水上都市と水の精霊剣
水上都市デモイン。四方を水路に囲まれた大型都市である。当然と言うべきか、水路は街中のいたるところにも張り巡らされており、人や物の運搬はもっぱら水路――船で行われている。
アズールによると、水の精霊剣セイブルは町の中心に位置する神殿にいるようだ。神殿まではそれなりに距離があるため、私たちも船で移動することにした。
「あんまり身を乗り出すと落ちるわよ」
「そうは言っても、僕も街中をうろつくのは久しぶりだからねえ。それなりに好奇心はあるさ」
「アズール様、こういうときは『押すなよ? 絶対押すなよ?』と言うのがマナーです」
「そうなの?」
「そんなわけないでしょう。どうせシロウの入れ知恵だろうけど、変なこと吹き込まないでちょうだい」
それなりに騒がしいとは思うが、幸いにしてこの船には私たちしか乗っていない。船長の邪魔にならない範囲なら、乳繰り合っても構わないだろう。
マスターも新しい街に興味津々の様子で、あちらこちらを見渡している。水の多いこの町は、ガドやシャーロットとまた違った様子を見せている。
水路には船が多く行き交い、何軒かの家は一階が船をとめるスペースになっている。特に目立つのは、小舟がそのまま露店として使われている点である。これは他の町では見られない光景だろう。
露店の内容を見ても、やはり海産物が多い。干物や焼き魚、刺身など、近場で釣った魚をそのまま、あるいは多種多様に加工して販売している。あちらに見えるのは養殖場だろうか。
「水がきれいだね」
「セイブルの力でしょうね。汚れた水をろ過する能力もあると聞いたことがあるわ」
マスターは水面をのぞき込んでいる。私もそれに倣って覗いてみると、あまりの透明さに驚いた。それなりに距離がありそうだが、水底がはっきりと見える。
ふと顔をあげれば、今回の目的地である水の神殿がすぐそこまで迫っていた。水の神殿は、遠目から見ればピラミッドのような形をしている。四角錐の頂点からは透明な水がこんこんと湧き出ている。湧き出た水が、四方八方に伸びた水路を伝って街中に流れ込んでいるようだ。
私たちは運賃を払い、船を降りた。そして目の前の水の神殿を見上げるが――かなりの迫力がある。くっ、私もこういうところで持ち主を待ちたかった。私なんか草原の岩に斜めに突き刺さっていただけだぞ。なぜこんなにも差がついているのだ。
「ところで、これ、どこから入るのかな?」
マスターが水の神殿を見上げながら疑問を漏らす。確かに、見たところ出入口は無いようだ。
「アズール、あなた何か知らないの?」
「セイブルは普段から神殿内には人を入れないらしいよ。たまに神殿から出てくることはあっても、それがいつかはわからないね」
「そういうことは早めに言いなさいよ……建物の目の前に来たところで意味ないじゃないの」
などと話している間に、ナナミが近場に合った手すりを探り始めた。するとかちっという音とが響き、同時に神殿から通路がはえてきた。そう、はえてきたとしか言いようがなかった。それくらいスムーズに、まるで最初からそうであったかのように神殿に続く道が完成していた。
「さあ、参りましょうか」
これまでと同じように、ナナミが先導する。一瞬遅れて私たちがそれに続く形になった。私たちが橋を渡り終えると同時に、ついさっき通ったばかりの橋は元通り収納され、静かに壁がせりあがってきた。
「後戻りはできないわね」
「ちなみに、ここの壁を押すと再び通路が……」
「やめましょう。雰囲気が台無しだわ」
内部は石造りの迷宮のようになっていた。脇道にそれる場所が何か所かあるが、そちらは明かりがともっていない。松明が照らしている通路を進めということだろうか。
私たちは明かりを頼りに探索を開始した。とはいっても、これまでと違い道中で魔物に出会ったりパズルを解かされたりはしなかった。ただ淡々と通路を進み、階段を上る。それを何度か繰り返した。
やがて、おそらく神殿の頂上付近に位置するであろう部屋の前に辿り着いた。目の前には大きな扉がある。
「この奥に水の精霊剣がいるのかな」
「おそらくそうでしょうね。みんな、準備は良いかしら?」
アズールとナナミが返事をする。こちらも準備はできている。
「それじゃあ、開けるよ」
マスターは扉に手をかけると、静かに開いた。一歩踏みだすとその部屋の異常さに気付く。床はすべて透明なガラス板のようなもので覆われていて、床下には水が絶え間なく流れている。
これは良くない。床下全てに水があるということは、水の精霊剣にとってどこからでも攻撃を仕掛けられることを意味する。とはいえ、現状はどうしようもない。床下からの攻撃を経過しつつ、部屋の中央へと歩みを進めていく。
ふと気づくと水の精霊剣の姿が見えてきた。黒い日本刀の傍らに、少女が立っている。黒のロングストレートに、これまた黒を基調としたセーラー服のようなデザイン。銀縁のメガネが委員長っぽさを引き立てている。
水の精霊剣、セイブルだ。彼女の眼はすでにこちらを見据えている。
「気を付けなさい。いつ襲われてもおかしくないわよ」
「私を何だと思っているのです。相変わらずというか、私とは趣味が合いませんね、メル」
突然、落ち着いた声が部屋に響く。セイブルの声だ。
「それに、私の方に敵対する意思はありませんよ」
……うん? 今、こいつはなんて言った?
「お待ちしておりました、というべきでしょうか。水の精霊剣セイブルです。以後お見知りおきを」




