二章 プロローグ
『彼女』を初めて見たのは、中学校に上がる前の冬休みだっただろうか。
その子は極東の地域に住んでいるにしては珍しくも綺麗な、輝くような銀の髪を持った同い年の少女だった。
どれほどの忌避するような、嫌悪するような視線を受けたとしてもそれを苦にした様子も無く、妹らしき女の子と、友達だろう男の子に引っ張り回される様に、けれど満天の星空が輝く様な綺麗な笑顔で遊んでいた彼女が、とても魅力的だと思った。
周囲の人たちは彼女の体質を知っていて忌避していたらしいのだけれど、当時の私は周りと違う髪の色をしているからだと思っていて特に気にする事も無く、彼女たちを外で見かける度にその姿を目で追うようになり、その輝きを何時しか焦がれるようになっていたのだと思う。
けれどそれが変わったのは、彼女と同じ中学校に上がってしばらくした頃にその姿を見た時だったと覚えている。
あの頃の私は人と喋るのがそこまで得意では無く、同じクラスでもない彼女と話すことが出来ずに遠くからその姿を見ているだけだった。
そうして彼女の姿を日々追いかけていたら、ある日を境に彼女が持っていたはずの輝きがどんどんとくすんでいくことに気がついて、私はそれに恐怖を覚えた。
私が焦がれていた、あの輝きが消えていくのをただ見ているしかなかった自分にも怒りを覚える程に。
何故そんなことになっているのか。それを知ることが出来たのは、彼女の輝きが完全に潰えてしまいかねない状況に陥った時。
いつあの輝きが消えてしまうのか。それを怖がりながらも話しかけることが出来ずにただ姿を追っていた時、同じクラスの女の子が話しかけてきてこう言った。
『あの子、気持ち悪いよね。悪魔の子の癖に何を言われてもヘラヘラと、本当に気味悪い』
悪魔の子? あんなに綺麗で、輝くような笑顔で笑っていた子が?
嘘だと思った、それは違うと言った。けれどクラスメイトの子から返ってきたのは、
『触った機械を全部壊しちゃう、私たちとまるで違う色を持ったあの子が悪魔の子じゃなかったら一体何なの?』
という心無い言葉で、それに言い返すだけの答えを私は持ち合わせていなかった。……何も、言い返せなかった。
だって私は、彼女の事を何も知らなかった。遠くから見ていただけで、何も知ろうとはしていなかったのだから。
それに気づいた時、だからこそ私は彼女を知りたいと、焦がれるからこそ知らなければならないと思ったと同時に、彼女の輝きがくすんでしまった、消えかけてしまった理由もわかったから、その原因となっている環境を変えるために動くことを決めた。彼女を助けるために。
それから努力をして、何か月もの時間をかけて周りを、学校の全てをあらゆる手を尽くして変え終わったその日に彼女に会いに行った。
ようやく、絶望から救い上げることが出来るようになったのだから。
そうして会いに行った時、近くには彼女の妹に幼馴染が居たけれど、その日までに私がやっていたことを知っていたからか何も言わなかった。それどころか、縋るように見られていたのは少し居心地が悪かったが。
久しぶりに、そして初めて近くで見た彼女の顔は、それは酷いものだった。
瞳は暗く濁っていて、生気の無い顔に浮かべられた笑顔は空虚で、何も信じられなくなっている彼女の――天川綾の前で私はようやく手を差し伸べることが、言葉を伝える事が出来ると思った。
その時に交わした会話は何だったか、確か――
『君にとっては初めまして、かな。天川さん』
『あなたは、だぁれ?』
『私は羽刃桐霧華。昔、君の純粋な笑顔に焦がれた、ただの同級生だよ』
そう、こんな感じに始まったんだ。
話しかける前までは、まさかこんなにも幼い話し方をするとは思ってもいなかったから、驚いた記憶がある。
そして、もっと早く気付くことが出来たのなら、こんなにも彼女を追い詰めさせることは無かったのかもしれないとも。
『はば……?』
『羽刃桐だよ、天川さん』
『はばきり?』
『そう。でだ、私は君に話があって会いに来たんだ』
『おは、なし?』
この時の私は、この子はよくこんな状態で学校に来れているのだと、不思議に思っていた。
もう、後ひと押しでもあれば完全に心が壊れてしまいそうな、そんな危うい均衡の上に彼女の心は保たれている状態だったのだから。
『ああ。私は君の友達になりたいんだ』
『ともだち?』
『ああ。そのために、君を傷つけるものを正してきた。そうじゃなければ、私は君に合わせる顔も無かったのだからな』
何も知らずにのうのうと遠くから見ていただけの私が、今更のように友達になりたいなどと言っても、虫が良すぎるから。相応の事をしなければ私が納得できなかった。
『うそ』
『へ?』
だからその返事が来た時、私の頭は一瞬だけ止まってしまった。
彼女の両隣で、妹と幼馴染がやっぱり駄目だというように目を伏せたのも視界には入っていたものの、それに気をかける事はしなかった。
そんな事よりも、続いた彼女の言葉の方がもっと大切で、重かったから。
『うそ、うそ、うそ、うそうそうそうそだ!! そういって、わたしをみんなきずつけるんだ!!』
その声は、今まで溜めていた感情が爆発したようだった。
この子はどれだけ長い間、裏切られる痛みを溜め込んでいたのかわからない。けれど、これを受けとめなければ私が彼女の友達になることは出来ないだろうと、ここが一番大切な場所なんだと、直感する。
だから絶対に退かない……いや、退けなかった。
『みんなあくまのこだって! わたしを! わたしをきずつける!! あなたもそうなんでしょ!! そういってわたしをうらぎるんでしょ!!?』
けれど、この言葉には私も流石に頭に来たから思わず強く言い返してしまったんだよな。
『私が嘘をついていると? 馬鹿にするな、天川さん……いや、綾』
『だって、そういってきたひとみんな、わたしにうそをついた!』
『君が本来持っていた輝きに焦がれた私が、そんな馬鹿どもと同じだと言いたいんだな? 悪魔の子だ等と、そんな訳がある訳ないだろうに。本当にもう――』
そう言って、長く息を吸って言葉を始めた。
『君は馬鹿か。もともとこの世界に同じ存在も似通った存在も居ない。居るのはただ自分とそれ以外の存在なんだから、理解し合おうとしなければ相容れることもない。君が他の人間と決定的に違う何かがあるのだとしても、それで差別なんてするのはおかしい事だ。君が私たちと違う存在なのだとしても、それで君という一人の人間を受け入れないのなんて事もおかしい。だから、私は誓おう。世界の全てが君を否定したとしても、私だけは君を受けとめよう。私は君の事を、まだ何も知らないのだから』
『え……?』
『長くてわからなかったか? ふむ、なら端的にこう言おうか。私は君の事を知りたいんだ、だから私は君と友達になりたいんだよ。そのためになら――』
――私はどんなことでも尽くして見せよう。
手を差し伸べながらそう言いきった私を、虚ろな瞳に涙を浮かべた彼女は信じられないものを見るような顔で見てきた。
心外だと思ったよ、全く。
『ほんとう? わたしをうらぎらない?』
『当たり前だ。だからよろしく、綾』
『――うん!』
そうして私の手を躊躇いながらも両手で握りしめ、彼女は本当に久しぶりに見た綺麗な笑顔で笑ったんだ。
「あれから三年と半年ほどか」
五月に入って半ばが過ぎた頃のある日、ベッドに座ってある物を持ちながらあの日の記憶を思い出していた。
ふとした時に、あの頃の記憶を思い出すことが最近多くなってきていたが、その理由に思い当たる節は無くもない。
「あの子の輝きはほぼ元通りに戻ったが……何か陰りのようなものが見えるのは、なんなのだろうな」
一番大変だったのはあの後から、あの子の輝きを取り戻すことだった。
ちょっとしたことでも簡単に恐怖を感じて、一番精神的に安定していなかった時期でもあったからな。ある程度は想定内だったが、無理が祟っていたせいかあそこまで人に恐怖を覚えるとなるとなかなかに。
それで周りの馬鹿共も、自分たちのやらかしたことをしっかりと把握できていたのは唯一の救いなのだろうか。
けれど未だに、一部の陰りを取り除くことが出来ていないのが今の懸念事項。
それをどうにかする手段が皆目見当もつかないから、どうしようもないのだけれど。
「彼女がまた、何事も無く笑える日々が来てくれると良いのだが」
――この願いが届くのはきっと、そう遠くない未来であると願おう。
お待たせ……してませんね。
活動報告の方でも先に報告させていただきましたが、思っていたよりも早く見直しと修正等が終わったので早速投稿していきます。
今話から二章に入っていきますが、初っ端から何でこうなったんだろう感がちょっとあります。
恐らくですが、プロローグは大体このような感じに回想というか、独白みたいな感じになっていくのかなーと思っています。
二章のプロローグではまさかの雫や恭也では無く霧華となっていますが、特に深い意味はありません。思いついただけです。はい。
それと二章のタイトルはまだ思いついていないので、後々思いついたときにでも追加しておきます。
今週の投稿は恐らくこれのみになるんじゃないかと思います。
現時点での次話投稿予定は来週の土曜日で、もしかすると明日の日曜日になる可能性が少しだけあるくらいですかね。
それでは今回はここまでです。




