魔剣と少年
私の目の前には、少年が倒れこんでいる。うつ伏せの少年が、私を見上げるような形だ。男子にしては背丈が小さく、単発に切られた髪の毛。瞳は大きい。いわゆる童顔というやつだろうか。
「て、天使……?」
少年が思わず、といった様子で口に出した。ふむ、第一印象は良いようだ。転生した今の私の姿は、一言でいえば褐色の美少女。白いワンピースにつばの広い帽子を被っている。
もっとも、それは仮の姿。アバターのようなものである。今の私は人間ではなく、剣に宿る精霊であり、私の本体は赤い刀身の片手剣である。
少年の後方に目をやると、木々の間から狼が数頭姿を現した。ただの狼ではない。口元からは黒い瘴気が出ている。……魔物の特徴だ。どうやら少年は魔物に追いかけられ、私のところまで逃げてきたらしい。
「褒めてくれるのは嬉しいけど……余裕はあるのかしら? 今にも魔物に食べられそうだけど」
そう指摘すると、少年はハッと気づいたように振り返る。少年が二,三歩後退るのに合わせるように、狼の魔物が前進する。
「でもあなたは運がいい。この私、炎の精霊剣メルを見つけたのだから」
私はそう言いながら自身の柄の部分を指でつつく。焦るな。ゆっくりと誘導していけ。なにしろここに人が来たのは千年ぶり。正確に言えば千と二十四年ぶりか。私の制作者が私をここに放置して以来、初めてのことである。このチャンスを逃せば次に人が来るのは何年後かわからない。
千年間、ひたすら待ち続けるしかなかった。本体である剣からは五メートルほどしか離れられず、自分自身を持って歩くこともできない。通信手段もないため、待つしかなかった。そしてようやく現れた少年。ここを逃せば、下手したら二度と人が訪れない可能性だってある。
とにかく、今は少年に私を使ってもらえるように誘導しなければならない。
「さあ、生き残りたければこの剣を使いなさい。そこにいる魔物くらい、簡単に切り捨てて見せましょう」
だが少年は動かない。大きな瞳を何度か瞬きさせただけだ。状況が呑み込めていないのだろうか。
「使うって……? その剣を? でも僕は剣なんて使ったことないし、あなたが使った方が……」
「そうしたいのはやまやまだけど……私はこの剣に宿る精霊なの。だから私自身で剣を扱うことはできないわ」
ワンピースの裾を抑えながら、ふわり、と空に浮かぶ。少年が驚く様子が伝わってくる。
「受け入れなさい。この場を切り抜けるには、あなたが剣を手に取るしかないの。……安心しなさい。私に体を預けてくれれば、そこにいる魔物くらい簡単に蹴散らして見せるわ」
言っておいてなんだが、体を預けて欲しい発言は不安を煽っただけかもしれない。戦いが終わったらちゃんと体を返してあげるわ、と補足を加えておく。そもそも、私にそこまでの強制力は無いのだが、そこは黙っておこう。
「改めて名乗ろうかしら。私は鍛冶師シロウが造りし五本の精霊剣のひとつ。炎の精霊剣メル! さあ、私を手に取りなさい! そして魔物の血を私に捧げなさい!」
早く、早く私を手に取ってほしい。魔物たちが今にも飛び掛かりそうだし。この少年が死んでしまったら、次に人が訪れるかどうかもわからないのだ。私にとって死活問題である。
少年はまだ迷っている様子だったが、一呼吸置くと私を手に取り――ちょうど飛び掛かってきた狼の魔物を一刀両断にした。
「……あれ?」
ちょっと待って。私まだ何もしていない。確かに初回は自動操作してあげると言ったけど、まだ何もしていない。
「体が軽い……これがあなたの、メル……さんの力……?」
いや、違うから。私まだ何もしてないから。純度百%であなたの力だから。それにしても、今の一撃は人間離れしているというか、剣を扱ったことのない人間ができる動きではなかったけど……。
魔物の体が黒い霧に包まれ、消えていった。後に残ったのは紫色の水晶――魔石のみ。一体が倒されたのをきっかけに、次々と狼の魔物が襲い掛かる。
だが、その牙が少年に届くことはなかった。一体、また一体と切り捨てられ、黒い霧に包まれ消えていく。なんだこれは。私の出番が全くない。
ふと気づくと狼の魔物も残り一体となり――順当にその身を切り裂かれ、消えていった。あれだけ騒がしかった空間が、今はすっかり静まり返っている。
「あ、自由に動けるようになった。ありがとう、ええと……メル……さん?」
「え、ええ……どういたしまして? 持ち主となったのだから、呼び捨てでもいいわよ」
勢いで答えてしまったが、私は何もしていない。少年が勝手に動いて勝手に生き残っただけである。繰り返しになるが、私は少年を操ったりしていないのだ。完全に勘違いである。
「そうだ、自己紹介がまだだったね。僕はショウ。木更津翔です」
「ショウ、ね。よろしく、マスター」
お互いに自己紹介を済ませたところで、私のマスターとなった少年を改めて見る。白いシャツに黒いズボン。黒のジャケット。……あまりにも軽装だ。この森に迷い込んだとしても、ここは町からは相当離れている。偶然で出会えるような場所ではない。
「こんなことを聞くのは何だけど……マスターはどうやってここまで来たのかしら? ここは一番近くの都市からは三日はかかりそうなものだけど……」
「ええっと……なんというか……」
そう言ってマスターは口ごもる。何度か声にならない声を出し、ようやく口を開くと。
「僕にもなんと説明したら良いかわからなくて。あえて言うなら……空から落ちてきた?」
「うん?」
空から? 何を言っているんだ?
「何を言っているかわからないと思うけど……神様から転生してもらえるとか言われて、気付いたら森に落とされて……そのあといきなり狼に追い立てられたんだ」
神様。転生。チート。もしかして、もしかしてだけれども。この少年。
異世界転生チート持ちなのでは……?




