幕間の物語 アズール
「うーんダメだね。今度は栄養をあげすぎたみたいだ」
現在僕は紅蓮の木の実を育成するために、あれこれと試行錯誤を繰り返しているところである。これがなかなかうまくいかない。木の実を育てるための日光や栄養その他もろもろを魔法で無理やり成長させようというのだから、その難易度は察して欲しい。
普段のように木を操るのとは訳が違う。慣れの問題もあるが、単純に魔力制御が難しいのだ。普段の魔法が直線を全力で走ることに例えると、今回のこれは同じスピードで曲がり角の多い悪路を走れと言われているようなものである。
雑な魔力制御では木の実がならない。かといって正確な制御ができるほど僕は有能ではない。さて困った。どうするか。
「種はいくらでもあるのが救いかねぇ。いくらでもトライアンドエラーができる」
「そうは言っても、この調子では埒があきませんね。私も手伝いたいところですが……木の実の育成となるとさすがに専門外です。水が必要なら用意はできますが」
「だろうねぇ。きっとこれは僕がやるべきことなんだよ。僕が乗り越えるべき、試練なんだ」
シロウ様の狙いはなんとなくわかる。僕は精霊剣の中でも初期――メルの次に作られている。要するにプロトタイプに近い。スノウや土の精霊剣に比べれば、どうしても型落ち感が否めない。認めたくはないが、事実として性能差はある。
その性能差をごり押しで埋めたのがメルである。千年。気の遠くなるような時間を修行のためだけに費やした人外。彼女ならあるいは、今回の課題も片手間でこなすのだろうか。
とはいえ。とはいえ、だ。ないものねだりをしても仕方がない。今の自分の力でなんとかしなければならないのだ。
「少し休憩をしたらいかかでしょうか。紅茶とお菓子を用意いたしました」
ナナミがいつの間にか休憩の準備を終わらせていた。僕の思考の方もちょうど行き詰っていたため、気分転換に菓子をつまむことにする。
「マシコットがいれば話は違ったでしょうね。火、土、金、水、木……これだけいれば多少の無理は通せたでしょうに」
「確かにそうだけど、今いない奴を考慮に入れても仕方ないよ。……今何やっているんだろうね、あいつ」
マシコットはおっとりしているというか、ぼんやりしていることが多い娘だった。きちんと役目を果たせているのだろうか。
「今は紅蓮の木の実だよ。どうしたもんかねぇ」
「……今更ですけど、五十年もの歳月がかかる木の実の栽培など、誰が発見したのでしょうか。普通に育てていてはまずありえないことですよね?」
セイブルが少し首を傾げながら疑問を発する。確かに普通ならばあり得ない発見だが、あり得ないことを現実にする人間が近くにいる。
「シロウ様です。後々必要になるだろうと品種改良したそうで」
「あー。シロウ様ですか。なら仕方ないですね」
そういうことである。おそらくこの木の実も、このためだけに――僕の修行のためだけに作り出したのだろう。シロウ様とはそういう人である。
「私も何かお手伝いができればよかったのですが……あいにく、魔法に関して私が役に立てることは無いようです。申し訳ありません」
「それは仕方ないよ。こうして気分転換をしてくれるだけでありがたいさ」
「いざとなったら、メルに相談するのも手かもしれませんね。彼女ほど魔力制御に長けた存在はいませんし」
「それはそうなんだけど、最終手段かな。できれば僕たちだけで解決したい。意地とかそういうのもあるけれど……シロウ様がメルを寄越さなかったってことは、多分これは僕たちだけで解決できることなんだよ」
シロウ様は無茶ぶりはするが――できないことは基本的にやらせない。誰に何ができるかを完全に把握して指示してくる。だから、何か方法があるはずである。
お菓子をつまみながら、思考する。今問題となっているのは何か。まず挙げられるのは僕の魔力制御の拙さだ。しかしこれは一朝一夕では解決できない。本来は何年もかけて少しずつ腕を上げていかなければならないものだ。今回は期限付きである以上、解決できる問題ではない。
五十年かけて複雑な工程を踏み、初めて作れるものを一日で作ろうとするのが土台無理な話なのだ。ならばどうすればいいか。
「うん、やめよう」
「……は? アズール、あなた何を言っているのですか?」
セイブルが困惑した表情でこちらを見つめてくる。言葉が足りなかったのは自覚しているので、補足をする。
「ズルをするのをやめようって話さ。五十年かかるものを一日で作ろうってのが無理のある話なんだ。だから正攻法でいく」
「ほい、シロウ様。ご注文の紅蓮の木の実ですよ」
どんと音を立ててテーブルの上に紅蓮の木の実を置く。その名の通り真っ赤な色の、角が丸い三角形に近い木の実である。一目でわかる程上質な魔力が込められていることが伝わってくる。
「確かに。これだけの品質ならば十分だろうな」
どうやらシロウ様のお眼鏡にもかなったようである。ほっと胸をなでおろす。さすがにもう一度育て直しは勘弁してもらいたいところだった。たかが五十年、されど五十年。余計なことをせずにひたすら農作業をするのはつらいものがあった。
なんということは無い。育てるのに五十年かかるというのならば――五十年かけて育てればいい。必要だったのは時間を短縮することではなく、時間を作り出すことだった。セイブルの時間移動魔法で五十年前に行き、魔力制御の修行をしながらゆっくりと育てただけである。
「ショウとスノーホワイトもしばらくしたら戻るだろう。材料が揃えばメルを打ち直してやる」
魔石集めに行った二人はまだ戻っていないようである。マスターとスノウ。不安な組み合わせではある。何事もなければ良いのだが。




