4-3 森の中の追跡者
そのことに気付いたのは、私でも偶然だとしか言えない。
今日も何時ものように朝早くに起きて、晩御飯用の仕込みも終えて受付でのんびりしていた時のこと。
違和感に気付いたのは昨日とは違い、だいぶ早い時間に起きてきて朝食を食べ始めたトアちゃんを、人がいなくてかなり暇だったから遠目を使って見ていた時だった。
別に一人で御飯を食べてるのは問題ないし、クリアちゃんが起きてるのかもわからないから仕方のない事でもある。けれど、疑問を感じたのはそこでは無くて、何か見えてないものに気を取られているというか……何だろう、何かに気を取られて周りが見えてない感じなのかな。
とにかく昨日、一昨日と見てきたトアちゃんと比べると、何かがおかしいと思うほどに様子が変に思える。何が原因かは推測は出来なくは無いんだけど……それにも確証は持てない。
できればその予想は外れて欲しいけれど。と考えていたら、その考えを見透かされたのか、はたまた嫌な予感は当たるという事なんだろうか。
支度を終えたらしきトアちゃんがホールに設置してあるポータルの前で呟いた『行く前にギルドに寄って行こう』という一言に、その予想が半ば正しいかもしれないと確信できてしまった。
どこに行くか、なんて今の彼女の行動範囲とギルドに寄るという言葉から考えると簡単に推測できる。
向かう先はほぼ確定で氷結の森だ。それでも、自分のレベルをしっかりと把握しているだろうから中心部に向かう可能性は限りなく低い。おそらく、中心部にほど近い外周部から様子を窺うつもりなんだろうけれど、今のあの場所はかなり危険としか言えない。
特にあの子の事を相手に知られるのは、かなり不味いことになってしまう。
「これは、どうしよう」
今回ばかりは私が動くしかないのだろうか。
でも、流石に今の仕事を放ってしまう訳にもいかないし、かといって私の杞憂の可能性だってある。
けれど、最悪の想定はしておかないといけない。
それに、あの子に話して対処してもらうのも無理があるし、誰か実力のある人に頼むにも説明のしようがない。
「見過ごせは……出来ないか」
でも、どうすれば……。誰か代わりに仕事を押し付――いや、任せる事が出来る人がいれば良いんだけど。
そんな人が都合良くいる訳がないよね。
受付で長い間うんうん唸ってると、どれくらい経ったのかわからないほど後にクリアちゃんが朝食を食べに下りてきたのが視界に入った。ちなみに今日はビュッフェ形式にしているから、私が食堂に居る必要は無い。
……ん? クリアちゃん?
「あ、そうか」
クリアちゃんがいたか。よし、決めた。
けど、今から行って間に合うかなぁ。少し悩みすぎたかもしれない。
その時の私の顔は、後々クリアに「あの時のシャーリーの顔は、あまり見たくは無かったです」と言われるほどの顔をしていたらしい。
一体どんな顔をしてたんだろう。
ふと、何かの視線を感じたのは森に入ってすぐの頃だった。
最初は気のせいだろうと思っていたのだけれど、森の奥に入って行ってもその視線はずっと私の後をついてくる気配がする。
試しにその視線を主を撒こうと未だに慣れない森の中で出せる全力で走ってみたものの、撒けたのは少しの間だけで、すぐにまた視線を感じて撒こうとするのは無意味だと判断したけど、この時点でもう森から出るべきだったのかもしれないと今では思う。
「……気にしないでおこう」
今のところ特に害は無さそうだからと、とりあえず視線についてはそう結論づけて、マップを見つつ今現在で埋まっている半ばを過ぎた辺り。途中で走ったおかげで思ってたよりは進行速度は速い。
道中でモンスターがあまり襲い掛かってきていないのも、進みの速さの大きな要因ではあるけれども。
この前は戦闘や石をひっくり返しながらとは言え、それなりに急いで移動してたせいか一時間半の探索で思ってたよりは埋められてたみたい。まぁあの時は大部分だと思ってたんだけど、改めて見ると……うん。
決して全体が埋まってるわけでは無いけど、散策するには十分なくらいには埋まっているから、改めて歩き回る必要も特には無いし。
見つからなかったら見つからなかったで、それ相応に歩き回る羽目にはなるんだろうけどね。
そうして外周部の奥深くに向かって歩き進め、森に入ってから二十分ほど経ったところでマップを埋めてた範囲の一番奥にたどり着いたんだけど。
「まだまだ先かな、これ」
改めて光の差し込む時間に来てみると最初の予想が甘かったのか、今いる場所は思ってたよりは深い場所ではなかったらしく、この先もまだ普通の森が続いているようだ。
「でもこの調子だと、たぶん後もう十分くらい歩いたら境界付近まで行けるかな」
立ち止まったまま再びマップに目を落とし、おおよその森の全形を思い浮かべて大体の位置を割り出して考えてみると、それなりには奥にまでは辿り着いてはいる様子。
現在地を確認して、大体の到着時間を予想し終えたところで再び足を進め始める。
次いで、真正面から飛び掛かってきたウルフを一薙ぎして斬り飛ばしながら前に進んでいく。
武具も整えたし、レベルも10まで上がってステータスが上昇した事もあって、前に来た時よりもこの辺りのモンスターを倒すのはだいぶ楽になってるから、たくさんのモンスターに囲まれたり、例のフォレストボアに遭遇しなければ問題なく先に進んでいけるはず。
そうやって度々襲い掛かってくるモンスターを倒しつつ、このまま何もなければ良いんだけどなぁ。なんて気楽に思ってはいるものの、きっと何か起きそうではあると頭の隅ではしっかりと考えてる辺り、やっぱり最初の辺りからついて来てる視線には警戒してはいるんだよね。
結局この視線の主も未だにわからないし、どうしたものかな。
このまま気にしないで進んだとしても問題は無いのかもしれないけど、もし万が一って事を考えれば早めに正体を確かめた方が良いし。
嫌な予感はするものの、とりあえず今のところはまだ放っておこうと再度結論を出して気を取り直して進んでいると、少ししてから視界の端で何かが光を反射したような気がして、そちらに視線を向ける。
すると、地表付近に何かキラキラと輝く何かを見つけ、そちらに向かって進路を変更して確認してみると、正体はどうやら花みたいなんだけど……何か違う感じがする。
あれ、これってもしかして。
「これが例の氷結花かな?」
よくよくその花を観察してみると形状としてはユリに似ているけれど、葉は根本付近に数枚あるくらいで、その葉や茎はごく普通の植物と特に変わりも無いものの、普通の植物とまるで違う点が一つ。
その花は、花弁の部分が淡い水色の透き通った何かで構成されている。
おそらくその透き通った何かは、名前の通り氷によって作り上げられた花弁なんだろうと簡単に想像することが出来るけど、こうやって実際に見てみると何だか不思議な感じ。
確かに綺麗だけど、現実にはあり得ないような物を見るのは奇妙というか何というか。
そんなことを考えるのも今更ではあるし、早く採取して本来の目的も済ませてしまおう。
さっさと氷結花を採取して、バッグでは無くて手持ち――インベントリって言うらしいね――に入れる前に、ふと気になって詳細を確認してみる。
・氷結花
氷としての指向性を持ったマナが空気中にとても多く含まれている場所や、その近くに生育している植物が突然変異したことによって生まれたもの。
この事によって氷のマナを大量に含んでおり、そのマナが治療効果の高いものだと判明して以来、病気の治療に使われることが多い。
何故このような効果を突然変異によって得たのかは未だに謎のままである。
へー。
この花って、突然変異で生まれたんだ。
そういえば公式サイトだったかな、それの種族の魔族欄にも高濃度の魔力によっての突然変異だって説明があったよね。
魔力とマナの表記が違うのが気になりはするけど、この花も魔族も同じなんだろう。
けど、この世界では生きるために必要な一つの要素として存在してはいるけれど、必ずしもマナというのは人という存在に良い要素しか齎さないわけでは無いんだね。
この辺りも電気とか酸素にも似たような所があるし、やっぱり使い方とか接し方を間違えたりしたら酷い目に合いそう。
「マナについてはもう少し深く調べたりしてみても面白いかもね」
色々と目的を終えた後のこれからを考えつつ、氷結花をインベントリ内に入れる。後はギルドのカウンターにこれを持って行けば後は達成できるはず。
さて、それじゃあ本来の目的の『中心部を外側から見てくる』を終わらせよっか。あともう少しで境界線付近に辿り着くだろうし。
と、再び歩き出そうと思ったその時だった。
さっきまで私の後を付けて来ていた視線を感じないと思った瞬間、よくわからない悪寒を感じて一息にその場から全力で飛び退いた次の瞬間、ついさっき私が立っていた場所を凄い勢いで何かが木々を蹴散らしながら通り抜けていった。
「へ?」
いや、ちょっと待って。何が通り過ぎたの?
一瞬だけ見えた影、もの凄く大きかったんだけど私の見間違えとかじゃないんだよね? でもそうすると、さっきの影の正体の全高が最低でも3mくらいになりそうなんだけど。
形からするとボアのように見えたけれど、それにしては大きいような。
確かボアの全高って1mくらいだっけ。でも、そうすると大きさが見合わないからその可能性は無い。けど、影の形状からするとたぶん……。いや、違う。きっと違うはず!
我ながら酷い現実逃避だとわかってるものの、その事実に目を向けたくなかった。
そうして意識を逃がすけれど、その何かは自身の強さを誇るかのようにのそりのそりとご丁寧にもゆっくりとこちらに戻ってくる。
この間に逃げてしまえばよかったんだろうけれど、現実逃避していた私にそんな考えが及ぶはずもなく足音を待ち構えていると、あまり間を置かずに薙ぎ倒された木々の合間からその姿を現した。
現れた姿は最初に予想していた通りボアと似ていたが、その細かな形状や大きさが決定的に異なっていて、避けられない現実を見せられた私は何でさっきの間に逃げなかったのかと絶賛後悔中だったり。
全高はパッと見ただけでも3m以上あることがわかる程に高く、四肢はボアよりも遥かに強靭。
体の至るとこにはかなり厚い苔が張り付いていて、まるで自然の鎧のようになって、それがこの猪の威圧感をより強くしているように感じる。
きっとこのモンスターが――
「――『フォレストボア』、だろうね」
まさかとは思うけど、もしこいつが視線の主だったとするなら……最初から私がターゲットにされていたのだろう。
自分より確実に弱い相手を気付かれるくらいに追いかけて、ふと気が緩んだ瞬間に襲い掛かってくるなんて嫌なやつ!! きっとかなり性格の悪いモンスターなんだろうね、こっちとしてはいい迷惑だけどさ。本当に。
どうする? 推奨レベルが20の時点で戦うなんて選択肢は最初からありえない。逃げるにしても、下手な隙を見せた時点でこっちがやられる。
たぶんだけど、あの巨体だから移動するには木々が邪魔であまり早くは動けない筈。さっきの突進も勢いをつけるための予備動作がある筈だから、相手の隙を突いてしまえばいくらステータス差があっても逃げ切れる……と思う。
けど、どうやってその隙を作り出すかが一番の問題でもある訳で。きっと今の剣で斬り付けても全然歯牙にもかけられないだろう自信があるよ、私には。
それに、逃げるにしてもあれだ。納剣した方が確実に良いよね。
等と逃げ切るための方法をあれこれと考えながらも相手の観察を続けていると、何やら四肢に力を溜め込んでいるような……って、これは!?
ギリギリでその前兆に気付いて思いっきり横っ飛びすると、さっきと同様にまた凄い勢いで風が駆け抜けていくのを背中で感じた。
「でもこれはチャンス!!」
向こうから突進してくるという絶好の好機を逃さずに、慌てて納剣してから走り出す。
正直この時点で選択を間違ったかなぁとか思ったけれど、それまで考えての行動だったのだとしたら本当にあの猪は狡猾だと思う。
森の中で行く先もわからずに慌てて駆け出したせいか、方向感覚がまともに働いていない。走り出す前に一度逃げ道を確認しておくべきだった。
でも、こうして逃げ出せたのならもう大丈夫なはず。
さっきもすぐには追い付いて来れなかったんだから、このまま走り続けていればいずれ撒ける。きっと。……絶対。その後にマップを確認すればいい。
淡い期待を抱きながらも走りやすそうな道を選んで進んでいたのだけれど、そんな期待を打ち壊すように背後から重い足音が響いてくる。
思わず後ろを振り向くと、ある程度離れた場所に同じくらいの速さで追いかけて来るフォレストボアの姿が見える。全力じゃないなら、走る速さはギリギリ同じくらいかな。
だけどこれじゃあ撒けないし、下手に森の外に逃げてもどこかのタイミングで追い付かれてやられる……どうすればいいんだろう。
何か手は……とはいっても、森の中じゃああの巨体の足止めを出来るのなんて限られてるというか無いに等しい。かといって私にあれの足を止める方法がある訳でも無い。
完全にどん詰まりだ。精々、適当に走り回って見失ったり、諦めてくれるのを祈るしかない。
こうして、フォレストボアとの長い追いかけっこが始まり、回想するに至る。
これ、完全に自分のせいだよね。やっぱり。
今回はモンスター解説になります。……と言いたいのですが、これを予約投稿している時点でかなり時間がギリギリで、次話もまだほとんど書けていないので次回に回します。
先に書いた通り、かなりギリギリなので次話が予定通り明日に投稿できるかわかりませんが、もし投稿できなかったのならばその翌日の月曜日か来週の土曜日になります。
毎回毎回、こんな調子ですいません。それでは今回はここまでです。




