4-5 魔族
今回はいつもより少し長めです。
あてもなく歩き始めてどれだけ経っただろう。
他のモンスターや魔族に見つからないように、周囲を警戒しながらゆっくりと進んでるせいで、さっきまでの場所からはあまり離れていないかもしれない。
けど、今の状態で見つかったらいよいよ逃げる方法が無くなりそうだから、これも仕方のない事。
……なん、だけどさ。
これはちょっと、うん……。そろそろ、色々と辛くなってきた。
体力的にはまだ平気なんだけど、精神的に本当に辛い。
自分でやったとはいえ片腕が肘辺りから先が無いのは思った以上に精神的に来るものがあるし、自分の勘しか頼るものが無いとはいえ、まるで脱出できる気配もない森の中を延々と歩き続けるのもおかしくなりそう。
それに、あまり左腕を動かすと鋭い痛みが走るのも問題か。
どうにもこの状態になってようやくわかった事だけど、この世界での痛みは無いわけではない。まぁ、これは昨日クリアに手当てしてもらった時にわかってることだけど。
じゃあどう言う事かと言えば、痛みを感じないのは攻撃を受けたと判断されたときに限る。という事かな。
例を出せばさっきの戦闘、普通は左腕を貫かれでもしたらあまりの痛みで気絶する人が大半だと思うけど、実際は痛みなんてまるで感じなかった。
けど、昨日治療してもらった時や今現在は、じくじくとしたものや鋭い痛みを絶えずに感じていて正直気絶しそう。いや、本当に。このまま気を失えたならどれだけ楽だろう、そんなことはしないけどさ。
って、少し話がずれたけど、二つの例で大きく異なる点は戦闘中か否かだけ。だからたぶん、攻撃を受けた時だけが痛みを感じなくなるんだろうって判断したけれど、間違ってたら少し恥ずかしい。
でも、他に大きく違う事なんてない気がするし、合ってると思うんだけど……
……あー、うん。痛みが紛れるかなって考え事に走ってたけど、それで痛みを思い出すような考えにシフトさせたら意味ないよ。
痛い。こんな事なら、クリアと同じように色々と治療用具を用意しておくんだった。
痛みから目を逸らすために絶え間なく、今度は別な事を考えながらも更に進んでいると、体力がいつの間にかだいぶ減っていたから、もう一本回復薬を呷る。今はこの苦さが救いだ、昨日までなら考えられないことだけど。
歩いてるだけで体力が減っているって事はもしかすると、部位欠損状態になったりすると継続でダメージを受けるんだろうか。
「駄目だ、ちょっと休もう」
呟いて、辺りを見回す。
全然この場所から抜け出せそうにも無くて、流石に歩くのも辛くなってきた。
今は、とにかく休みたい。
どこか場所は……。ああ、あそこに休むのに丁度よさそうな岩がある。
あそこで少し休んで行こう。休めばまた歩くだけの気力も、きっと回復するから。
そうして足を引きずるように目的の岩に近づいて行くと、次第にその輪郭がはっきりしてきて、すぐにそれがただの岩じゃないことに気付いた。
「……あれ? これ、もしかして」
近づいてからよくよく見てみると、シンプルながらも精緻な細工が彫られているし、中央には何か文字のようなものも彫られている。
これらから考えると、何かしらの石碑かお墓なのかな。
でも、こんな中途半端な所に何でそんなものが?
周りを見回しても、他には何もない。こんな森の中に墓地を作る訳もないし、かといって何かの遺跡があったようにも見えない。
本当になんでこんな場所に作られたんだろう。
何かしらの理由があるからこそ、ここにあるんだろうけど……
悩みながらも近づいていき、その文字のようなものが読めるくらいに近づいたところで、私の気力が尽きて座り込んでしまった。
「ああ、もう」
駄目だ、動けない。
出来る事なら背中を預けながら休みたかったんだけど、これ以上は移動できそうにもない。
ちょっと眠りたいけど、ここで眠ってしまったらどうなるかわからないからそれは無理だから、これに何か興味深そうなものが書いてあればいいなぁ。そうすれば、気を紛らわせられる。
あ、でもちゃんと私が読める文字なのかな。
お店の文字は知らない文字ながら、意味が理解できるように勝手に変換されてたみたいだけど、これに彫られてる文字は街中でも見たことが無いタイプの文字だし、ちゃんと変換されるのだろうか。
少し不安に思いつつ改めて石碑の文字に目を通してみるけれど、案の定その文字が頭の変換されることは無かった。
そのこと自体は予想していたから特に落胆することでもなかったけれど、それでも見続けているとどこかでこの文字を見たことがあるような、そんな不思議な感覚を覚える。
見たことが無いのに、見たことがあるような感覚。まるで、初めてフォーティアスの風景を見た時の様な――夢の中であの森を見ていた時の様な。
もしかして私は、この文字を知っている……?
いや、そんな筈はない。生まれてからこんな文字を見たことはない。
どことなく実際の言語に似ているものがあった気がするけど、それでも違う。だから、読めない筈なのに……なのに、どうしてだろう。
この文字が、読めてしまう。
そして、この文字を読めると頭が認識した瞬間、私の口が勝手に動き始めた。
「『私の運命を変え、数多の命を救いし救世の英雄。リオン=ヴァーゼル、ここに眠る』」
ここに眠るって書いてあるという事は、これはお墓なんだ。
でも、英雄って呼ばれた人のお墓がこんな場所にあるのは何で? ここにある意味がなおさら理解が出来なくなったけれど、それ以上に気になる箇所がある。
「『私の運命を変え』……って、どういう事だろう」
全体では短い文ながらも、なかなかに謎が深くなる部分だと思う。
そのままの意味で受け取ったとしても、個人と世界を救った事を一つの文として彫り込むのもどうしてなのかわからないけれど、誰かが個人でここに作った事がわかる。
でも、何でここに作ったのかは結局わからないし、何よりどんな運命から逃れたのかという疑問も残るから、これ一つだけだと謎が解けるどころか、逆に答えが遠ざかりそうだ。
けれど、気になる気にならないじゃなくて、何よりも引っかかったのはその文章にでは無く、彫り込まれた名前にだった。
「『リオン=ヴァーゼル』……」
声に出してみると、不思議と口に馴染んでいるように感じる。
感じるのだけど何だろう、懐かしいと思うと同時に、途方もない不安感にも襲われ始めている。
知らないのに知っている。わからない筈なのに理解できる。見たことの無い筈なのによく見知っている。それが、どれだけ恐ろしくて怖い事か。
今まで生きてきた自分を否定されるような感覚。それも自分に、自分の内側から。
それがこんなにも恐ろしい事だなんて思いもしなかった、自分の足元が全て崩れ落ちるかのような錯覚すらも感じてしまう。
――それでも知りたいと言ったのは、貴女でしょう?
確かにそうだ、私は知りたいと思った。知る術があるのに、何もわからないなんてことは嫌だったから。逃げるのはもう、嫌だったから。
あの時は三人でゲームができるから。なんて考えていたけれど、恭也の手を掴んだ本当の理由はそんな事だけじゃない。知らないことからはもう、逃げたくなかったんだ。
だから、あの時の手を私は掴んだ。知るために。
――なら、こんなことで自分を見失わないで。貴女は強い子なんだから。
うん、大丈夫。もう大丈夫だから。
ありがとう、おかげで前を向ける。
――そっか。……でも、私が――って、危ない!!
「へ?」
何の違和感も無く心の中で誰かと会話していたことにも気づかず、ただ齎された警告の言葉を信じてその場で勢いよく転がった。
その瞬間。
先ほどのフォレストボアの突進とは比べ物にならないほどの速度で、私の頭上を何かが通り過ぎていく。
直後、後方で爆発したかのような爆音が周囲に響き、少し驚きの色が混ざった声が聞こえてきた。
「あぁ? 見た目からしてただの雑魚かと思ったんだが、まさか避けられるとは思わなかったなぁ」
聞こえてきたのは軽薄そうな男の声。
けれどその声には、自分の力をどこまでも信じ抜いている強さも秘めており、かといってそれを過信し過ぎていない強かさも併せ持っているように感じられる。
「相手の力量を見誤るたぁ、この森に籠り過ぎてオレの眼も鈍ったか? だが、避けれるほどの技量でもねぇと思うんだがな、この嬢ちゃん」
そこでようやく正気に返り、振り向いて相手の姿を確認するとそこには、くすんだ様な金の髪を逆立てた褐色肌の男が立っていた。
ただ自然体で立っているだけなのに、凄まじい威圧感を感じる。さっきのフォレストボアなんて比較にならないくらいに。
「お、そういえば左腕がねぇな。んで、さっき猪が一匹ぶっ倒れてたところを見るに……思ったよりもよっぽど強ぇようだ、見た目で雑魚と判断しちまって悪かったな」
「いや。私が弱いのは確かだから、間違ってはないよ」
「そうか? 確かにレベルはこの前の連中よりもだいぶ低いようだが、言うほど弱い訳じゃないと思うが。左腕を犠牲にするという判断をしてまで、自分より上の奴から逃げ切っている時点でな」
なっ、何でそのことを!?
「あの猪の状態とお前のなりを見てれば、それなりに実力のある奴ならすぐにわかるだろうさ」
ただ者ではないとは思っていたけど、さっきの話の内容と攻撃の威力から見てもやっぱりこいつが例の魔族なのだろう。
道理であんなに重い威圧感を放っているわけだ。
「それに、そんなレベルでこんなところにまで迷い込んできた理由もそれですぐにわかる。どうせ外周部辺りでここから逃げ出したあの猪に追われてそのまま迷い込んで、左腕をやられたからそれを利用して左目を貫いて逃げたってところか。どうだ、当たりだろ?」
「頭も良いんだね、魔族さんは」
しかも頭の回転も速いみたいだから今の私が打てる手は全て見切られるだろうし、まずレベル差がありすぎて何をしても見切られてしまうだろう。
完全に手詰まりだ。
長々と話を続けているのも、絶対に逃がさない自信から来るものだろうし。
「まぁな。あの馬鹿どもは物量で押せば何とかなると思ってやがるが、戦略は戦いにおいて大事な要素だからな。――だが、中途半端に実績がありやがるから質が悪い」
実績。
この魔族がいうに馬鹿ども――つまり反統一派の他の魔族の事だろう――は、数の暴力で強大な何かを倒したって事だろうか。
「って、んな事はどうでもいいんだよ。そうだ嬢ちゃん、あんたの名前はなんだ?」
「……トア」
「トアか、良い名前だ。あんたみたいに伸びる余地があるのは、出来れば成長を待ってから全力で戦ってみたいんだがね。オレにもそうはいかねぇ事情があってな」
それなら、なんだかんだと理由を付けて逃がしてくれてもいいと思うんだけどな!
「オレの名前はリグニスってんだが、なぁ嬢ちゃん。どうせここで死ぬんだ、色々と愚痴に付き合ってくんねぇか」
「嫌だって言ったら、すぐに殺しにかかるんでしょう?」
「ああ。だから諦めて愚痴られてくれ、その方が僅かでも長生きできるしな」
仕方ないか。
すぐに殺されないだけ、逃げるための算段もつけやすくなるし。
何より、わざと情報を流そうとしている様な気がするから、今は大人しく付き合う事にしよう。向こうも何か引き出そうという思惑は感じるから、そうそう旨い話では無いけども。
というより何で嬢ちゃん呼びなんだろう、この人。
「すまねぇな、っと。そうだ、お前は何でオレがここに居るか知ってんのか? 前の奴らと違って、オレが魔族だと一目で見抜いていたが」
「いや、噂で魔族が住み着いたって聞いただけ」
「ま、知ってた方がおかしいか。いやなに、オレがここに来たのは上からのちょっとした命令ってんでな。奴らオレが鬱陶しかったのかは知らねぇけど、オレに英雄の遺産を探せとか言ってここに左遷させやがったんだよ」
そうして近くに倒れていた木に座り込んで話し込み始めたので、お墓を挟んで反対側にあった倒木に私も座ることにする。
流石に立ったまま愚痴を聞く気にはなれないよ。
「でな、断る訳にもいかねぇって事で大人しく命令聞いて来たんだけどよ、ついさっきまでまるで見つかんなかったんだ」
「何で?」
「知らね。でもまぁ、ついさっきからなんか森が騒めき始めたからまた探索に出たらあの猪を見つけてな、それで辺りを探してみたらあんたと……この墓石か? が目に入って来たんで、下手に探られる前に殺ろうと思った訳だ」
まぁ何でか避けられたがな。と、意味ありげに笑いかけられながら言われても困るんだけどな……
でも、何で見つからなかったんだろう。
平均40レベルの調査団を簡単に蹴散らせれるほどに強いって事は、恐らくレベルもかなり高い筈。しかも頭も良い。
ならそんな魔族が隅々まで探さない訳はないだろうから、何かしらの力でも働いてたのだろうか。
「でもってこの墓石に書かれてる文字も読めねぇし、これと言って何かがあるようにも見えねぇときたもんだ。本当に無駄足ばかり踏ませやがってって、嬢ちゃんも思うよなぁ?」
「あはは……まぁ、そうだね」
「本当に人使い荒ぇんだよあいつら。でなぁ――」
と、それから長い間愚痴とは思えないような、ただの世間話の様な話が延々と続く。
色々と鬱憤溜まってたんだろうなぁ……
話を聞きながらも若干目が遠くなりかけた時、唐突に話題が変わった。
「つーかよ。ふと思ったんだが、嬢ちゃんはさっきこれ見ながら何かブツブツ呟いてたけど、あんたはこの文字読めんのか? どうも文字の形状からするに神代文字に見えるんだが」
「え? あ、そのぉ……」
見られてたんだ、さっきの。
攻撃してきたタイミングを考えるとたぶん、あの『リオン=ヴァーゼル』って名前を呟いたところだよね。
それにこれには英雄とも書かれていたから、リグニスが探していた物ともこのお墓は一致してる。
話しても……大丈夫なのかな。
「話せねぇってんならまぁそん時はそん時だ、諦めはするさ。一旦、な」
……一部だけなら、問題ないかな。
なんか背筋に凄まじい悪寒が走った気がするのは気のせいだよ、たぶん。
「一部だけなら……読めてる」
「おっマジか。教えてくれんのか?」
「うん、これなら隠すほどじゃないから。読めたのは文の終わりの方、『リオン=ヴァーゼル』って名前」
「名前が読めただけでも十分すげぇな、神代文字なんざ一文字も読める奴すらいないって言われてるレベルだしよ。だが……『リオン=ヴァーゼル』か、どっかで見たことある名前なんだがな」
愚痴からどんどんと話がズレてるような気がする、どうしてこんな話になってるんだろう。
結局、愚痴は最初だけだったし。
というか神代文字だなんて知らなかった。それだったら変換される訳が無いのも当たり前だよ。
「てか、それを言うなら嬢ちゃんの顔もどこかで見たことあるような……って、ん? んー……あ。あーそうだ、何時ぞやにあいつらが殺った奴に似てんのか」
あれは、胸糞悪かったな。
そう呟いた瞬間、リグニスが急に顔色を変えた。
「――いや、ちょっと待て。それはありえねぇだろ。だが、実際に嬢ちゃんは……」
? 何をぼそぼそと呟いてるんだろう。
でも、これはチャンスじゃないかな。何か考え事に気を取られてるみたいだし、今なら逃げられそうだ。
こっそりと、息を殺しながら――
「待て、嬢ちゃん」
「ぐっ――ゲホッ!!」
逃げようと腰を浮かした瞬間、胸と背中に重い衝撃が走る。
それと同時に、私の上から声が落ちてきた。
「悪ぃな、やっぱ嬢ちゃんは逃がせねぇや」
「もともと逃がす気は、無かったくせに」
「いや、そうでもなかったんだが……事情が変わった。オレとしちゃあ嬢ちゃんは逃がすだけの価値があったんだが、ここで逃がしたらあいつらに何されるかわかんねぇんだ。本当に悪い、恨んでくれて構わねぇよ」
恨む気は無いけど……結局逃げられなかったか。
まぁ、最初に倒されなかっただけでも十分すぎたんだ。本当なら最初の一撃で気付かぬうちにやられていたんだろうから。
けれど死にたくはない。だけど、剣すらも取れない今の状況じゃあ切り抜ける方法もない。
どうしようもないこの状況を切り抜けるだけの手段は、存在しない。絶望の度合いがさっきとは違いすぎるから。
けど、諦めなければ切り抜けるだけの何かが出てくるかもしれないんだから、考える事は止めるな。生きることを渇望しろ、さっきみたいに一瞬でも諦めてはいけない。
――そうだよ、諦めなければ血路は開ける。それに言ったでしょう? もしもの時は手伝うって。
さっきの声? そうだ、確か今朝起きた時も同じ声が聞こえてた。この声の正体は、いったい……
――私の事について今はまだ教えられないけれど、それでも私の言葉を信じてくれる?
うん、信じる。
ついさっき助けてくれたのは、貴女だもんね。なら信じない理由はないよ。
――ありがとう。だけど、この手段で手助けできるのはこの一回だけ。タイミングは私が教えるから、その時に私が今から伝える言葉を小さく、けれど強く繰り返して。
わかった、教えて。
――いい返事。それじゃあ、いくよ? しっかり覚えてね――
そして伝えられたのは、一つの文。
――大丈夫? 覚えれたかな。
うん、大丈夫。覚えた。
でも本当に出来るの? これって……
――平気平気、嘘はつかないから。後はその瞬間を待っていればいい。
そっか。
ありがとう、貴女がいなければもう諦めてたかもしれない。
――お礼はまだだよ、切り抜けられなかったら意味が無いんだから。
ううん。今言いたかったから、これで良いんだよ。
――ふふっ。なら、どういたしまして。
「どうした嬢ちゃん、急に大人しくなって。あんたの生きるって意思はその程度だったのか?」
「違う。生きたいって、今も強く思ってる。けど、無駄な足掻きは止めただけ」
私の答えを聞いて、リグニスは笑みを浮かべて私を押さえつけていた足を持ち上げた瞬間、声が響く。
――今!!
「ほう? なら、一体どんな手段でこの状況を切り開くか、その身をもって教えて貰おうじゃねぇか!!」
「『氷の花よ、敵を喰らいて咲き誇れ――クリスタルフラワー!!』」
「――なっ、上級魔法だと!?」
相手が喋るのに被せて唱え、リグニスが足を落とそうとしたと同時に完成したそれは呪文の詠唱文。
何で使えるのか、この状況を切り抜けられるのならそれは知らないし興味もない。使えるものは何でも使うと決めたんだから、この程度で躊躇ってなんていられない。
でも、たった一度しかできない手助けらしいから、考えもつかないほど相当な方法で使われたんだろうけどね。
そして、呪文を唱え終わると同時に飛び退いたリグニスの足元に小さな花弁が花開いた。
そう認識した時にはすでに一本の蔦が相手の足に絡みつき、次の瞬間には小さな花弁はとても巨大な、それもフォレストボアすらも容易く飲み込むことが出来る程の大きさに成長している。
この魔法がどんな能力を持っているのかわからないけれど、とても綺麗な花を生み出していると思う。
さっき採取した氷結花も、透き通った花弁に光が差し込んで深い水色を映し出していて、確かに綺麗だった。
けれどこの魔法によって生み出された花は、名前の通り水晶の様にどこまでも透明に透き通った花弁が幾重にも重なりあい、その中で何度も光が反射し合ってより深く、より多彩な色を映し出して、幻想的な輝きを湛えている。
本当に、今まで見たことが無い位に……綺麗だと感じた。
「くそっ。まさかこんな質の悪いのを隠し玉に持ってるとは思っても無かったぞ、嬢ちゃん!!」
凄く綺麗な魔法なのに、質の悪い……? どんな魔法なんだろう、これ。
いや、そんなことを気にするよりも早く逃げないと。
あの花に捕らえているうちに、早く。私のINTじゃあ、どこまで保たせられるかわからない。
それにもう、あの人の手助けは得られない。
呪文を聞いたとき、一緒に『この手段を使ったら私は、当分の間眠りについてしまうから。この手を使った後は手助けは出来ないけれど……貴女なら大丈夫だから』と言われた。
あの人の信用を裏切ることは出来ないと、何故だかわからないけどそう思う。
この世界に来てから、自分でもよくわからない気持ちに包まれることが増えたと思うけど……自分の足元が崩れ落ちる感覚よりも、よっぽど良い。この気持ちは、自分のものだって確信できるのだから。
だからこそ、今の状況から逃げ切らなければならない。
そのために急いでその場から離れていく。
出来るだけ速く、遠くに。
片腕が無いからバランスがとり難くて、なかなかに走りにくいけれど、それでも出来るだけの速さで。
『ようやく抜け出せた……って、うおっ!! そういえば更にトラップ付きだったなこれ……待て!! 嬢ちゃん!!!!』
そうして今出せる全力で走り続けて数分が経過した頃、後方から怒号が響いてくる。
……これ、かなり怒ってません?
というか、抜け出すのが思ってたより早い。
もう少し耐えるかと思ってたけど、淡い希望だったか。
考えつつも走る速度は緩めない、逃げ切るために。
必死に走り続けるが、後方から追いかけて来る音がどんどんと近づいて来ているのが聞こえる。
――追い付かれる!!
「見つけたぞ、嬢ちゃん! そう易々と逃げられると思わねぇことだ!!」
くそっ。もう、駄目だ。
ごめん、逃げ切れなかった……
立ち止まって、すぐにでも襲い来るであろう衝撃に構えて目を閉じる。
けれど、予想していた衝撃を何時までも感じる事は無く、疑問に思いつつ恐る恐る目を開こうとした。
「よかった、何とか間に合った」
声が聞こえたのは、その時だった。
何時もお休みな単語解説コーナーです。今回はありますよ。
・部位欠損
四肢や、指、手首などの一部部位などが欠損している状態。斬り落としたりするとこの状態になる。
部位欠損状態は手当をしない限り常にHPが減少し続け、一週間経過するか、一度HP全損で倒れるか、特殊な薬や特定の回復魔法で治療しない限り元には戻らない。
途切れた部位が残っていれば、普通の回復薬や魔法でも治療できなくはない(おススメはしませんが)。
・神代文字
遥か昔の時代に使われていた文字。この文字を読める人物は、世界に数人いるかどうか程度しか存在しない。
ついでに現時点で出た魔法の紹介も入れます。
・ヒール 消費MP:80
低級回復魔法。
回復魔法を習得すると最初に使える魔法で、最大で全体HPの25%を回復させる基礎魔法。
詠唱:癒しの力よ
・リストア 消費MP:580
上級回復魔法。
回復魔法をかなり極めた時点で使えるようになる。
部位欠損状態を治し、全体HPの30%を回復させる魔法。
詠唱:深き癒しの力よ、失われしものを再生し、復元せよ
・クリスタルフラワー 消費MP:440
上級氷属性魔法
氷属性魔法をそれなりに極めると使えるようになる攻撃魔法。
相手の足元に氷で出来た小さな花弁と一本の蔓を生み出し、敵をその蔓で捕らえた瞬間から対象のHPを吸収して成長する。
完全に成長しきってある程度の時間が経つか、花から逃れた瞬間に氷の花弁全てが鋭利な花びらへと分裂して敵を襲う、かなり質の悪い魔法。
詠唱:氷の花よ、敵を喰らいて咲き誇れ
何だか最近トアが思っていたよりも大きく動いてしまって、もともと考えていた話の流れが原型をとどめていないことが多くなってきました。
キャラが動いて原型から外れていくのであれば、個人的には嬉しい事なんですけども。
ちなみに、トアが吹っ切れた行動とかしてる時は、大体がそんな時だったりします。(例を挙げるなら、左腕斬り落とすとかですかね)
それでは、今回はここまでです。
次話更新は変わりなく明日の予定です。




