはまともな質問になってきた。ふむ、マスターがいなくなった後の話か。とはいえ、それを考えても仕方のない話なのだが。
「……メルは、どうなるのかな」
そういう聞き方をするということは、だいたい想像がついているのだろう。タイミング的にスノウに何か吹き込まれたか。あいつも余計なことをする。
質問への答え方はいくつかある。シロウに自由に動ける体を作ってもらって旅をする、次の使い手を待つ。そういう風にごまかすことはできる。できる。ごまかさなければならない。本当のことを言えば、きっとマスターはためらうだろう。いや、帰る気をなくしてしまうだろう。
それは良くない。良くないとわかっているのだが、沈黙したという事実が答えのようなものである。観念して、本音を言うことにする。
「わからないわね」
「わからないって……」
「魔物を倒すという目的のために、なんとなく生きてきただけだから。いざ目的が達成されたときどうなるのか、どうすれば良いのか。そんなの、わからないわよ」
少しの間、風を通り抜ける音だけがキッチンに響く。自分でも料理の手が止まっていることには気づいているが、さすがに再開する気にはなれない。さて、この空気をどうしたものか。
少しくらいは、良いだろうか。マスターがこちらの世界に残るように誘導しても。それくらいは、許されるだろうか。
「もし、僕がこの世界に残ると言ったら、一緒に旅を続けてくれるのかな」
なんだか告白のようだ――事実、ほとんど告白なのだろう。答えは決まっている。
「もちろん、着いていくわよ。マスターの剣なのだから。あなたが必要とする限り、その期待に私は答えるわ」
マスターの表情がわかりやすく明るくなる。そこまで喜ばれると気恥ずかしいものがあるのだが。
「マスターの子孫を見守るというのも良いかもしれないわね。先祖代々伝わる家宝として扱われれば、暇になることもないでしょうし」
「……スノーホワイトから、精霊剣を人間にする方法があるって聞いたけど」
「あの娘はまた……。まあ、確かにその方法もあるわね。精霊剣として生きるのも、人間として死ぬのも、両方悪くない」
どちらかといえば、きちんと終わりを迎えられる後者の方が良いのだろうか。人間として普通に生きて、普通に死ぬ。そういう未来。
「まあ、なんにせよ、原初の魔物を倒さないと話にならないわね」
「ああ、うん。そうだね。まずは生き残らないと」
そういうことである。あまり将来の話をしていては、死亡フラグというやつになりかねない。この辺りでこの話題は止めておこう。
「なんだか最終決戦前夜みたいな空気になっているけど、マシコットを救出する戦いも残っているのよ。戦いが終わった後の話をするのはまだ早いわ」
「……そうだね。全部終わったら、改めて話をしようか」
いつの間にか随分時間がたっていたらしい。作っていたプリンも、あとは冷ますだけである。メンテナンスが終わる時間には、まだ早いか。
「それじゃあ、二人で先に食べちゃいましょうか」
第七章完結です。次回の投稿は8/3(金)を予定しています。




